第152話 鬼瓦くんとスタントマン

 ついに本日、終業式!

 期末試験の結果も廊下に張り出されて、通知表だって渡される。

 笑顔の者、しょんぼり顔の者、絶望に暮れる者。

 三者三様、色とりどり。

 ちなみに赤点を取ると、補修と言う名の地獄が夏休みを侵略する。


 生徒会の成績を発表しておこう。


 毬萌。

 当然のように全教科トップ。総合も首席。

 唯一満点じゃなかったのは保健体育のみ。

 『乳房』と言う漢字が恥ずかしくて書けなかったとか。アホか。


 花梨。

 数学で不覚をとった以外は、残りの教科はトップ。総合は首席。

 毬萌のようにオール満点はないものの、全ての教科を90点台にまとめる。

 さすがはうちのエース。尻を沈めるのは苦手だが、努力は大の得意。


 鬼瓦くん。

 数学で学年トップを獲得。花梨に土を付ける。総合は学年8位。

 文系が足を引っ張ったものの、理数系は完璧。鬼神バッチリ。

 生徒会が誇る、動く計算機である。両腕は人を助ける機能付き。


 どん尻に控えしは、俺、桐島公平。

 全ての教科で毬萌に継ぐ2位を獲得するも、目立たず。総合は学年次席。

 せめて一つの教科くらいは毬萌に勝ちたいと勉強しまくったのに。

 保健体育で『乳房』だって書けたのに。ちくしょう、悔しくなんかないやい。


 そんな訳で、俺たち生徒会は、1ヶ月と少々の夏休みへ突入。

 激務からの解放である。

 しかし、その前にやるべきことがある。


 交通安全教室。

 終業式に先駆けて行われる、花祭学園の慣例行事。

 高校生にもなって交通安全もないだろうと言う声が聞こえてきそうであるが、こういう啓発活動は大事なのである。

 いざ車にねられてから後悔するのなら、薄目でいいからちゃんと学ぶべし。


「それでは、これより交通安全教室を始めたいと思います」

 花梨の声は今日も凛としていて、よく響く。

 炎天下の中、グラウンドに集められた生徒にとって、一服の清涼剤である。


「それでは、生徒会長からのお話です」

 そして壇上に上がる毬萌。

 今日もモフッとしていて、夏の暑さもものともしない柴犬っぷり。

 生徒たちに癒しを与える存在である。


「はいっ! 今日はとっても暑いですねっ! 皆さん、溶けていませんかーっ?」


「マジであちぃーよー」「溶けそうです、会長」

「毬萌ちゃんこそ、平気ー?」「頑張れ、神野さーん」


 掴みは上々。相変わらず、しっかりしている時の頼もしさたるや。

 事前にたっぷり水分取らせて、首筋に冷えピタ貼らせといたのが正解だったか。


「えーっと、今年の交通安全教室は、見て分かる! を大事にしますっ」

 はて、どういうことだろう。

 実は、俺は終業式の準備に掛かりっきりで、こちらの運営にノータッチ。

 何が行われるのかすら聞いていない。


「百聞は一見に如かずですねっ! では、日常に潜む危険、どうぞーっ!」

 いやに物騒なタイトルを口にする毬萌。

 何か、寸劇でもするのだろうか。


 地面に白線を引いて作られた即席の横断歩道。

 そこに手を挙げて渡るのは、鬼瓦くん。

 中ほどに差し掛かったところで、ブロロロロとエンジン音が。

 見れば、原付バイクに跨った氷野さんである。


 ああ、なるほど。

 これで危ないシーンを再現しようってのか。

 まあ、鬼瓦くんなら万が一かすったりしても平気だろうし。


「ゔぁぁあぁぁぁぁああぁぁっ」

 普通にバイクに撥ねられた鬼瓦くん。


 お、鬼瓦くぅぅぅぅぅん!!


「えー。このように、例え信号が青で、横断歩道の上でも、時として車やバイクが襲い掛かってくることがあります」

 いや、花梨さん、そんな冷静にナレーションしてる場合かい!?

 鬼瓦くんが猛スピードで跳ねられたよ?

 生徒もみんな、割と引いてるよ? 静まり返っているもの。


 すると、むくりと起き上がる鬼瓦くん。

 お、おい、平気なのか?


 そして、再び横断歩道を歩き始める鬼神。

 今度は交差点を模したステージである。段ボールで作った遮蔽物で視界が悪い。

 ブロロロロとエンジン音が聞こえてくる。


「ゔぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁっ」


 お、鬼瓦くぅぅぅぅぅん!!


「また、交差点では、巻き込み確認を怠った車やバイクが襲い掛かって来ることがあり、注意が必要です」

 花梨さん! 君の声は凛としていて気持ちが良いけども!

 鬼瓦くんが空中で3回転くらいしたのち、地面に叩きつけられたよ!?

 ほら、顔を覆う女子とか、座り込む男子が続出してるって!!


 それから、車が陰になって歩行者に気付かないバイク。

 二段階右折を怠ったバイク。

 ボールを追いかけて車道に飛び出した子供をかばう鬼に襲い掛かるバイク。


 様々なシチュエーションで、鬼瓦くんが普通に轢かれた。

 死神ライダー……じゃなかった、氷野さんも、躊躇ちゅうちょなく彼を撥ね続ける。



「はいっ! と言う訳で、皆さんも日常に潜む危険に気を付けて、楽しい夏休みにしましょうねーっ! 注意一秒、怪我一生ですよーっ!」

 こうして交通安全教室は、恐怖と狂気を秘めたまま幕を閉じた。



「おい、鬼瓦くん、平気か!?」

「桐島先輩。お疲れ様です」


 お疲れ様ですじゃないよ!!


「なに血相変えてんのよ。まったく、いつもうるさい男ね」


 出たな死神ライダー!!


「無茶苦茶するなよ! 怪我したらどうすんだ!?」

「だって、今回の発案者がこうしたいって言うんだから、仕方ないじゃない」

「ほえ?」

「実は、僕が提案したんです。実際に危ないシーンを再現したらどうかと」


「まあ、鬼瓦武三なら、怪我もしないでしょうし」

「ええ。僕でしたら特に問題はありませんので。ははは」



 俺はこの後、二人に常識とは何かをレクチャーしたが、その思い、届かず。

 そして付記次項。

 この夏、花祭学園の生徒が事故に巻き込まれる事は一度としてなかったと言う。

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