第154話 夏休みと金欠

 困ったことになった。

 夏休み初日だと言うのに。

 誰が悪いかって言えば、まあ俺が悪いと思うし、頭が悪いかって言えば、それもそこそこ悪いと思うけども。

 今はさ、過去を振り返るよりも、前を向くべきじゃない?

 ヤメろよ、アマゾンの箱を指さすな、ヘイ、ゴッド!!



「コウちゃーん! 遊びに来たーっ!」

 部屋でうなだれる俺の元へ、毬萌がやって来た。

 いつもなら「ノックしろよお前!」くらいは言ってやるのだが、今日はちょいと元気が出ない。

 顔が濡れたアンパンマンに勝るとも劣らぬ体たらく。


「んー? どしたのー? コウちゃん、しょんぼりだね?」

「……おう。なんつーか、てめぇの愚かしさに呆れてたところだ」

「にははっ! そんなの今さらだよぉー!」

「お前、そりゃあねぇよ……」

 濡れたアンパンマンにかびるんるんぶっかけるのはヤメろよ。

 死んじゃうよアンパンマン。


「仕方がないなぁ。毬萌ちゃんが相談に乗ったげるーっ!」

「……おう」

 まあ、そうだよな。

 こうやった下向いてても、数日前の失態が消える訳でもなし。

 もしかしたら、天才が俺に知恵と翼を授けてくれるかもしれない。


「実はな、前々から欲しかったものがあったんだよ」

「エッチな本?」

「……違うわい」

「じゃあ、すっごくエッチな本だっ!」

 かびるんるんを培養するのヤメて。マジで。

 アンパンマンがリビングデッドになっちゃうから。

 もうオーバーキルだから。


「俺、スターウォーズ好きじゃん」

「そだねーっ! あと、バックトゥザフューチャーも好きだよねっ!」

 さすが毬萌。よく知ってんな。

 俺の大好きな映画のツートップだよ。


「子供の頃、木の枝でライトセーバーごっことかしてたろ?」

「あーっ! やってたねっ! いっつもコウちゃんがわたしに負けて泣いちゃうのっ!」

 今その情報は必要なくない?


「それでよ、俺の中でライトセーバーって特別なワケ」

「うんうん」

「こう、なんつーの? フォースがね、覚醒したって言うかね」

「そうなんだーっ」


「……買っちった」

「なにを?」

「ライトセーバー」

「あーっ! ホントだ、なんか壁に飾ってあるーっ!」


 昨日ね、アマゾンから届いたの、それ。

 まあテンション上がっちゃってね。

 だって、残りわずかとか書いてあったし?

 そしたらもう、我慢できないじゃん?


「……夏休みだから、みんなで遊んだりするじゃねぇか?」

「うんっ! いっぱい遊ぼーっ!」

「そのためにゃ、金がかかるじゃねぇか?」

「そだねーっ。ちょっとくらいはお金使わないとだね。海にも行くしっ!」


「……二万五千円」

「ほえ?」

「……二万五千円したんだ。そのライトセーバー」

「ええーっ!? このオモチャ、そんなにしたのーっ!?」



「オモチャじゃねぇよ!  スターウォーズ・ブラックシリーズ・フォースFXライトセーバー・カイロ・レンだ!!」



「んー。ごめんね、コウちゃん。ちょっと何言ってるか分かんないっ!」



 あぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!

 俺はどうして、有り金を全部吐き出して物欲に負けちまったんだ!?

 そりゃあ、スターウォーズの最新作見てテンション上がってたけども!

 正月でもねぇのになんで俺ぁ二万五千も大金使い込んでんの!?


 ゴッド! ヘイ、ゴッド!

 ごめん、二日前の俺、どうかしてたんだよ!!

 だからお願い、時間を戻して!!

 無理? ならお金返して!

 それも無理!? じゃあ、二万で良い! いや、一万で良いから、貸して!!



 俺は、泣いた。

 壁に飾ってあるライトセーバーを振り回しながら、泣いた。

 効果音がいちいち格好良くて、泣いた。

 「開封後返品不可」の文字を見て、泣いた。

 財布の中身を思い出して、泣いた。


 八百円しかないでやんの。

 海に行く電車賃でさえ足りてないね。



「コウちゃんって、たまーに、バカになるよねぇー」

 ちくしょう。アホの子にバカって言われた。

 でも、俺は誰から見ても立派なバカで、何の反論もできない。


「男の子って変な事にお金使うよねーっ。わたしならオヤツ買うのにっ!」

「……すまんが、海は俺抜きで行ってくれねぇか。あと、金のかかる遊び場に行く時も、俺の事ぁ忘れてくれ。市民会館とかに行く時だけ呼んで」


「やだよーっ! コウちゃんも一緒じゃなきゃ、やだーっ!」

「んなこと言ったって、お前、俺ぁ金がないんだ……」

 なんか、彼女に養ってもらっているヒモ男みたいになってるね、俺。


「バカだなぁ、コウちゃん! お金がなければ貯めれば良いんだよっ!」

「貯めるったって、夏休みだからバイトの募集も少ねぇし。これでもちゃんと無料の情報誌かき集めて歩いたんだぜ?」

「にははっ! コウちゃん、ホントにバカー!!」

 アンパンマンはもう死んだ。

 かびるんるんすらも塩素ぶっかけられて死んだ。

 もう、俺の周りは死の大地。何も生まれやしねぇんだ。



「もしもしー? ごめんね、急にー。えっとね、そうなんだよぉー。コウちゃんがね、うん、うんっ。ホント!? ありがとーっ! じゃあ、明日からねっ! はーいっ」

「何の電話だ?」

 遠洋漁業でカニ獲る仕事でも見つけたの?


「バイトだよぉー! 明日から、武三くんの家で、四日間のバイト!」

「えっ? えっ?」

 俺の思考力が少しばかり回復。

 そう言えば、鬼瓦くんの実家で毬萌にアルバイトをさせたことがあった。


「武三くんのお父さんがね、二人なら大歓迎だって!」

「……ま、毬萌ぉぉぉぉっ! お前ってヤツぁ!」

「にひひっ、コウちゃんのいない夏休みなんて嫌だもんっ!」



 天才に勝る知恵者なし。

 なに? 今回はお前がバカ過ぎただけ?

 ふっ。ヘイ、ゴッド。返す言葉もねぇよ……。

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