第150話 花梨とプライベートプール

 ついに夏休みまであと一日!

 いくつになってもワクワクしてしまう、それが夏休み!

 もう夏休みって言う響きがステキ。いっそセクシーだね。


「ごめんねーっ! どうしても今日は外せなくてっ!」

 生徒会室で頭を下げるのは毬萌。

 珍しい光景である。


「いや、仕方ねぇだろ。おばさんにお大事にって伝えてくれ」

 毬萌の母が風邪を引いたらしく、今日は看病のために帰ると言う。

 のっぴきならない事情である。

 そもそも、普段から人の三倍働いている毬萌であるからして、彼女がたまに早退を申し出て待ったをかける者などいない。


「花梨ちゃんと武三くんも、ホントにごめんねーっ!」

「いえいえー、お気になさらず!」

「僕、夕方に食欲がない時にも食べられる物を差し入れます!」

 後輩たちも当然の対応。


「ありがとーっ! じゃあ、コウちゃん! あとはよろしくねっ!」

「おう。気ぃ付けてな」

 バタバタと部屋を出て行く毬萌。

 転んで怪我でもしないと良いが。


 それから二時間ほど政務に励んだ俺たち。

 今日の案件は、明日の終業式についてと、何故か毎年同じ日に行われる交通安全教室についての打ち合わせであり、仕事の量も少なかった。

 さらにそれを手分けして片付ける。

 時刻は二時半。余裕のフィニッシュ。


「おーしっ! お疲れさん! 今日は俺らも早上がりにすっか!」

「はーい!」

「お疲れさまでした」


「先輩、先輩、このあと時間ありますか?」

「おう。別に何の予定もねぇぞ?」


 後悔先に立たずである。

 だって、後悔先にしちゃったら、それもう後悔じゃないもん。


「僕は帰って、毬萌先輩宅へのお見舞いを仕込みますので」

「おう。なんか悪ぃな。毬萌が世話かけちまって」

「とんでもないです! いつもお世話になっているのは僕ですし!」

「聞いた感じだと、そんなに重症でもなさそうだから、喜ぶと思うぜ」

「ゔぁい! お任せください! では、お先に失礼します!!」

 そして素早い動きで鬼瓦くん帰宅。

 鬼神さよなら。


「せーんぱい?」

「おう」

「お暇なんですよねー?」

「おう」


「じゃあ、前に言ってた、水泳のプライベートレッスン、お願いします!」

「……Oh」


 どうにかして逃げようと、俺だって頑張った。

 咄嗟に「いや、今日は水着がねぇし」と言い訳を思いついた俺を、ゴッドを中心に世界の人々は褒めたたえてくれても良いと思う。


「大丈夫です! 先輩の水着、ちゃーんと用意してありますので!」

 逃げ場などなかった。



 冴木家に到着。

 引きずられるように。

 比喩じゃなくて、物理的に女子の手によって引きずられる俺。

 世界の人々は俺をもっと哀れんでくれても良いと思う。


「見て下さい! プール! 奇麗にしておきました!!」

「お、おう。こいつぁ、また……」

 よく見たら、冴木家の風呂場で見たマーライオンの子供みたいなヤツが口から水吐いてやがる。

 そうか、お前、親子だったのか。


「では、公平先輩! 早速着替えましょう!」

「いや、しかし、親御さんもいねぇのに、やっぱりまずいって」

「そう言うと思ってました! はい、これどうぞー」

 花梨さん、ボイスレコーダーを取り出し、再生ボタンをポチリ。


「貴様ぁ! よく来たな! 今回はとくべちゅ、あ、ごめん花梨ちゃん、パパ噛んじゃったからもう一回、え、ダメ? き、貴様ぁ! 今回だけ、特別だからな!」


 パパ上……。何してはるんですか……。


「これでパパ公認ですよ! ささ、どうぞー! 客間に水着がありますので!」

「……おう。分かったよ」

 覚悟を決めた俺は、ドッジボールができそうな客間へ。

 そこには、15枚の水着が揃っていた。

 これで「いやー。サイズがなぁ!」と言う逃げ口上も断たれた訳である。



 見繕ったようにジャストサイズの水着を纏い、庭に出る。

 花梨はまだのようであり、ホッとする。


「せんぱーい! お待たせしましたー!」

「はぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!」

 ホッとした分、一気に血圧が上がった。

 倒れなかった自分を自分で褒めてやりたい。ほっぺにキスもしちゃう。


「どうですかー? あたしの水着!」

 どうもこうもない。

 黒いビキニに、パイナップルが躍っている。

 毬萌の白い水着も色々と刺激的だったが、こちらも大層目に悪い。


「お、おう。良いんじゃないか」

 目を逸らすのが精いっぱいの抵抗である。


「せんぱーい? ちゃんと見てくれないで、適当にお返事されると困ります!」

「ひゃあぁぁあぁっ! 花梨さん、あんまり近づかんとって!!」

「あはは! 先輩、可愛いです!」

「だって、お前、花梨さん! それもう、ほとんど下着じゃないか!」

 俺には早すぎるステージである。

 まずはどこかでレベル上げをしてからじゃないと、とても太刀打ちできない。


「ええー? これでも控えめなんですけど?」

「嘘だろ!?」

「えへへー。先輩、そんな事言ってると、海に行ったら死んじゃいますよ?」

 その指摘は正しいね。

 多分、俺は死ぬ。


「いや、見知った顔の水着だから、余計に意識しちまうっつーか!」

 俺の抵抗はすべて反転して俺に刺さって来る。

 マホカンタかな?


「あはっ! 公平先輩に意識してもらえるなんて、嬉しいです!」

 明日の終業式、俺、出られるかなぁ。


「そうやって特別に見てもらえるなら、毎日水着でも平気ですよ! あたし!」

 無理かもしれんなぁ。



 呆然と立ち尽くす俺の手を取り、プールへダイブする花梨さん。

「さあ、今日こそあたし、泳ぎをマスターしちゃいますよ!」


 そして頭だけ沈んで、尻だけ浮かぶ花梨さん。

 うん。ちょっとだけ冷静になってきたよ。

 相変わらず、なんで君の尻はそんなに浮かぶんだろうね?

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