第149話 公平と監督

 副会長?

 いや、違うね、俺は副会長じゃねぇ!

 監督! そう、俺を呼ぶなら、名監督とでも呼んでくれ!!



「桐島監督! 次はどうします!?」

 ヤダ、もう気持ちいい。

「ねえ、もう一回言ってくれる?」


「見て下さい、毬萌先輩! 公平先輩がデレデレしてますよー」

「そだねーっ。でも、仕方ないよーっ。今まで運動で頼られたことないもんっ」

「あ、でもでも、水泳はできるじゃないですか?」

「うーん。けど、コウちゃんの潜水って地味だからねー」

「なるほどー。言われてみれば、水の中だからよく見えませんよね」

「ねーっ。いるのかいないのか分かんないから、水泳はノーカウントかなぁー」

 好き放題言ってくれてやがる。


「よし、みんな聞いてくれ。まずは、簡単なサインを覚えよう」

 これまでフリースインガーの集団だったソフト部。

 小難しいサインなど、邪魔になる。

 そこで、実に簡単なサインをいくつか考案した。

 手のひらをグーにしたら、エンドラン。

 チョキにしたら、強打。

 そんな塩梅あんばいで、数種類の即席戦術が完成。


 もちろん、相手のベンチからも見えるので、そのうち見抜かれるだろう。

 だが、それでも、無策無謀にバット振り回すよりは余程効率的である。


 打順は進み、無死一、三塁でバッターは毬萌。

「おーい。毬萌よ。お前なら、打球のコントロールできるよな?」

「んーっ。ホームラン狙えって言われたら自信ないかもだよー?」

「じゃあ、ゴロとフライを打ち分けるのは?」

「それくらいなら全然平気ーっ!」

 言うまでもなく、充分チートである。


 先ほどのスクイズが印象に残っているらしく、内野は前進守備。

「んじゃ、作戦通り頼むぞ」

「はーいっ! 分かったーっ!」

 そしてランナーには「エンドランだぞ」とお手軽サインを発信。


 バッターボックスの毬萌はバントの構え。

 国府の守備は「一点ならくれてやる」と言ったところ。

 悪いな。うちの毬萌、天才なんだよ。


 初球は外角高め。

 悪くない作戦である。

 相手が普通のバッターだったら、空振りして三塁ランナーが刺されるかもしれない。

 が、繰り返すけども、打者はうちの天才である。


「みゃーっ!」

 右手一本でボールをとらえ、鋭い打球はライト前へ。

 見事なバスターエンドラン。

 ホームインした片岡さんと強めのハイタッチ。

「すごいじゃないっすか、副会長! ウチ、感動しました!」

 俺は君のハイタッチで脱臼するかと思ったけど、笑顔だけは絶やさない。


 その後、犠牲フライで追加点。

 同点となる。

 が、追い上げもここまで。サインが相手にバレたのだ。

 花梨も良い打球を飛ばしたものの、それ以降は追加点なし。


 だが、闘志に火が付いたソフト部は、泥臭くも堅実な守備を見せる。

 結果、延長なしのルールなので、七回で3対3。

 引き分けでゲームセット。

 勝てなかったのは残念だが、いや、そうでもないか。


「マジで、見た!? 初打点の瞬間!」

「見ました! キャプテン、ちょー輝いてました!」

「エンドランってすごいんですね! 自分、感動っす!」

 ソフト部の面々に咲く笑顔の花。

 勝利よりも価値のある引き分けだったようである。



「ゔぁあぁっ! みなさん、お疲れ様です!! レモンのはちみつ漬けです!!」

 そしてタイミングよく、マネ瓦くん見参。

 鬼神ぴったり。


「美味しい! 君、うちのマネージャーにならない!?」

「ゔぁあぁ!? いえ、僕は生徒会がありますので」

「ソフト部は兼部オッケーだから! みんなも彼に来て欲しいよね!?」

「ぜひ!!」


 そして始まる、鬼瓦くん争奪戦。

 やれやれ、試合が終われば臨時の監督なんてただの人か。


「コウちゃんっ! おつかれーっ!」

「敏腕監督、結構カッコ良かったですよー? せーんぱい!」

「おう。二人の方こそ、お疲れさん。俺ぁ座ってただけだよ」

 実際、作戦をこねくり回してもそれを実行する力がなければ机上の空論。

 俺の担った役割なんて、彼女たちが覚醒するただのキッカケに過ぎない。


「あのっ! 副会長!」

 片岡さんが俺を呼ぶ。

「おーう。どうした? エアーサロンパスならあるが」

「いえ! ありがとうございました! おかげで、初めて負けませんでした!!」

 片岡さんに続いて、全員が頭を下げる。

「ありがとうございました!!」


「おいおい、よしてくれよ。俺ぁ本当に、野球中継で見て覚えた、ふんわりとした作戦をそれっぽく言ってみただけだぜ?」

 片岡さんは、これ以上の謝意は不要と考えた様子。

 その代わり、一つの提案をしてくれた。


「最後にキャッチボールをしましょう! 副会長!」

「いやぁ、なんか恥ずかしいからいいよ」

「そんなこと言わずに! みんなも見たがってます! 名将の投球!」

 そこまで言われて首を横に振るような、無粋な男にはなりたくない。

「よし、じゃあ少しだけ!」



「しぇけれゃにゅぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ」



 今のは、アマゾンに生息する珍獣の雄叫び。

 嘘である。

 片岡さんの軽く投げたソフトボールをみぞおちに直撃させた俺の声。


「ゔぁあぁぁあぁぁっ! 先輩! せんばぁぁぁぁぁいっ!!」


「花梨ちゃん、この展開、予想できた?」

「はい、バッチリ。毬萌先輩もですか?」

「当たり前だよーっ!」

「あたしたちの好きな人、時々しかカッコ良くないですよね」

「にははっ。ライバルが少なくて助かるねーっ」


 ソフト部の冷ややかな視線の中、俺は鬼神の胸の中。

 ただただ、呼吸をするのに必死だった。



 それ以降、毬萌と花梨はソフト部からの助っ人の依頼を何度か受けた。

 しかし、この俺、名将へのオファーは一度としてなかった。

 なぜ笑うんだい? 俺の采配は上手だよ?

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