第147話 心菜ちゃんと虫取り
ここのところ、気持ちが安定していない。
そんなコンディションで受ける期末試験。
不安な状態で挑むことになるかと思ったが、そうでもないのだから不思議。
むしろ、勉強と言う集中できる目標がある分、俺の精神は安定した。
そして今日は教師たちが採点をするための、試験休み。
期末試験と言う重荷がなくなり、俺は。
「あぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁいっ!!」
朝から部屋で悶絶していた。
それもこれも、生徒会の女子連中が悪い。
密室でキスがどうこうとか、水着買いに行ったらキスがどうしたとか。
やたらと不穏なキーワードを立て続けに並べるものだから!
俺の精神がかつてないほど繊細になるのも致し方なし!
どうにも落ち着かない。
勉強と言う目的を失った俺は、四六時中キスについて考える始末。
もはや、自分でも手に負えない。
さっき、遅めの朝飯を取った訳だが。
ご飯に漬物、目玉焼きにインスタントのみそ汁。
奇麗に並べていただきますをして、半分くらい食べたところで漸く気付く。
お椀に入るべきインスタントのみそ汁が、丸々ポットの横にある。
俺、ただのお湯飲んでやんの!
それだけなら、まあ「うっかり屋さん!」と舌を出して頭をコツンとやれば済むかもしれないが、問題はそこじゃない。
俺、お湯飲んでるって気付いたの、全部飲み干したあとだからね!!
自分に甘くするのは俺の主義に反するが、そこは目をつぶって、ハワイアンパンケーキ並みに甘い採点をしたとしても、である。
ダメだね! 完全なポンコツ!
さっきもアマゾン見てたら不要なものをポチっちゃうし。
こりゃあ、いよいよ深刻だぞと絶望に暮れながら手足をジタバタさせていたら、スマホが震える。
つい、相手を見ずに電話に出てしまう。この辺も普段ならあり得ない。
「もしもし?」
「はわー! 公平兄さま! おはようなのです!」
もうね、悩みの大半がどっかにすっ飛んでいったね。
天使の声ってすごい。
「心菜ちゃん、おはよう」
「兄さま、今日はお暇なのです?」
「うん。暇だよ。心菜ちゃんこそ、学校は?」
「心菜の中学校はもう夏休みなのです!」
ああ、私立だからか。
ちなみに俺たちは今週末から夏休み。
「兄さま、虫取り、できるです?」
「うん。子供の頃には結構やったね」
毬萌に引きずられながら。
「今から、一緒にカブトムシさん捕まえに行きたいのです!」
「待ってて、すぐ行く!!」
支度を済ませるのに2分。自転車を走らせる俺。
スピード違反? 知った事か!
「……悪いわね、心菜がどうしてもって言うものだから」
「おう。氷野さんも来てたのか」
「当たり前でしょ! 心菜一人であんたなんかと出掛けさせるものですか!」
「兄さまー!」
トテトテと駆けてくる心菜ちゃん。
「貴重なお時間をちょうだいして、ありがとう、なのです!!」
「ぽぉう!」
マイコ―が降りてくるのも納得。
「はわー? どうしたのです?」
「うん。ごめんね。ちょっと心が弾んでしまったよ」
「ちょっとあんた! こんな暗がりに乙女を二人も連れ込んで、どうする気!?」
俺たちは、中央公園にやって来ていた。
中央公園はそれなりに大きく、緑も豊富である。
林道も整備されているが、少し道を外れたらば、自然がすぐにこんにちは。
心菜ちゃんの希望を叶えるには持って来いの場所である。
「カブトムシってのは、基本的に昼間は土の中に潜ってんだよ」
「そうなのですか、姉さま?」
「……うっ。……え、ええ、そうよ! 桐島公平、よく知ってたわね!!」
ちなみに氷野さんは虫が苦手である。
キャンプ場の風呂場でカナブン相手に屈したことがある。
「クヌギの木があいつら好きだからね。そして、この辺はクヌギ林。つまり」
「はわー! じゃあ、この木の根元にカブトムシさんがいるですか?」
「心菜ちゃん、正解!」
「はわわー! すごいのです、兄さま!!」
うん。可愛い。
それから、カブトムシの大捜索が始まった。
いくら当たりを付けたところで、それは人の勝手な予想。
とは言え、天使がご所望なのだ。
しかも、夏休みの自由研究のためと言う。
悪いが、そう言う訳だから、捕まってくれ。
なに、快適な住まいと、美味しい食事は保証するぜ。
「ちょっと! 全然見つからないじゃない! あんた、騙したわね!?」
「氷野さん、氷野さん! ちょっと静かにこっちへ」
「な、なによ……。ひぃっ!?」
「ほら、探したらいるもんだろ?」
少し俺が掘ったところに、カブトムシ様のツノがひょっこり。
「わ、分かったから! 見せないで! 怖いのよ!!」
「違うんだ。別に氷野さんを脅かそうと思って呼んだんじゃないよ」
「はあ? じゃあなんでよ!」
「心菜ちゃんを、自然にこの辺に誘導してきて欲しいんだ」
氷野さんにも意図は伝わったらしかった。
「……ホントに、人の良いバカね、あんた」
「こういうのは、自力で見つけるから楽しいんだよ」
氷野さんは呆れた顔で「はいはい」と返事をして、心菜ちゃんを誘導開始。
俺は掘った場所を自然に整えて、近くで待機。
「兄さまー!」
「おう、心菜ちゃん。お姉さんが、あの木の下が怪しいんじゃねぇかって」
「そうなのですか、姉さまー?」
「う、あ、ええ! そうなのよ!」
「ちょっと掘ってごらん」
「分かったのですー! ……あっ! はわわわ! 姉さま! 兄さま!!」
心菜ちゃんの手には、先ほど確認した、小ぶりなオスのカブトムシ。
「良かったね! 大事に飼ってあげるんだよ?」
「はいです! あははは! チクチクするのです! 姉さま、見てなのですー!」
「ゔあぁぁっ! う、うん! すごいわね、すごいゔぁぁあぁ」
「桐島うゔぉへい。これ、はい。こ、心菜、ちょっと待って、ゔぁあぁあっ」
コロリと一粒、固形物。
ベッタベタなメントスだった。
楽し気な氷野姉妹を見ていると、いつの間にか俺の心も穏やかになっていた。
やはり考えすぎは体に悪い。
何より、俺があれこれ愚考したところで、何が変わるわけでもないのだから。
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