第146話 試験前と水着と毬萌さん

「ちょっとぉ! コウちゃん、聞いてるーっ?」



 毬萌の部屋で試験勉強中の俺。

 しかし、毬萌先生のご指摘通り、上の空。

 何の話だったっけか。田中将大の連勝記録の数だったか?


「なんでちゃんと聞いてないのーっ!? 集中力が足りなさ過ぎだよっ!」


 毬萌のお叱りはごもっとも。

 集中力を欠いている自覚もあった。

 それは何故か。


 決まっている。


 俺は、花梨とキスをしたかったのだろうか。


 キス。接吻。口づけ。

 リップとリップが接触するとチューリップ。

 なんてくだらん事を小学生の頃に言っていた気もする。

 なんとアホなガキの頃。

 だが、俺はチューリップを咲かせたかったのか。


 唇なんて、誰にだってついている。

 例えば、毬萌にだって。


「んーっ? どしたの、コウちゃん? わたしの口、何かついてる?」

「お、おお、おう! 菓子の食べかすがな! と、取ってやる!」

 俺は慌てて嘘をつく。

 「お前の唇を見て、あまつさえキスの想像してました」なんて言えるか。


「にははっ、ありがとーっ!」

「お、おう」

 なんだか罪悪感である。

 俺は、毬萌に向けて何と言う視線を送っていたのか。

 本当に、どうかしている。


 それから三時間、みっちりと勉強をして、今日のノルマはクリア。

 頭の中はこんがらがっているが、それでもちゃんと勉強は捗るのだから、未だ学年次席の地位を保っている日頃の努力の賜物か。


「ねーねー、コウちゃん! このあと暇だよねーっ?」

「決めつけるんじゃないよ」

「じゃあ、忙しい?」

 そうやって、散歩に行きたい柴犬みたいに見るのはヤメろ。


「別に。忙しかねぇよ」

 試験まではあと三日。

 その間、学校は午前中で終わるので、日程的にも余裕がある。


「じゃあさ、ちょっとお買い物に付き合って欲しいなーって!」

「おう。構わんが。菓子のストックが切れたか」

「ちーがーうーっ! 先週言ったじゃん! 一緒に買いに行こうねって!!」

 何の話だったか。



「水着! コウちゃん好みの水着買いに行くのーっ!」



 未だ渋滞中の記憶を、いささか交通整備してみると……。

 そこには、確かにそんな事を言った毬萌と、承諾した俺の姿があった。

 つまり、断る理由が見つからない。



「おおーっ! いっぱいあるねーっ!」

 駅前通りのショッピングセンターへやって来た。

 さすがはシーズン真っ盛りだけあって、本当に水着がいっぱいある。

 まるで、南国に生息するド派手な鳥の群れを見ているようだ。


「いらっしゃいませー。水着をお探しですかー?」

「はいっ!」

 早速店員のお姉さんが毬萌をキャッチ。

 まあ、こちらとしてもお姉さんのガイダンスがあった方が早く済みそうで助かる。


「どのようなものか、お好みはありますか?」

「はいっ! すっごくセクシーなヤツお願いしますっ!」


「ふごふぁっ」


 失敬。驚き過ぎて鼻水を吹いてしまった。


「普通の! ごく普通のでお願いします! 高校生が着る、一般的なヤツで!!」

 慌てて訂正する俺。


「あらあらー。そうですよね、セクシーな水着は、彼氏さんが困りますものねー」

 そして誤解される俺。


「いや、違います。彼氏とかじゃないです」

「そうですっ! ふ、夫婦、ですっ!」



 もう、何言ってんの、このアホの子。



 お姉さんは、優しい目をしたまま「お待ちください」と奥に引っ込んでしまった。


「いきなり何を言うとるんだ、お前は!」

「だってぇー! ひと夏の思い出を作るんだよーっ! 親密度を上げないとっ!」

「……どうすりゃそれで夫婦になるんだ」

「でもでも、一緒に海に行ったら、色々あるかもじゃん! 壁ドンとか、床ドンとか、ドンドコドンとかっ!!」

 何をバカなことをとツッコミを入れようとすると、毬萌が照れ臭そうに言う。



「——き、キスとか。……するかもじゃんっ!?」



 再び俺の頭の中で交通事故が発生。

 どうしたんだ俺の周りは、急にキス、キスって。

 流行ってんのか? そんなもん流行るなよ。

 そして嫌でも毬萌の唇を見てしまう俺。


「えぇぇええぇぇぇんっ!!」

「みゃあっ!? び、ビックリしたよぉー。なぁに、コウちゃん?」

 頬を張ることで、どうにか正気を保つ作戦である。


 そうこうしているとお姉さんが帰ってきた。


「こちらが今年の流行のモデルですねー。彼女さん、見た感じですとバストのサイズ感も結構ありますし、この辺りは似合うと思いますよー」

「うぅ……。なんだか、恥ずかしいです……」

 ヤメろ。急に恥じらうな。

 俺の方がもっと恥ずかしいわい。


「試着室へどうぞー」

「あっ、はーい!」

「彼氏さんもどうぞー」

「あの、俺ぁ別に」

「あ、すみませーん。旦那さまも、どうぞ!」

 もうダメだ。年上のお姉さんは苦手だよ、俺ぁ。



「どうかな、コウちゃんっ! に、似合う、かなっ?」


 正直なところ、くっそ似合っていた。

 白いフリフリしたビキニタイプと言うのだろうか。

 胸元はフリルが付いていて可愛らしいし、下の、名前は知らんが、ミニスカートみたいになっている部分も、活動的な毬萌にピッタリだと思った。

 これまでスクール水着しか見てこなかったせいか、余計にそう感じられる。


「い、良いんじゃねぇの?」

「えーっ!? ちゃんと見てよーっ!」

「ばっ! おまっ! 見てんだろ!!」


「彼氏さん、照れ屋ですねー」

「そうなんですよーっ。普段は全然平気なのにっ! こーゆう時だけなんですっ!」

 ええい、腹立たしいが、もう言ってしまおう。

 そしてさっさと帰るのだ。



「か、可愛いっつってんだろーが!」


「みゃっ!? あ、ありがと……コウちゃん……」



 だから、お前まで照れるんじゃないよ!



 そして毬萌はその水着を買った。

「楽しみだねーっ! みんなで海に行くのっ!」

「……そうだな」



 どうもこの夏は、不穏な気配が漂っている。

 まるで、何か間違いを起こさせようとしているかのような。

 ……お前の仕業か? ヘイ、ゴッド。

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