第142話 全校朝礼とセッスクくん

「ふんっ。せいっ。ふんっ。はっ。ほっ。せいっ」



 別にいかがわしい事をしている訳ではない。

 いつもよりも30分早く登校して、入念なストレッチ。

 とくに中腰の姿勢をキープしなければならないので、ふくらはぎを中心にストレッチパワーを貯めている。


 そうとも、本日は全校朝礼。

 ならば俺はどこへ行くのか。

 講壇の中である。当たり前である。


「コウちゃーん! ポカリスエット買って来たよぉーっ!」

「おう! 悪いな、使いっぱしりさせちまって」

「にははっ、平気だよー」

 このクソ暑い中、エアコンのない体育館と言うだけでも熱中症の危険があるのに、俺はこれから講壇の中に潜伏せねばならない。

 水分は少し取り過ぎるくらいでちょうど良い。


 万が一にも講壇の中で意識を失ってみろ。

 もう怪事件だ。

 そのまま死んだら金田一少年だって解決できない。


 だが、今日はいつにも増して準備に余念がないのは何故か。

 普段ならまだ毬萌を叩き起こしている時間である。

 にもかかわらず、毬萌までスタンバイしているのは何故か。

 今日の主役は、俺たちではないからに他ならない。



「オーウ。コウスケさん、とっても助かりますのである」



 ついに彼が口を開く。

 はるばるイギリスから海を越えて、空を飛んでやって来た留学生。

 セッスク・アドバーグくんである!


「おう。気にしなくていいぞ。……あと、俺の名前は公平な。コウヘイ」

「かたじけないかもしれない。すまぬ、すまぬ。コウスケさん、あいすまぬ」

 彼の日本語はまだたどたどしいが、来日4か月目と言う事を踏まえると、相当にハイペースで言語を習得している。


「にへへっ、セッスクくん、気合入ってるよねーっ!」

「オーウ、毬萌さん、ワタシ、今日は頑張るです! 笑い、どっかんぜよ!」

「そうだ、そうだーっ! がんばろーっ!!」

「よし、そろそろ体育館に行くか」

「拝承つかまつりどすえ! 毬萌さん、よろしくね! コウスケ、頑張れ!」



 ねぇ、なんで毬萌はナチュラルに呼ぶのに、俺の名前は間違えたままなの?

 あと、呼び捨てになってるね?

 この数分間で俺たち、何か距離が縮まったかな?


 と、そんな事を嘆いていてもせんきことである。

 いざ、戦いの場へ。



「それでは、教頭先生のお話ですっ! 気分が悪くなった人は座ってねーっ」

「ばっか、お前! 教頭の話で気分が悪くなるみてぇになってる!!」

 教頭がすげぇ勢いでこっち見てるから!

 早いとこ何かフォローして! 中年の悲壮な顔は見ていて辛いから!


「みゃっ! 教頭先生は、花壇にお水をあげてました! 皆も見習いましょうっ!」

 毬萌の取って付けたフォロー。

 これには教頭も……。


 にんまり、えびす顔!

 学園長と言い、お前ら毬萌のこと好き過ぎるだろ!


 そして教頭の話は5分で学園長にジャックされる。

 学園長の話は15分続き、女子が6人、男子が3人倒れた。

 救護担当は、こんな時頼りになる鬼瓦くんと保健委員たち。

 鬼神がっちり。

 とはいえ、これはいけない。


「毬萌! そろそろストップかけとけ! このままじゃ皆が死ぬ!」

 ちなみに俺も結構しんどい。

 ポカリスエットで水分を補給。


「分かった! ……はい、学園長のお話はいつまでも聞いていたいですけど、続きはまた次回! 大好きなアニメは一気見しない派なんですよ、わたし! にははっ」

 素晴らしい強制シャットダウン。

 天才スイッチの入っている毬萌ほど頼りになるヤツはいない。


「では、続いて、セッスクくんによる、日本体験記ですっ! どぞーっ!」

 拍手に迎えられて、セッスクくん登壇。

 緊張からか、震えている。

 彼は前回のスピーチを上手くこなせなかったからか、気負い過ぎているようだ。


「落ち着け、セッスクくん! こんなもん、テキトーに話しゃいいんだよ!」

 俺は彼をリラックスさせるべく、アドバイス。


「オーウ。コウスケ、ありがとね! ワタシ、やれる気がしてきたマッスル」

 おう。日本語は微妙だが、その精悍な顔つき、分かるぜ。

 今の君は、ヤレる男だ。頑張れ、頑張れ! 名前の件は諦めた!



「どうも、セックスです!」



 静まり返る体育館。


 俺ぁテキトーにとは言ったが、君、自分の名前はテキトーじゃダメだよ!

 そもそも、セッスクって日本語じゃないからね!

 「日本語に不慣れでして」って言い訳できないからね!



「オーウ、失礼しマッスル。改めました、セックスです!!」



 おい、もうヤメろ!

 ストップだ! こんなの事故だよ!!

 改めて卑猥な言葉を言い直すんじゃないよ!

 重ねて言うけど、それ君の名前だよ!?

 お父さんとお母さんが国で泣いてるよ!?



「オーウ。またしても、やり直すマッスル。セックスです!!」



 や・め・ろ!!

 体育館がざわつき始めたよ!

 倒れたはずの男子が起き上がってるじゃん!

 もうダメだ、毬萌! お前がどうにか場を納めるしかない!!


「みゃあっ!?」

 俺は、毬萌の太ももにタッチ。

 セクハラ? バカ、そんな場合か!

 セクハラしてるヤツが現在進行形で壇上にいるんだよ!!


「毬萌! もうやめさせろ! んで、なんか適当なフォロー入れて、終わらせろ!」

「わ、分かったっ! やってみるっ!」


 さて、今回の敗因は、ここで毬萌まで慌てさせた事である。

 俺が彼女の天才スイッチを切ってしまった。

 何と言うミステイク。悔やみきれない。



「えーっと、彼の国では、親しい仲になると、こうやって挨拶するそうですっ!」


 んなことあるか、アホ!!



 それから1週間ほど、学園内で「セックス!」と言う挨拶が流行った。

 俺はと言えば、生徒を代表して教頭に呼び出され、しこたま怒られた。

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