第141話 内緒の勅使河原さん

「緊急事態よ! 家庭科室に来なさい!」



 今日も今日とて、氷野さんからの指令である。

 最近、彼女から連絡貰うこと多いなぁと思いながらも、断る理由はなし。

 「了解」と返事をして、俺は席を立つ。


「ちょっと抜けて良いか?」

 生徒会長様に許可を貰うのも忘れずに。

「うんっ! いいよーっ! あっ、帰りにジュース買って来てよっ!」

「へいへい。分かったよ。鬼瓦くんも、すまんな」

「お気になさらず! ここは毬萌先輩と僕で手は足りますので」

 今日も今日とて、鬼神しっかり。

 花梨は職員室へ出張中。


 さて、家庭科室と言えば、生徒会室と同じ実習棟の一階である。

 歩いて1分と言う好立地。

「失礼しまーす、と」


「あっ、き、桐島、先輩! お待ちして、ました!」

 そこには儚げなゆるふわガール、勅使河原さんと。

「遅いのよ。緊急って言ったら10秒で来なさいよ!!」

 昔気質むかしかたぎのヤンキーみたいな物言いをつける氷野さんがいた。


「珍しい組み合わせだね」

「そうでもないわよ。勅使河原真奈とは、たまに放課後お茶するもの」

「えっ!? ……大丈夫、勅使河原さん? 嫌なら嫌って言っても痛い痛い痛い痛い」

 氷野さんのアイアンクロ―が俺の顔面を掴んで離さない。

 このままでは、小顔になってしまう。


「ひ、氷野、先輩には、相談に乗って、もらって、るんです!」

 相談? ああ、なるほど。

 確かにこの二人、分野が明らかに違うもんな。

 不得手な事を相談するには、同じタイプの人間よりずっと捗るだろう。


「それで、勅使河原さんは誰とケンカするのかな?」

「えっ、あ、あの、どういう、こと、でしょうか?」

「だって、氷野さんに相談って言ったら、ステゴロな案件痛い痛い痛い痛い」

 再度アイアンクロ―。

 そのまま上に持ち上げたら、身長伸びちゃう。


「た、武三さんに、その、プレゼントを、渡したくって、ですね……」

「おお、良いじゃないか! 彼なら大抵何でも喜ぶぞ」

「はあ。だからあんたはモテないのよ。桐島公平」

「心外だなぁ」

「あんたがここに呼ばれた意味を考えてみなさいよ」

 ふむ。そう言われると、そこの所は不明である。


「あー。分かった! 鬼瓦くんの欲しがってる物のリサーチだ!」

「違うわよ。バカね」

 そんな勢いよく切り捨てなくても良いじゃない。


「あ、あの、もう、内容は決めて、あるん、です」

「そうなの? じゃあ、後は用意するだけじゃないか」

「そう! そこであんたの出番ってワケよ」

 ほえ?


「く、クッキーを、作って、差し上げたいの、です!」



 えっ。あのお菓子スイーツお化けモンスターの鬼瓦くんに、クッキーを!?



 まず「それはヤメといた方が」と口をつきそうになったが、俺は考える。

 勅使河原さん程の女子が、安易な理由で想い人への贈り物を決めるだろうか。

 いや、そんなはずはない。

 何か、強い決意があるに違いなかった。


「つまり、敢えて鬼瓦くんの得意分野に挑戦して、距離を縮めよう、的な?」

 俺の恋愛思考回路が頑張って導き出した結論であった。

 すると、勅使河原さんは控えめに頷く。


「は、はい」

 こんなにも一途に想われて、鬼瓦くんも隅に置けない鬼である。


「それで、私たちで試作したのよ。ほら、食べてみなさい」

「なんだ、もう作ってあんのか。クッキーなんてそうそう失敗まっず!!」



 失言である。



「痛い痛い痛い痛い! 違うんだ、氷野さん、違うの、ホント!」

 そうだった、氷野さんは料理スキルにステータス値を振り忘れた女子だった。


「ひ、氷野先輩と、一緒に作ってみたのです、けど。上手くいかな、くて」



 それはね、多分氷野さんと一緒に作ったからだよ。

 そう叫びたいのを、理性で堪えた。

 理性ってすごいなと思った。


「よし、分かった。俺がレシピを調べるから、俺の言う通りやってみよう」

 このまま勅使河原さんまでメシマズ女子になったら、俺の周りの女子が同じ属性でコンプリートされてしまう。

 聞くに、勅使河原さんは料理の経験がないだけと言う。

 この機を逃すと危ないところだった。

 俺を呼んでくれたのは、氷野さんのファインプレーである。


 そして、一時間。

 ネットで調べた『時短でお手軽クッキー』が、余りにも呆気なく完成した。


「き、桐島先輩、どう、でしょう、か?」

 できたてのクッキーをパクリとやるのは俺。

 まだ熱のある、少し柔らかめの生地。程よい甘さ。後味も悪くない。

 それはつまり——。


「うん。美味い! これなら絶対大丈夫!」

 この世にまた一人メシマズ女子を産み出さずに済んだ瞬間であった。


「ちょっと待ってな。鬼瓦くんに……送信っと」

「何してんのよ、あんた」

「今から鬼瓦くん、中庭の隅に行くから、そこで渡すと良いよ。人気ひとけもないし」

「……ふぅん。気が利くじゃない」

 首を突っ込むならば、アフターケアまでしっかりと。

 俺のモットーである。


「せ、先輩方、ありがとう、ございまし、た! 行ってき、ます!!」

 小走りで駆けていく勅使河原さん。


「さて。そんじゃ、俺ぁ片づけを」

「……ホント、あんたってバカみたいにお人好しよね」

「だって、出来立てを渡したいだろうし。このくらいは普通だよ」


「その気遣いは、あんたの事好きな女子にしなさいよ、バカ……」



 そうしてお掃除マイスターの俺は、テキパキと後片付け。

 来た時よりも美しく。これにて任務完了である。


「じゃあ、俺も戻るよ」

「待ちなさいよ。……ほら、あげるわ」


 コロリと1枚。楕円形。

 クッキーである。



 うゔぉあ。

 ……どうして中にフリスクが。


「チョコチップの代わりに入れてみたの。ふふん、凡人とは発想が違うのよ!」



 き、気持ちはとても嬉しかった、です……。

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