第140話 天海先輩VS生徒会(毬萌抜き)

 平和な放課後に警報響く。

 氷野さんからのエマージェンシーコールであった。

「天海先輩がそっちに行ったわ。注意しなさい!」


 防壁と言うものは、一度破れてしまえば脆いものである。

 俺と風紀委員が形成していた迎撃システムは、天海先輩による一度の突破で機能不全に陥っていた。

 彼女とて、一年間生徒会長をやり抜いた才能の塊。

 本能的に自分と毬萌の間を隔てる壁をすり抜けるすべを覚えた模様であった。


 幸いなのは、氷野さんと言う最終防衛ラインだけはまだ健在な事である。

 今回も、毬萌をどうにか逃がすことには成功。

 氷野さんの所へ行かせたから、まあ大丈夫だろう。

 むしろ、問題はこっちである。

 さて、どう誤魔化したものか。



「失礼するぞ!」

 天海先輩がご入来。

「いや、ちょっと時間が出来たものでな! おや、神野くんは留守かな!?」

「あー、タイミングが悪かったですね。今は席を外してまして」

「そうか! では、少し待たせてもらおうか!!」


 その行動は想定外。

 毬萌はいないって言ったらすんなり帰ってくれると思ったのに。


 こうなっては致し方ない。

 俺たちで結束して、天海先輩をやり過ごそう。

 今日は花梨と鬼瓦くんもいるのだ。俺は独りじゃない。

 しかも、事前にこの前生徒会長が非常に難物なんぶつである事は通達済み。

 俺たち三人なら、きっとやれるさ!


「天海先輩、お茶をどうぞ」

 花梨が先陣を切って、先輩に飲み物を提供。

 買い置きのお茶の中でも一番いいヤツである。


「ああ! すまないな! 君は確か、冴木くんだったな! 噂は聞いている!」

「あ、いえいえ、あたしはまだ新入りですから、そんな」

「謙遜することはない! オリエンテーリングの仕切り、見ていたぞ! お見事!」

「ありがとうございます。あ、先輩、お茶のおかわりはいかがですか?」


 聞くところによると、京都では「お茶のおかわりどうどすか?」と言うのは、遠回しに「とっとと帰って下さい」と伝える魔法の言葉があると言う。

 さすが花梨。一年生トップの頭脳と、生徒会で培ってきた応用力は伊達じゃない。

 才女の本領発揮。

 これには天海先輩も居心地が悪くなったに違いない。


「そうだな! もう一杯頂こう! 先ほどの茶は少々ぬるかったからな!」


 動じねぇ! 帝王に逃走はないと言わんばかりである。

 むしろ、お茶の温度に注文までつけていらっしゃる!

 京都の人だったら熱めのお茶ぶっかける案件じゃないの!?

 お茶漬けも付けちゃう案件だよ、これ!!


「ゔぁぁあぁっ! あ、あば、天海先輩! よろしいでしょうか!!」

 お、鬼瓦くん!

 勇気を振り絞って、立ち向かってくれると言うのか!?

 君ってヤツは! 鬼神特攻!


「もちろんだとも! 君は鬼瓦くんだったな! 級友が話題にしていたよ!」

「恐縮でず! あの、今年の予算編成についてご意見をいだだぎだぐ!!」


 考えたな、鬼瓦くん。

 君の作った予算編成は完璧。

 花祭学園の男版デヴィ夫人と呼ばれるあの教頭にさえ何の文句も言わずに書類を受け取らせたのは、もはや教師の間でも語り草である。

 つまり、彼の作戦は「こんな完璧な仕事をする生徒会の邪魔をしちゃいけないわ」と先輩に思わせて、円満にご退場いただく事と見た。


「……ふむ! まずバランスが実に良いな! 見事と言って良いだろう!」

「ゔぁい! 恐縮です!」

 いいぞ、頑張れ、鬼瓦くん。


「だが、少し気になる点もあるな! 例えば、このカードゲーム同好会! それにプラモデル同好会! ……これらの同好会は、そもそも必要だろうか?」

「ゔぁぁぁぁっ! ぜ、前年度の活動実績から、こ、考慮を」

「ふむ! そこは良いのだが、そもそも必要のない同好会は潰してしまって、その分を活動的な部に割り振った方が建設的ではないか!?」


 雲行きが怪しくなってきた。

 天海政権下では、実に15の同好会が姿を消したと言う話を思い出す。


「私は同好会の全撤廃を進めたのだが、副会長がそれを良しとしなくてな! 仕方なくいくつかの同好会は残したが、やはり無駄が多いように思えるな!」

「ゔぁ、ゔぁい」

「よし! 会計の君のために、少し教鞭を取ろうではないか!」

「ゔぁぁぁっ!」

「遠慮する事はない! 私も後進の役に立てると嬉しいからな! さあ、座りたまえ!!」


 それから、30分もの間、鬼瓦くんはみっちりと天海先輩にしごかれた。

 鬼神ぐったり。

 彼はもはや戦力にならない。リタイアだ。


 ついに俺の出番か。


「あー。天海先輩。今日はそろそろ店じまいにしようかと」

「ふむ! 桐島くん、君は会長の許可なく帰りたいと、そう言うのかな!?」

「……なんでもありません」


 俺の出番、終了。



 もはや万策尽きた。

 そんな時に、颯爽と現れたお人が! あ、あのシルエットは!


「天海さん。今日のところはそろそろ帰りましょう」


 ど、土井先輩!! タキシー……やわらか鉄仮面様!!


「なんだ、まだ良いじゃないか!」

「今日はわたくしの家で受験勉強の予定ではありませんか」

「ううむ、しかし、まだ神野くんに会っていないのだぞ!?」

「天海さんは、わたくしとの時間をないがしろになされるのですか?」

「なははっ! そう言われると私も立つ瀬がない! 分かったよ!」


「では、失礼する! 生徒会の諸君、また来るよ!」

「天海がお邪魔をいたしました。失礼いたします」



「公平先輩……あたし、すっごく疲れました」

「ゔあぁぁぁぁああぁっ!」


「うん。二人とも、お疲れ。でもさ、言いたくないんだけどね」


「また来るってさ。天海先輩」



 その後、避難していた毬萌が帰還。

 俺は悟っていた。

 多分、次の機会が訪れる時には、後輩二人も一緒に避難するだろうと言う事を。

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