第139話 心菜ちゃんとテレビ電話

 それはとある夜の事だった。

 普段通り晩飯を食べて、風呂に入り、冷房の効いた部屋でごろり。

 学校ではいつも気を張ってるんだから、家ではできるだけストレスを溜めないで生活をする。

 これこそが、デキる副会長としての地位を確立させる知恵である。



 そしてそんなひと時を邪魔するようにスマホが鳴る。

 いつものパータンである。

 毬萌だな。ほぼ間違いなく。

 のっそりとベッドから起き上がって、机のスマホをキャッチ。

 着信の主は氷野さんであった。

 珍しいこともあるものだ。


「へい。こちら桐島」

「もっと早く出なさいよ! 本当にグズね! 桐島公平!!」

 最近は彼女の言葉にも慣れてきた。

 これは「女の子の電話はすぐに出ないとダメだぞ」と言う意味である。

 別に怒られている訳ではないのだ。


「珍しいね、氷野さんが電話してくるなんて。急用かな?」

「……うっ。急用と言うか、あ、あんたに、ちょっと頼みがある、のよ」

 氷野さんが俺に頼みとな。

 タイでブラックタイガーの養殖して百万稼いで来いとか言われるのかしら。


「俺でお役に立てると良いけど」

「その点に関しては、実に不愉快、不本意だけど、問題ないのよ」

 それ、心情的に問題発生してるよね、とは言わない。

 何故ならば、俺は紳士だから。


「おう。……と言うと?」

「実はね、心菜がスマホを買ったのよ」

「へぇー。そりゃあ良かった。と言うか、今までは持ってなかったんだ?」

「ええ。これまでは、子供用のガラケーだったの」

 ああ、なるほど。

 キッズフォンとか言うヤツか。


「心菜ちゃんは箱入り娘だもんなぁ」

「両親も心菜に対して過保護なのは認めるわ」

 氷野さんもじゃないか。


「まあ、でも、そのくらいの年になると、周りがスマホになるもんね」

「そうなのよ! 心菜だけがスマホじゃなくて、万が一いじめられでもしたら!!」

「ああ、氷野さんなら学校に怒鳴り込むくらいしそうだね」


「学校を爆破するわよ。心菜をいじめる学校なんていらないもの」


 うん。これ、ガチのトーンだね。

 心菜ちゃんが健やかに育つ陰で、こんなに殺伐とした感情がうごめいているとは。


「それで、本題よ。心菜がね、テレビ電話したいって言うの」

「おう。良いじゃない」

「私が相手をしようと思ったんだけど、家族とじゃ気分が乗らないらしくて」

「うん。分からんでもないね」

「で、じゃあ誰が良いのって聞いたら……。ぐぅぅぅぅっ! ぬぅぅぅぅっ!!」

 急に肉食獣が獲物を前にした時みたいな唸り声が聞こえるね。


「あんたが良いんですって。信じられないけど」

「ははあ、そいつぁ光栄だな」

「だから、今からかけさせるから。相手してあげてもらえる?」

「おう。そう言うことなら、喜んで」

「言っとくけど、変な気を起こすんじゃないわよ? さもないと」

「分かってるよ。蹴られるんだろう?」


「殺すわよ」

 罰が重いなぁ。


 そして氷野さんとの通話が終わり、すぐに知らない番号から着信。


「ほい、こちら桐島!」

「はわー! 公平兄さま! 心菜ですー! 見えてるですか?」

 うん。可愛い。

 お風呂上りかな。部屋着も控えめに言って天使だね。


「心菜、ついにスマホを買ってもらったのです! むふー!」

「良かったなぁ! これで大人の仲間入りって訳だ」

「そうなのです! 心菜、大人の女性になってしまったのです!」

 うん。可愛い。

 大人ぶる心菜ちゃん、ポイント三割増しで可愛いね。


「スマホ、すごいのです! 公平兄さまのお顔を見てお話しできるのです!」

「そうだね、技術の進歩ってすごいね。俺も心菜ちゃんが見えてるよ」

「えっと、兄さま?」

「ふむ。なんだろう?」

「時々、こうやってテレビのお電話しても良いです?」



 ——父さん、母さん、俺を生んでくれてありがとぉぉぉぉぉぉぉっ!!



「はわわ、ダメ、です?」

「ダメな訳ないじゃないか! いつでもウェルカムだよ!」

「嬉しいのですー!」

 俺はその二万倍嬉しいよ!!


「実は、家族以外にテレビのお電話するの初めてだったのです!」

「そうか、そうかー」

 ここで、俺は上級者っぽくアドバイスをしてみたくなった。


「テレビ電話は、何も机に置いたままじゃなくても平気なんだよ」

「どういうことですー?」

「例えば、ほら。こうやって、カメラの位置を上に持って行くと」

「はわー、公平兄さまを上から見てるみたいです!」

「はははっ、テレビ電話の利点の一つだね」


 楽しいひと時は全力で駆け抜けていく。

 そしてその瞬間はやって来た。


「心菜もやってみてもいいです?」

「もちろん。好きな角度にしてごらん」

 ここで、心菜ちゃん、俺がやったように、スマホを上に持ち上げる。

「あははっ、こんなに上からでも見えてるのですー?」



 あかん! そのアングルはあかんで、心菜ちゃん!!

 映っちゃまずいところが映りそう!! まだかろうじて大丈夫だけども!

 なんて言うか、胸部がね! お姉さんにはない、胸部がね!!



 すると、画面が真っ暗になった。

 理由は分からんが、ひとまず助かった。

 天使のあられもない姿など、愚民の俺が見て良いはずがない。


「……桐島公平。言いつけを破ったわね?」

「ひ、ひぃっ」

 画面には、氷野さんの顔が。


「……氷野さん、怒った顔も、綺麗だよ」

「……桐島公平。辞世の句は考えたかしら?」

 俺は命を諦めた。


 しかし、彼女の背後で天使の声が。


「姉さまー! もっと兄さまとお喋りしたいのですー!」

「あら、そうなの? でも、桐島クソムシ……兄さま、もう眠いんですって」

「はわわ、それなら仕方ないです! 兄さま、また今度なのですー!」


「心菜に免じて、命だけは助けてやるわ」

 そして切れる通話。

 その後、すぐに氷野さんから写真が送られてきた。



 ……ブレスケアじゃねぇか。……しかも真っ二つに割れてやがる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る