第138話 毬萌と嗅覚

 冴木邸から家に帰ったら午後9時前。

 時間はまだ早いのに、既に深夜2時くらいの疲労感である。



「ただいま。母さん、知り合いからメロン貰ったわ」

「あら、まあ! これすごく良いヤツじゃないの!? あら、まあまあ!!」

「多分な。まあ、適当に冷やしといてよ」

「母さんこんな立派なメロン初めて見たよ! あんたを生んで良かったわぁ」


 俺の誕生とメロンを等価交換するな。

 それ、つまりは俺自身を練成陣にしても、出てくるのメロンって事じゃん。

 いや、さすがにもう少し良いものが出てくるよ。

 賢者の石とは言わんけど。


「あー、もしもし! ごめんなさいね、こんな時間に!」

 そして俺を無視してどこかに電話をかけている母。

 まあ、好きにしてくれ。精々長電話をすると良い。


「俺ぁ疲れたから、部屋行って寝るわ」

「待ちな! ちょいとこれから、毬萌ちゃんとこにメロンお裾分けに行って!」

「えっ!? それ、今からじゃないとダメなの!? 明日行くよ」

「何言ってんだい! この前スイカ貰ったでしょうが! 薄情な子だよ、まったく!」

 そりゃ知ってるよ。

 でも、別に明日でも良いじゃない?


「もう疲れてんだって」


「ガタガタ言うんじゃないよ! そのスマホ、ぬか床にぶち込むよ!!」


 どこの世界にスマホをぬか漬けにする主婦がいるんだよ!?


 もうヤダ、うちの母さん。

 脅し文句がいちいち常軌を逸してるんだもん。


「それとも、何かい? 学費から食費まで全部出して、養ってやってるって言うのにこんな時間に、か弱いマダムをあれかい? 夜道の一人歩きさせようってのかい?」


 なんで今度は正論叩きつけて来るんだよ!


「……分かった。行くよ、行く」

 愛車にまたがり風を切りながら思いふける。

 俺の夜道の一人歩きだって、相当危ないじゃん。



「やほーっ! コウちゃーん!!」

 神野家では、玄関で毬萌が待ち構えていた。


「なんだよ、どうした。珍しいじゃねぇか、俺を出迎えるなんて」

 毬萌は鼻息荒く、言う。

「なんかすっごいメロンが来るって聞いたんだもんっ!」

「俺を待ってた訳じゃねぇのか……。どいつもこいつも……。ほれ、メロン」


 半分に叩き切られたメロンの入ったエコバッグを毬萌に渡す。

「じゃあ、俺ぁ帰るぞ」

「えーっ!? 上がってきなよぉー! せっかく来たんだしさっ!」

 そんなに喜ばれると、誘いを邪険にするのもはばかられる。


「じゃあ、ちょいと茶でも貰うとするか」

「やたーっ! 入って入ってー!」

 アホな柴犬にはどうしたって甘くなっちまう。

 俺の悪い癖だ。


「コウちゃん! メロン持ってきたーっ!!」

 毬萌の部屋で寝転がっていると、メロンとオマケの毬萌がやって来た。

「俺ぁ家にあるヤツ食うから良いのに」

「いいじゃん! 一緒に食べよっ!」

「まあ、そういうなら。……甘っ! そしてうまっ!」


 俺の知っているメロンの味じゃなかった。

 今まで俺がメロンと思っていたものは何だったのか。

 そうか。きゅうりの亜種か。


「ねーっ! すっごくおいしーっ! ねね、どうしたの、これ!?」


 今日の失言のお時間である。


「花梨の家で貰ったんだよ」

「花梨ちゃんの家に行ってたの? ……何しに?」

 ぬかった。

 いらん事を言うんじゃなかった。

 毬萌の嗅覚の鋭さを忘れていた。警察犬と対等か、それ以上なのに。


「いや、ちょいと飯に呼ばれてな。別に、何もしてないぞ?」

「すんすん。……コウちゃん、ボディーソープ変えた?」

「いや、変えてねぇけど」


「……と言うことは、花梨ちゃんの家で、お風呂に入った!?」

 先ほどの嗅覚と言うのは、比喩表現だったが、今度はガチの嗅覚。

 嘘だろう。そんな、ボディソープひとつで体臭って変わるの!?


「いやー。どうかなー。はっはっは」

「コウちゃん!」

「……おう。なんつーか、不可抗力で」

「全部話して。全部だよっ!」

 おかしい。柴犬がドーベルマンに見える。


 そして俺は全てを話した。

 と言うか、ほんの触りだけ話したら、あとは毬萌の推理ショーだった。

 結果、完全に的中。

 こんな時に天才って怖いわぁと思わずにはいられない。


「ふぅーん。花梨ちゃんの水着見たんだぁー?」

「いや、見てねぇ! つーか、ほとんど見えなかった!」

「ちょっとは見たんだ?」

「いや、ほれ、アレだよ。みんなで海行くって話があるだろ? その関係で、な?」

 我ながら、ナイスなハンドリング。


「海に行くのと水着見るの、関係ないよねっ?」

 すっごい追走。どこかのハチロク乗りみたい。


「いや、あの、俺ぁ女子の水着に免疫がねぇから。く、訓練と言うか」

「そうなんだー。コウちゃん、訓練してまで女子の水着が見たいんだー」

「お、おい! そいつは曲解ってもんだろ!」


「決めたっ! わたしも新しい水着買うーっ!」


「えっ。いや、お前はいつも通り、スクール水着で良いじゃねぇか」

「花梨ちゃんの水着は喜んで見るのに、わたしのは嫌なのっ!?」

「べ、別にそんなこと言ってないだろ!?」


「来週、水着買いに行くからねっ! コウちゃんも付いて来て!」

「えっ!?」

「コウちゃんの好きなヤツ買うから!」

「いや、俺ぁ別にスクール水着でも」

「コウちゃんっ!!」

「……おう。ぜひご一緒させて下さい」


「とびっきりセクシーなヤツ買うからねっ!」


「いや、お前、いきなりそんなハードル上げちゃ」

「もーっ! 買うのーっ!!」

「おう。買おうな。うん」

 これは、確かに引率の必要があるかもしれない。



 ところで、どうしてメロンお裾分けに来ただけなのに、こんな事に?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る