第137話 冴木家の大浴場はもはや超浴場

 現在の俺。

 今日で会うのは2回目のおっさんと、裸で脱衣所にいる。

 俺はまず、説明を求めたい。

 何を俺は間違えたのか。



「貴様ぁ! 早くパンツを脱がんかぁ!」

 花梨パパ、脱ぐの早いなぁ。

 もうフルオープンだよ。

 鬼瓦くんほどではないが、筋肉質で良い体つきである。

 年齢を考えれば、誇っても良いだろう。


「なんだ貴様ぁ! その貧相な体は! ちゃんとご飯食べてるのかぁ!?」

「いや、はい。すんません。貧弱なもので」

「貴様ぁ! 自分の事を卑下ひげするなぁ! うちの花梨ちゃんの見立てに異議申し立てするのと同じ事だろうがぁ! 自信を持たんかぁ!!」


 どうすりゃ良いんだ……。

 未だかつて、ここまで正解の見えない空間に迷い込んだことがあっただろうか。


 とりあえず真っ裸になった俺は、花梨パパに続いて大浴場へ。



 ——ま、マーライオンが口からお湯吐いてる!!



「ふんっ。驚いて声も出んか。ワシはあそこで湯を浴びながら、修行! ってやるのが日課ぞ! ……今日は貴様にもやらせてやっても良いが」

「い、いやぁ、俺にはちょいと荷が重いかと」

 多分あの水量だと、溺れるな。

 俺は合宿を経て、風呂に対する危機意識だけは高める事に成功していた。


「よし、貴様ぁ! 背中を流してもらおうか! まさか、断るまいな?」

「いえ、喜んで」

「ふんっ。このワシがほぼ初対面の男に背中を流させるとか、滅多にないんだから感謝するが良い! 別に貴様のためじゃないからな!」

 ちょいちょいツンデレみたいな口調になるのは何でなのん?


「くくく、やはり見立て通りであったわ! なんと非力な男か!」

 言っときますけど、俺ぁ全力でゴシゴシやってますよ。

「すんません。その辺の女子より力ないんです、俺」

「なんと情けない男か! ……ふんっ。しかし、これからの時代、男に求められるものは、必ずしも力とは限らんからな。落ち込むではないわ!!」

「あ、はい」


「ふんっ。次は、ワシが貴様の背中を洗ってやろう!」

「あ、いや、マジでお構いなく!」

 背中の皮を全部持って行かれそうなので! マジで大丈夫です!!


 「大丈夫です」って言い方、良いのか悪いのか分かりにくいよねと、湯の前に日本語の難しさに浸っていると、大浴場の入り口から声が響いた。


「はい! パパ、そこまで! 先輩の背中はあたしが洗うから!」


「か、かかかかかか、花梨ちゃん! ダメでしょ、今、パパたちお風呂よ!?」

「知ってるし! あたしはちゃんと水着だから、平気でしょ!」

「ちょ、ダメ、ダメダメ、花梨ちゃん! それ平気じゃないヤツ!!」

「か、花梨! それはマジでお父さんの言う通りだ! ホントにダメだって!」


「わ、ワシをお義父さんと呼ぶなぁぁぁっ!!」

「今じゃなきゃダメですか、その話!?」


「パパ! 今すぐ出て行かないと、一生口きかないから!!」

「……えっ?」

 そして花梨パパ、黙って退場。

 少し気の毒。


「お背中流しますねー。せーんぱい? ……あー。あなたって呼んだ方が良いですか?」

「ちょ、まっ! 花梨、花梨さん! スクール水着じゃないじゃん!」

 花梨はビキニタイプの水着に身を包んでいた。


「ええー。先輩、スク水の方が興奮するとか、そういうアレですか?」

「違ぇよ! 俺ぁ、女子の水着なんてスクール水着しかマジマジと見たことねぇんだって! だから色々とまずいって言ってんだろ!」

「へぇー。そういうことでしたかー。えへへ、イイ事を聞きました!」

 誰かー。助けてー。


「合宿の時に約束したじゃないですかー」

 結局俺は背中を流されている。

 と言うか、視界に花梨を入れないためには背中を流されるしか手がない。

「なにを?」

「あー。覚えてないんですかー。ひどーい」


「えっ!? もしかして、毬萌と小さい頃に風呂入ってたから、今度は自分もって、アレか!? お、おい、アレ本気だったのか!?」

「おおー。すぐに思い出してくれるところはさすが先輩! 本気に決まってます!」

 今すぐ彼女に社交辞令って言葉を教えなくては。


「毬萌先輩に初めてのお風呂は取られちゃいましたけど、最新のお風呂はこれで上書き保存成功ですねー!」

 まさか、あんな些細な会話を覚えているなんて。


 嫌な予感に駆られて、一応確認してみる。

「な、なあ。もしかして、プールで泳ぎを教えるってのも……?」

「はい! もちろん約束ですよ! 来週には掃除の業者さんが来るので!」

「い、いやぁ、そいつぁさすがに。お父さんもいるし」

「パパなら日中はいませんよ!」

「それなら、お母さんが」

「あれ? 気付きませんでした? ママ、海外で仕事してるので、日本にはたまにしか帰って来ませんよ?」


 足場がどんどん少なくなっていく!

 うん。そう言えばいらっしゃらなかったね、お母様。


「せんぱーい! 約束守って下さいよぉー!」

「あ、あれは言葉の綾って言うか、なんと言ひぃやぁぁぁぁぁぁっ!?」


 花梨があろうことか、俺の前に立ちはだかった。

 色々とアレである。これはエマージェンシーである!


「せ、先輩! 水着ですから大丈夫ですって!」

「ぱっ! おまっ! ばっ! そんな布面積狭い水着で男の前に! ばっ! ばっ!」

「ええー。普通ですけど。……毬萌先輩はいつもどんな水着なんですか*」

「あいつはスクール水着以外着たことねぇよ!」

「そうなんですかー。……イイ事思い付きました! じゃあ、あたしで慣れましょう! 生徒会で海に行くことですし、公平先輩がこんな事じゃ示しがつきません!」


「分かった! 分かったから!」

「……今の言葉、しっかり記憶しましたよー?」

 花梨さんには幼さゆえのスキだらけな所を早急に直してもらいたい。



 こうして、俺の予定帳にまた一つ行事が上書きされた。

 その後、風呂上りに花梨パパに「ふんっ。……また来るが良いわ!」と怒鳴られて、俺は帰路についた。

 土産にメロンまで持たされて。

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