第136話 花梨とディナー

 家に帰ってプライムビデオ。

 『慎重勇者』を見ながらゲラゲラ笑っていると、スマホが震えた。

 花梨からの着信である。

 つい二時間前まで生徒会室で一緒だったのに。

 なんぞ、急用であろうか。


「おー。もしもし、俺だけど」

「俺とは誰だ!? 貴様、名を名乗らんかぁぁぁぁぁぁっ!!」


 野太いおっさんの声に驚いて、スマホの画面を確認。

 花梨としっかり表示されている。


「……どちら様で?」

「名を名乗れと言ったのは、ワシだろうがぁぁぁぁっ!!」


 この辺で、俺の脳内が既視感を覚える。

 この理不尽なまでの怒号に聞き覚えがあった。


「……お父さんですか?」

「だぁぁぁぁれがぁぁぁぁっ! お義父さんじゃあぁぁぁぁぁぁぁい!!」


 花梨パパであった。



「あー! せんぱーい! お待ちしてましたよー!!」

「おう。うん。まあ、別に良いんだけどな」

 巨大な白い壁。威圧感満点の門構え。

 冴木家である。


「さっきはごめんなさい! パパが電話しちゃいまして」

「おう」

 死ぬほど驚いたけど、花梨は悪くないから仕方ないね。


「言われた通り来たけど、どうした?」

「えへへ。実は、公平先輩をディナーにご招待しようって話になりましてー」

「えっ!? いや、悪ぃよ、そんな! いきなりよそ様の食卓に入るとか!」

 そんなマナー違反して良いのは、デカいしゃもじ持った人だけだよ。


「いえいえー! 遠慮しないで下さいよー!」

 いいや、するね。だって、俺、正直君のパパ苦手なんだよ。

 そんな空間で飯食うとか、息が詰まるじゃないか。


「と、とにかく、家族団らんの邪魔するような真似は俺にゃできねぇって」

「平気ですよー! パパ、公平先輩の事、もう家族として認めてますし!」


 だから嫌なんだよ!


「いやいや、そうだ! お母さんは!? ご挨拶もなし、手土産もなしじゃあ、ちょっと失礼が過ぎるって! しかも俺、短パンで来ちゃったし。ドレスコード的にも!」

「もぉー! 先輩、そういうとこ律儀ですよねー」


「貴様ぁ! うちの花梨ちゃんのお誘いを断ると言うのか!?」

 モタモタしていたらパパ来ちゃった。

 RPGの最初の町に魔王が来たみたいな感覚。

 現場主義の魔王とか最悪だよ。


「ちょっと、パパ! 出てこないでよ! うるさい!!」

「ご、ごめんね、花梨ちゃん。だって、待ちきれなかったんだもん」

「もぉー! そういうとこがウザいの! ちょっと引っ込んでて!!」

「あ、そ、そう? うん。じゃあ、一旦中に入ってるよ。貴様ぁ! とりあえず、今のはなかったことにして、玄関で初めて会う感じで行くぞ!!」


「……ね、せーんぱい?」


 可愛く小首傾げられても、俺ぁ騙されねぇぞ!


「先輩の好きな伊勢海老もありますよ!」

「えっ!?」

 ダメだ、落ち着け桐島公平。

 これはどう考えたって負けイベントじゃないか。

 そんな、甲殻類の一つでホイホイついて行ったって、ひでぇ目に遭うだけだ!


「美味しいロブスターもありますよ? 食べてみたくないですかー?」


 ……短い、実に短い葛藤があった。

 そして、俺の理性が割と簡単に欲望に負けた。


「……ご飯食べたら帰るからな?」


「はーい! ではでは、どうぞー! いらっしゃいませー」


 このような場合、甘い言葉に乗せられず、毅然とした態度を取りましょう。

 人間が物欲に目をくらませた場合、総じてその先に良いことなどないのです。



「よく来たな、貴様ぁ!」

 あっ、本当に本日のファーストコンタクトやり直すんだ。


「ど、どうも。お招きありがとうございます」

「ふんっ。別に貴様のためではない! ……ただ、普段から貧相な食事をしているらしいのでな。……倒れられてもかなわん! 将来のためにもな!」

 おっさんのツンデレって需要ありますか?

 あったら教えて下さい。すぐに送ります。送料も俺が持ちます。


 そして通されたのは、冗談みたいにでかいテーブルのある部屋だった。

「か、花梨さん、ここは?」

「お台所です」


 嘘つけ! こんな野球できそうな広さの台所があって堪るか!!


 そして、椅子に座ると、花梨と花梨パパに挟まれた。

 ねえ、このテーブル、デカい意味ある?


「あ、ほらほら、先輩、先輩! これがロブスターですよ!!」

「お、おう。それより、この方はおじいさんでいらっしゃる?」

「シェフの人です!」


 しぇ、シェフの人!?


「料理番の磯部でございます」

 本当だ、名字が違うや。


「こちら、ロブスターの白ワイン蒸し、マヨネーズソースでございます」

「ふんっ。貴様のような者には味わえん一級品だ!」

「パパ! なんでそんな言い方するの! ちょっとウザい!」

「あ、ごめんね、花梨ちゃん! 貴様、貴様のために空輸したんだからね!」

 こんな状況で飯を味わえる訳がない。

 とりあえず一口食べて、適当に理由付けて帰ろう。


「ささっ、公平先輩、あーんですよ! あーん!」

「貴様ぁ! 花梨ちゃんのあーんとか、羨ましい! 貴様ぁ!! ホントに貴様ぁ!!」

 両サイドが騒がしすぎる。

 本当に、早く帰ろう。


「お、おう。あーん」


 パクリ。


 ——うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!


 なにこれ、プリップリ!

 しかも、噛めば噛むほどにジューシー!

 それなのに、簡単に咀嚼できちゃう柔らかさ!

 お、お口の中が、ロブスターのオーケストラやでぇ!!



 そこからは余り記憶がない。

 運ばれてくる料理がどれも常軌を逸している美味さであり、俺は完全に味覚による支配、そして屈服をさせられていたようである。

 磯部シェフが呪文みたいな説明をしていたが、耳に入っちゃいない。

 代わりに口の中にはドンドコ料理が入って来る。



 そして気付くと俺は、バカ広い脱衣所にいた。

「ふんっ。ここからは、男同士、裸の付き合いと行こうじゃないか」


 どうしてこんな事になったのだろう。

 俺に慎重勇者の千分の一でも用心深さがあればと思わずにはいられなかった。

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