第135話 名探偵毬萌と推理ショー

 部屋に戻ると、毬萌がケツ突き出して押し入れに頭を突っ込んでいた。



「な、に、を! しとるんだ、お前は!」

 ペシンと尻を叩く俺。

「みゃあっ!? あーっ、コウちゃん! お尻触ったーっ!」

「違う。叩いたんだ。つーか、何をしとるんだと聞いてんだ俺ぁ」

「んっとね、エッチな本探そうと思って!」


 とびっきりのスマイルで何言ってんの、この子。


「人の部屋の押し入れを勝手に漁るんじゃありません」

「えーっ。コウちゃんとわたしの仲だから、平気だもんっ!」

 平気なことあるか!

 むしろ、お前にその手の本を見つけられるパターンが一番嫌だよ!


「おっかしいなぁー。コウちゃんの事だから、押し入れにあると思ったのにぃー」

「お前は俺を何だと思ってんだ。バカにしてんのか」

「にははっ! だって、ちょっと知りたいんだもんっ」

「なにを?」


「コウちゃんがどんな女の子を見て、その、こ、興奮……する、とか」


 照れるなら言わなきゃいいじゃん。

 ほらぁ、変な空気になるからー!


「俺くらいの紳士になると、そんないかがわしい本なんぞ持たねぇんだよ」

 嘘である。


「えーっ! 嘘だよぉー! 健全な思春期の男子がそんな修行僧みたいな事するはずないもーん! ……えっ、もしかして、コウちゃん、その歳で!?」

 バカなんじゃないの、この子。


「失敬なヤツだな、ホントに。俺もちゃんと思春期してるよ」

「ほらぁーっ! じゃあ、やっぱりエッチな本あるんだぁー!」

 バカなんじゃないの、俺も。

 こんな簡単な口車に乗せられるとか。


 こいつ、最近天才とアホの子の切り替わりが激しすぎて、俺ですら認識できない事があるんだが、どうなってんの。

 本当に困るんだけど。


「そうだなぁー。コウちゃんの性格と、思考レベルを考えるとー」

「ヤメろ。ガチで推理すんな」

「パッと見て分からない場所って言うのはありがちだけど、コウちゃんが相手だから……。むしろ、裏をかいてくるよね、そーゆう時は」


「おい、毬萌」


「つまり、見えている場所が怪しいのだっ! でも、コウちゃんも頭イイから、カムフラージュも考えないとだねーっ。フェイントには惑わされないよっ!」


「ちょっと」


「ふむふむ……。けど、コウちゃんは考え方が直線的なところがあるからなぁーっ。となると、木を隠すには森の中、みたいな答えに行きつくはずっ!」


「ホント、毬萌さん」


「うんっ! 怪しいのは本棚だねっ! 特に、英和辞書だけ3つも並んでるのがあやしーっ! ねね、コウちゃん、なんで英和辞書が3つもあるのっ!?」



 ヤメて! マジでお願い! それ、全部当たってるから!!


 そう叫びたいのを、俺はこらえた。

 ゴッドの拍手と喝采かっさいが聞こえる。


「ま、毬萌ー? ジュースのおかわりはいらないか? んー?」

「コウちゃーん! 辞書の箱取ってみてもいーい?」

「ダメだ! 別に良いけど、ダメだ! アレだから、マジで、辞書ってアレだから!!」

「別にいいなら、ちょっとだけ見せてーっ! ねーぇー」


 しつこいなぁ、この子!

 人殺した後にコナン君と接触した犯人の気持ち、今なら分かる!

 ただ声を大にして言いたいのは、だ。


 俺は何も罪を犯してねぇんだけどな!!

 思春期の男子が刺激的な本を宝物にするのは罪なのかい!? ええ!?



「毬萌ちゃーん! ご飯できたから、降りてらっしゃーい!!」

 俺はこの時ほど母に感謝したことはないかもしれない。

 それ程までに絶妙のタイミングだった。


「はぁーい! コウちゃん、晩ごはん何かなっ?」

「お、おお、おう! ハンバーグだったな、確か!」

「やたーっ! 早く行こっ! 冷めちゃうよーっ!!」

 ハンバーグ様も、ありがとうございます。

 このご恩は忘れません。



 テーブルにはハンバーグ。付け合わせの人参とコーン。

 みそ汁にはつみれ入り。

 かなり当たりのメニューが勢揃いしていた。

 そして、いつの間に帰宅したのか、父は既に着席している。


「おお、毬萌ちゃん。ついに嫁に来たのかな?」

 父さん、のっけから人参キメんのやめて、本当に。


「おじさん、気が早いよぉーっ」

 照れるな、毬萌。

 あと、おじさんの気は早いんじゃないよ。狂ってるんだよ。


「あと何年お父さんにご飯を作ってあげられるのかしらねぇ! 母さん、家事には口出ししない姑になるから、安心してね、毬萌ちゃん」

「えーっ。でも、わたしはおばさんと一緒にお料理したいなっ!」


 パシーンと衝撃音。


「おるぅぶはぁっ」


「ちょっと、聞いたかい、あんた! あんたにゃもったいない良い子だよ!」

 うん。そうだね。

 とりあえず、それどころじゃないから。

 なんで人がみそ汁飲んだ瞬間に背中ぶっ叩くの?

 顔面みそ汁まみれなんだけど。


「よし、夏のボーナスでベビー用品、一式揃えるか! なあ、母さん!」

「そうね! それが良いわね! お父さん、一緒に西松屋へ行きましょ!」

 夫婦揃って人参キメるのヤメて。

 俺、一応あんたらの息子なんだよ。

 「年取ったら俺もこんなになるの!?」って怖くなるんだよ、たまに。


「にははっ、こ、困っちゃったね、コウちゃん……」

「……もう良いから、とっとと肉を食え。困ってんじゃないよ」



「スイカ冷えたわよー! さあ、毬萌ちゃん、一番大きいのどうぞ」

「わぁーい! ありがとー、おばさんっ! あーむっ」

 当然のようにスイカの汁をこぼす毬萌。

 もちろん対処は完璧。

 服の上にバスタオル敷いておいた。


 タオルじゃダメなのかって? バッカだなぁ、ヘイ、ゴッド。

 万が一服に染み作ったら、誰が洗濯すると思ってんの?


 俺だよ。


 そして誰の着替えを提供すると思ってんの?


 俺のだよ。

 そして、その上俺のTシャツを普通に汚すんだよ。


 だから、万全を期して臨んでんの。



「コウちゃん、お塩かけるーっ?」

「いや、いらねぇ」


 これ以上の塩気が必要だろうか。

 いいえ、必要ありません。

 ああ、この雫かい? これはね、涙だよ。

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