第118話 腕枕と「だから言ったじゃないか」

 両腕の凄まじい痺れで目が覚めた。



「……どうしてこんな事に」


 俺の両腕には、毬萌と花梨がもれなく乗っている。

 どちらを向いても幸せそうな寝顔であり、起こすのも忍びない。


 とは言え、両腕がもげそうである。

 世の中のモテ男が繰り出すと言う『腕枕』なる秘奥義がこの状態と思われるが、世間のモテ男はこんな辛い事をしているのか。

 今にも俺の細腕がポッキリ逝きそうである。

 ほら、見て、俺の腕の先の方。

 もう血色が悪くて、今にも崩れそう。

 この間見た、鬼滅の刃の鬼が崩れ去る寸前の色だよ、これ。


 そのまましばらく頑張ったが、限界が訪れた。

 ちなみに、ここで言うしばらくとは、おおよそ二分程である。

 余りにも早い限界の訪れ。

 それは、俺が永遠にモテ男なる職業へジョブチェンジ不可能だと言う太鼓判だった。


 ここでの上策は、まず花梨をどうにかするべきであろう。

 毬萌はちょっとやそっとじゃ起きないのは把握済み。

 ならば、せめて片腕だけでも自由を手に入れたい。


 しかし、女子を起こす時の作法が分からない。

 なに? いつも毬萌をどう起こしているのか、そこから考えろ?

 そうだな。

 普段は布団剥ぎ取って、枕引き抜いて、頬っぺた突いてるけど?

 ふっ、バカにするなよ、それはやっちゃダメなヤツなんだろう?

 俺の日々進化するデリカシーを舐めるなよ、ヘイ、ゴッド!


 俺は、花梨の耳元にて、優しく、実に優しく心がけて声を掛けた。

「花梨ー。花梨さーん。朝だぞー。起きろー」

「……んんっ。……へっ!? ひゃあぁぁぁぁっ!?」

「おう。おはよう」

「おっ、おおおお、おっ!」

 ニワトリの真似かな?


「お、おはようじゃないですよ! な、なに、耳に息を吹きかけてるんですか!?」

「えっ。そいつぁ誤解だぞ。俺ぁ、ちょいと囁いただけだ」

「なっ!? なおさら悪いですよ! 先輩の変態!!」

 今朝の教訓。女子の耳元でうかつに囁いてはいけない。

 はい、ここはテストに出るから、みんなメモ取ってー。


 俺は、恥を忍んで彼女に説明をした。

 いつの間にか花梨を腕枕していた件。

 そして、その細腕が非常に切迫していた件。

 具体的に言うと、腕が痺れすぎて震え始めていた件。


「そうだったんですか。……へっ!? ま、待って下さい、あたし、先輩の腕に!?」

「うん。知らねぇ間に乗っかってた」

「あ、ああああ、あたしってば、なんて事を!!」

「いや。別に気にしてねぇから、平気だぞ」

「あたしが平気じゃないんですよぉ! う、うぅー。恥ずかしすぎますぅ」

 そんなものなのだろうか。


「それでな、花梨。起き抜けにお願いして申し訳ねぇんだけども」

「な、なんですか!? もぉー! 大事な事じゃなかったら、後にして下さい!」

「いやね、毬萌のヤツが、さっきから俺の腕にしがみ付いてな。身動きが未だに取れねぇんだわ。ついでに、こんにゃろう、よだれまで垂らし始めやがって」

 腕が痺れて痛い上に、なんかベタベタする。

「まあ、花梨が起きてくれたおかげでどうにか動けるし。どうにかするか」


「ど、どうにかって、どうするんですか!?」

「ん? ……まあ、そうだな。……体捕まえて、転がす?」


「だ、ダメに決まってるじゃないですかー!! 先輩のエッチ!!」


 理不尽なお叱りを受けた後、花梨によって毬萌の除去が完了。

 俺は数時間ぶりに両腕の解放と相成り、はりつけにされたキリストみたいなポーズからの解放も叶った。


「みなさん。おはようございゔぁぁぁぁぁっ」

 朝一番の鬼の鳴き声。

 はは、こいつぁ景気が良いや。


「ぼ、僕は、朝食をレストランで受け取ってきます! し、失礼じばず!!」

 何をそんなに慌てる必要があるのかと、俺は考えた。

 鬼瓦くんのリスク回避の力は、人のそれを遥かに凌駕している。

 つまり、俺の周りに危険が潜んでいると言う事になる。

 こんな時は、可能性を一つずつ潰していくのがベター。


「あー。花梨。花梨さん。花梨さま」

「なんですか!?」

「いや、さっきからね、寝間着がズレて、腹が出てんぞ」

「……へっ?」


 マインスイーパーにて初手で地雷を掘り当てるが如き御業を披露した俺である。


「先輩は、ちょっと外に出ててください! 着替えますから! 毬萌先輩、起きて下さい!! もぉー! 公平先輩は早く出て行って下さい!!」


 外に叩き出された俺は、青い空を見ながらぼんやり考えた。



 ——だから、一緒のコテージはまずいって、言ったじゃん、俺。



「……桐島先輩。その様子ですと」

「おう、鬼瓦くん。うん。なんかね、よく分かんねぇうちに追い出された」

「……おいたわしい限りです。どうぞ、リンゴジュースです」

「うん。あ、美味しいな、これ」


 二人でリンゴジュースをチューチュー吸っていたら、花梨がドアを開ける。

「もう入って良いですよ」


 中に入ると、毬萌が起きていた。

「おはよーっ、コウちゃんっ! 武三くん!」

「おう。おはよう」

「にへへー。昨日はね、すっごく良い夢みたんだよぉー!」

「そうか。良かったな。俺ぁ腕が痛ぇけど、あ、なんでもないっす」

 花梨さんのジト目に気付くタイムだけは着実に成長している俺であった。



「さて、腹も膨れたし、ぼちぼち帰り支度を始めるとすっか」

 鬼瓦くんの持って来てくれたパンとサラダで朝食。

 フレンチトーストが只事じゃない美味しさだった。

 人と言うのは腹が膨れると気持ちも穏やかになるものであり、花梨のご機嫌もいつの間にやら回復。



 いよいよ、花祭ファームランドとのお別れが迫っていた。

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