第117話 公平とサンドイッチ
どれがデネブ、アルタイル、ベガ?
俺は透けた天井の先にある星を眺めながら、考える。
手元には星座表がないので、さっぱり分からない。
眠れぬ夜に星を数えられるなんて、実に贅沢な話である。
しかし、かれこれ一時間は星を数えており、このままのペースで行くと、太陽におはようを言うまでの間ずっと星をカウントし続ける羽目になる。
日本野鳥の会の人だって途中で飽きてやめかねない。
そして、下手をすると、新しい星を見つけてしまいそうである。
それほどまでに俺の目は冴えていた。
新しい星の名前は、ホワイトアスパラガスとエノキダケ、どっちがいいかなぁ。
そんな事を考えていると、左側に寝ている花梨がむくりと起き上がった。
その些細な動きだけで、心臓が止まりそうになるのだからやってらんない。
「あ、ごめんなさい、先輩。起こしちゃいました?」
「お、おう。いや、まだ寝てなかったから」
「そうでしたか。ごめんなさい、あたし、ちょっとお手洗いに」
「俺に気ぃ遣わなくていいぞ。毬萌にも。こいつ、一度寝たら起きねぇから」
「はーい。失礼しますねー」
やれやれ。
やっとプレッシャーから解放された。片側だけではあるが。
そこで俺は閃いた。
毬萌のヤツはいつの間にか寝息を立てている。
そして、こいつは一度寝ると滅多なことでは起きない。
毎朝俺がどれだけ毬萌の起床を待っているか。
これは、経験に基づく明確な答えである。
こいつの体、ちょっと向こうに押しのけちまおう。
ロイヤルゾーンのコテージのベッドであるからして、そりゃもうデカい。
小柄な女子なら三人くらい寝られるスペースがある。
それなのに、妙に俺寄りの場所を陣取って寝ている毬萌。
こいつを、せめてベッドのど真ん中くらいに移動させられれば、俺にとってもセーフティーゾーンが広がる事になる。
そこに滑り込めば、まあ色々と雑念は湧くが、寝られぬこともなかろう。
そうと決まれば実践である。
「……よし」
方法は、ローリング作戦で行こう。
シンプルに押して行けばいいじゃないか?
無茶言うな。こんな重てぇもん、簡単に押せるか!
ヘイ、ゴッド、君は実にバカだなぁ。
そんな非力な俺でも、ちょいと転がすくらいならば出来なくもない。
……はずである。
俺の緻密な計算では、可能と結論が出ている。
……はずである。
俺は、そっと毬萌の体の下に手を滑り込ませた。
手のひらに伝わる温かさに正気をグラつかされるも、紳士らしく踏ん張った。
「……そぉい!」
小声で掛け声。最低限のマナー。
しかし、机上の空論と言うものは、実現不可能なものである。
コロリと向こうを向いた毬萌。
ここまでは計算通り。
しかし、それ以上は計算外。
途中で止まった毬萌が、反動で勢いよく俺のベッドへ転がって来た。
端的に言うと、俺が毬萌を抱きしめる形になっちゃったのである。
「ひっ、ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
悲鳴を上げるのも小声で。夜中のマナー。
だがしかし、これはいかん。
なんだか妙に柔らかいし、毬萌のくせに何だか良い匂いまでしやがる。
繰り返すが、これはいかん。
仕方がない。起こそう。
こんな事なら、最初の状態の方が何倍もマシである。
「ま、毬萌! 起きろ、おい!」
「んみゃー。コウちゃーん? まだ眠いよぉー。んー……にひひっ……」
そして俺の体に手を回したかと思えば、そのままギュッとする毬萌。
——ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
そうだ、こいつ、抱き枕愛用者だった。
そして寝起きが超絶悪い。
どうしてこうなる事を予想できなかったのか。
「せんぱーい? 何してるんですかー?」
——ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
どうしてこうなる事を想像できなかったのか。
想像力の欠如は実によろしくない。今宵の教訓である。
「た、助かったよ、花梨」
彼女の力を借りて、毬萌を元の位置に転がす事に成功。
そしてまったく起きないアホの子。
「まあ、事情は分かりました。あたしは先輩の事を信じてますので」
「うん。ホントに、なんて言うか、うん。ごめんなさい」
「でも、先輩」
「おう」
「こんな夜更けに頑張ったあたしにも、ご褒美を貰う権利はありますよね?」
「……Oh」
もうすっかり丑三つ時である。
いい加減、俺だって寝たい。
早いところ、ご褒美とやらを済ませてしまおう。そうしよう。
「抱きしめたら良いのか?」
「あっ、えっ、はぃぃっ!? な、ななな、何言ってるんですか、先輩の変態!」
俺の弁護人が、睡眠不足による思考力低下を訴えたものの、あえなく却下。
年頃の乙女に対して、あまりにもハレンチな発言であった。
「すまん。いや、毬萌と同じ事しとした方が良いのかなって」
「じゅ、順序ってものがありますよ! い、いい、いきなり、そんな!!」
「いやー。そういうの、俺分かんねぇからなぁ」
「も、もぉー。公平先輩は時々信じられない事をするので、困ります!」
それは君も同じだよと言いたいところを、お口にチャック。
「抱きしめなくて良いのか?」
「だ、だから、口に出さないでください!」
少しの間があったのち、花梨は言った。
「……て、手を、握ってもらっても良いですか? あたしが寝るまで」
なるほど、そいつが正しい順序だったか。
「そのくらいなら、喜んで」
「そ、そのくらいって……。先輩の鈍さは時々凶器になります!」
「おう。すまん。ふあぁー。いや、眠くてな。じゃあ、おやすみ」
「えっ!? お、おやすみ、なさい。……先輩の鈍感」
そして、一日の疲れのせいもあり、俺の意識は少しずつ薄れていった。
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