第119話 帰り支度とサヨナラの準備

 朝食も終えて、各々が身支度を整える。

 俺は身軽なものなので、すぐに終わった。

 鬼瓦くんはさらに早かった。

 考えてみれば、行きにご馳走になったフルーツサンドや、焚火で大活躍した鬼瓦サンドなど、消費してしまったものが多いので当然の事であった。


 やる事もないので、もはや恒例となった美味しいジュースタイム。

「おー。こいつも美味いなー。なにこれ、何味なの?」

「ミックスジュースのようですね。桃、ミカン、ブドウ、キウイフルーツにバナナ、そして牛乳がベースになっているようです」

「はへぇー。ん? 今までのジュースって、素材はここのものだったけど」

「はい。どれもこちらの敷地内で生産されているようですね」

「マジか。えっ。牛がいるの!?」

「そのようです。乳しぼり体験や、チーズ作りなどが出来るみたいです」


 散々遊び倒したつもりでいたが、まだそんな隠れたスポットが残っていたか。

 まあ、ミックスジュースで制覇したってことにしておこう。

 これ以上思い出を作ろうってのは、いささか傲慢ごうまんな話だ。


 ところで、である。

「おーい。二人とも、まだかかるのかー?」

 女子たちの帰り支度が難航している。


「ま、待ってぇーっ! だって、鞄に入んないんだもんーっ!」

「あ、あたしもですー! もう少しだけお時間頂けますかー!」

「おー。別に急かしてる訳じゃねぇから、ゆっくりでいいぞー」

 女子ってのは、本当に大変なのだなぁとグラスを傾けて優雅に頷く。


「あーっ、コウちゃん、ズルいっ! なんか美味しそうなの飲んでるーっ!」

 服やら何やらをベッドにとっ散らかしている毬萌が俺を指す。

「おう。美味いぞー。だって、やる事ねぇんだもん」

「あ、桐島先輩。こっちにクッキーがありました」

「マジか。もったいねぇから、頂いておこう」

「了解しました」

 クッキーをモグモグしながら、ジュースをゴクリ。

 あ、ナッツ入りだよ、このクッキー。

 至福である。


「ズルいっ! わたしも飲むっ!」

 毬萌がダッシユで距離を詰めたかと思えば、俺のグラスを奪取。

「あ、お前! こんにゃろー」

「んむんむっ、ぷはーっ! こんな美味しいの隠してたなんて、ひどーいっ!!」

「俺たちもさっき気付いたんだよ。つーか、グラス返せ」

「ぶーっ。だいたい、コウちゃんひどいんだもんっ! 普通、女の子が困ってたら、手助けしてくれるじゃん! いつもはさっ、もっと早くにさーっ!」


 そりゃあ、俺も手伝ってりたいよ。

 でも、お前。

 女子の荷物を纏めるのに俺が出張っちまったら、また怒られるだろ。

 ……そう言えば、その怒りそうな女子の声がしばらくしないな。


「おーい。花梨。どうかしたのかー?」

「うぅ……。せんぱーい! どうやってもバッグが閉まりませーん!」

 揃いも揃って収納下手とか、女子力が低いなぁ。

 仕方がない。援軍を送るか。

 鬼瓦くんを見る。「ゔぁぁあぁっ」と全力で首を振る鬼神。

 鬼神ノータッチ。

 分かったよ。俺が行くよ。


「花梨、そっち行ってもいいかー?」

「えっ、あっ、ちょっと待って下さいぃー!!」

 そして慌てた花梨のバッグが暴発。

 うん。根本的にどうにかしなきゃダメだね、この子は。


「ほれ。こいつを使うと良い」

 俺は、花梨の荷物を見ないように細心の注意を払って、カニのような動きで彼女の元へ。

 そこで、俺の必殺アイテムを渡してやる。


「なんですか、これ」

「ジップロックのデカいヤツだよ。そん中に、汚れた服とかを分けて入れてみろ。で、入れ終わったら空気を抜いて、圧縮するんだ」

「わぁー! 先輩、物知りですねー!」

 貧乏人の知恵なのだが、褒められるとそんな事でも嬉しい。

 よし、俺、もっと色々教えちゃう。


「んで、こっちの小さいヤツには使用済みのパンツとか入れると良いぞ」

「ぱ、ぱぱ、ぱっ!? そ、そんなハッキリと言わないでください!」

「いや、でも、下着の類は小さくまとめないと……」

「もぉー! 分かりましたから! そんな大きな声で言わないでください! 先輩のバカぁ―!!」

 なんで俺、すぐ失言してしまうん?


 叱られた俺は、悲しみを癒すために魅惑のジュースを求める。

「おう?」

 そんな俺の服の裾を引っ張るのは、俺の幼馴染。

「コウちゃーん! わたしにもジップロックちょうだいよーっ!」

「お前、なんでそんな惨状に……」

 殺人現場みたいな毬萌のベッド。

 昨日の晩飯の時に、小籠包の構造がどうのとか言ってたじゃん。

 そんな天才のお前が、この程度のパズルに音を上げるのはおかしくないかい?

 あれかい? 今はアホの子かい? うん、返事はいらないよ。


「ったく。ほれ。……あーあー、違う! 服はクルクル巻くんだよ!」

「えーっ。大丈夫なの?」

「貸してみろ。ほれ、こんな感じにするんだ。体操服なんて丈夫にできてんだから、ちょっとやそっと丸めるくらい平気だ。……どうした?」

「……わたしでも、脱いだ後の体操服を触られるのは、ちょ、ちょっとさっ」


 なんで急に照れ始めるのかね、この子は。

 これじゃあ、俺がわざわざ体操服に狙いを付けて触ったみたいになるじゃん。

 もう、ヤメてもらえる? そういう印象操作。

 体操服着てる毬萌に触ったんならまだしも、脱いだ後とか。

 それもうただの抜け殻じゃん。

 そんなもんに触るくらいなら、中身もある方が良いに決まっている。


 ……うん。語弊がある言い方だったね。

 違うんだよ、ゴッド。聞いて? 

 別に俺は、女子に触りたいとかね、そういうのじゃないの。ホントに。



 そして数十分後。

 やっとこさ全員の荷物をやっつける事に成功。

 その足でエントランスホールへ向かう。

 


 とうとうやって来た、別れの時であった。

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