第107話 ベッドと争奪戦
「じゃーんっ! どうだ、コウちゃんっ!」
脱衣所から毬萌が勢いよく飛び出してきた。
またしてもスカートだが、まあこの後は動きのあるイベントもないから良かろうと俺の中ではセーフの判定。
「おーおー、可愛い、可愛い」
「むーっ。なんだか気持ちがこもってない気がするんだけどぉー?」
「いやいや、心の底から思ってるよ。かーわーいーいー」
「あーっ! コウちゃんがわたしのこと、バカにしてるーっ!!」
続いて花梨が出てくる。
「公平先輩って、可愛いって言っておけば良いみたいなところありますよね」
先ほど彼女の前で貧相な上半身を晒したのがお気に召さなかったのか、既にジト目の花梨さん。
オマケに可愛いを封じられてしまった。
しかし、柔軟な対応力こそ副会長に求められる資質である。
「おー。花梨は、二―ソックスだっけ? それと短パンから伸びる脚が、うん、実にセクシーだな! 見惚れちゃうな、おう!」
「……先輩、そこまで露骨に食いつかれると、普通の女子は引いちゃいますよ? 正直、あたしが先輩のこと好きじゃなかったら、大惨事です」
「……Oh」
もうね、女子の服を褒めるのが難しすぎるんだよ。
そうは思わないかい?
控えめに褒めたら、やれ「せっかく脚を出したのに」「ちゃんと見てくれない」と責められ、ならばとガッツリ褒めたら「食いつくんじゃねぇ」と叱られる。
どうしたら良いんだい?
こういう時こそ啓示してくれよ、ヘイ、ゴッド!
「でも、まあ、見てもらいたいと思って着ている訳ですので、嬉しいんですけど!」
「なんだよ、それならそう言ってくれよ。心臓に悪い」
「乙女心は複雑なんですよ、せーんぱい!」
「そうだ、そうだーっ! 花梨ちゃんの言う通りだよっ!」
「お前まで便乗してくるんじゃないよ! 可愛いっつったろ!?」
「そうですよ。お二人とも、実に可愛らしいと思います」
鬼瓦くん、ナイスレシーブである。
「そうでしょう! ……ショートパンツなら、脱がされないで済みますし!」
「ゔぁぁあぁぁぁっ」
鬼瓦くん、レシーブ失敗。
鬼神ミスジャッジ。
「とりあえず、お茶でも飲みましょう!」
そう言って、花梨が備え付けのポットでお湯を沸かす。
鬼瓦くんが湯飲みを並べて、急須にお茶っぱをナイスイン。
それを受け取る花梨が、慣れた手つきで良い匂いのする緑茶を注ぐ。
「おう。サンキュー、花梨」
「ありがとっ! ふぅー。落ち着くねぇー」
確かに、このメンツで茶をすすっていると、安心感が半端ない。
「いつもの生徒会室みてぇだな」
「そうですね。僕も同じことを考えていました」
俺が鬼瓦くんにウインクしていると、コテージの呼び鈴が鳴る。
「ここは僕にお任せを」
鬼瓦くんが応対する。
入学したての頃はあんなに人との接触を嫌がっていたのに、成長したなぁ。
「なんだった?」
鬼瓦くんが鉄の塊を抱えて帰ってきた。
あ、それ取ると鬼瓦くんが一機増えるのかな?
「簡易ベッドだそうです」
「へぇーっ! 簡易って言う割には、しっかりしてるねっ!」
「ホントですね。重たそうですし」
「これは僕が使いますので、先輩たちはどうぞ普通のベッドを」
「なんだよ、良いのか? 悪ぃなぁ」
この時、俺は鬼の罠にはめられている事に気付いていなかったのだ。
「じゃあ、三人で自分のベッドを決めよっか! コウちゃん、どこがいい?」
「ああ、俺ぁどこでも良いよ。寝つきの良さにゃ自信があるし」
「だよねっ! じゃ、コウちゃんは真ん中!」
「ん?」
ここに来て、やっと自分に迫る危機に気付くのだから、俺ってばお寝坊さん。
「さすが毬萌先輩! これなら、公平ですね!」
花梨が俺の名前を呼んだ気がしたが、気のせいであった。
「そだねーっ。ここは、さっきの対決も引き分けだったし、公平に、ねっ!」
毬萌も俺の名前を呼んだ気がしだが、気のせいであった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。女子の間に男が挟まるのはまずくねぇか!?」
「まずくないよっ!」
「まずくないです!」
抜け出せない痺れ罠に掛かったイャンクック。
それは俺である。気のせいではなかった。
「ちょ、鬼瓦くん! やっぱ、俺が簡易ベッドで寝る! あれ、鬼瓦くん!?」
「す、すみません、先輩! もう二階に運んでしまいましたので!」
「いや、別に構わんよ!? 俺ぁ二階で一向に構わんよ!?」
「す、すみません! 今、僕の体液が付着してしまいましたので!!」
体液ってなんだ!?
お、鬼瓦くん、
いや、まさか、彼に限って、そんな!!
「すみません、先輩! このベッド、一人乗りなので!」
なに、そのスネ夫みたいなセリフ。
鬼瓦くん、裏切ったな。
鬼神ちゃっかり。
「なんで逃げようとしているんですか、せーんぱい?」
「ひぃっ!?」
「大丈夫ですー。別に、怖い事なんかありませんよー?」
花梨さん。合宿に来てから、たまに瞳から光が消えて怖いんだけど!?
「へーきだよ、コウちゃんっ!」
ま、毬萌? なにか妙案でもあるのか?
「ちょっと前までこうやって一緒に寝てたじゃんっ!」
言い方!
あと、ちょっと前ってお前、それ小学生の頃だろ!?
「あ、やっぱり! 毬萌先輩、ズルい!」
「おい、待て! なんでベッドをくっつけてるんだ、花梨!?」
「にひひっ、昔の事だよっ! 今晩は今晩で別なのだっ!」
「いや、待って、お願い! なんで毬萌までベッドくっつけてんの!?」
いつの間にか、三つのベッドが陸続きに。
こんな愚行を見過ごしてなるものか。
俺の中の正義の血がたぎる。
「あぁぁぁぁぁぁいっ!!」
俺、ベッドを離そうとするも、そのベッド、微動だにせず。
悲しい奇声だけがコテージに響いた。
どうやら、俺の安眠の予定が奪われたようである。
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