第104話 カレーと忍び寄る死神

 俺は、リスクマネージメントのプロである。

 プロとしての条件? 

 10%の才能と、20%の努力、そして、30%の臆病さ。

 残る40%は、運だろうな。



「ねーねー、コウちゃん! カレーはやっぱり甘いのが良いよね!?」

「そんなことないですよね!? 大人な先輩は激辛の方が似合います!」


「とっても甘くするから、任せといてねっ! 舌がとろけるくらいっ!!」

「すっごく辛くしますから、期待して下さい! 舌が焼けるくらいです!!」


 残る40%は、運だろうな。


「えっとね、チョコレートにココアと生クリーム! それからバナナとイチゴと杏仁豆腐っ! んーっ? どしたの、コウちゃん?」

「うん。気になったんだけどね。どうして水の代わりに牛乳があるのかなって」

「にへへっ、気付いちゃったかぁーっ! お水は入れないんだよ! これがポイント! とっても甘くするための秘策なのだっ!」


 残る40%は。


「タバスコとハバネロソース貰ってきましたー! それから、キムチと、食感でも楽しめるように、カラムーチョ! えっ、何ですか、先輩?」

「うん。いやね、水は入れないのかなって。ほら、水っぽさがまったくないから」

「さすが公平先輩、そこに気付きましたか! 今回あたしが作るのは、ドライカレーなんですよ! 辛さを引き立たせる計画です!!」


 運、だろうな。



「ぼ、僕はちょっとお花を摘みに」


「待って! 鬼瓦くん、お願い待って!! 行かないで、俺を助けて!!」

「す、ずびばぜん、先輩! 僕の力は既におよばない所まで行っています!!」

「そこを何とか! 鬼瓦くんの言うことなら、二人も聞くかもだから! ねっ!?」

「ゔぁあぁあぁっ!! ずびばぜん、先輩!! お花を摘んでぎばずぅぅぅっ!!」


「お、鬼瓦くん! 鬼瓦くぅぅぅぅぅぅんっ!!」



 屋外にある調理場は、魔女のアトリエの様相。

 右からは奇妙な甘い匂いと、肉の焼ける香りがミスマッチ。

 左からは目が痛くなる刺激臭と、目に染みる煙がドッキング。


 俺はまず、花祭ファームランドのロイヤル会員を恨んだ。

 彼女たちの所望した材料は、とてもキャンプ場で調達できるものではなく、同時に昨日の食材を買ったスーパーにも全ては置いていないと思われた。

 その点から安堵していたのだが、俺の予想を勝手に超えていくロイヤル会員。


 レストランの『食材受取所』なるコーナーにて、二人が人体実験にでも用いる薬品か何かの原材料を注文すると、何故か全て普通に出てきた。

 初日のバーベキューは自分たちで準備から段取りまで取り仕切りたかったため、この『食材受取所』のリサーチを怠っていたが、そもそもの過ちであった。

 こんな生物兵器の材料を取り扱っているのなんて。

 初日の時点で手を打っておくべきだった。

 このサービスの存在さえ隠せていれば、せめてカレーのルーくらいは市販のものが使われたはずである。



「コウちゃん、味見してみる?」

 好機到来。

「お、おう。お、お前がまず食べてみろよ!!」

 そして自分の犯そうとしている罪の味を知って! お願い!!


「えー。ダメだよぉー。だって、まずはコウちゃんに食べてほしいんだもんっ!!」

 可愛いよ。

 表情もセリフも、文句なしに可愛いよ。

 深呼吸したら具合が悪くなりそうな匂い以外は、もう完璧。

 ねえ、天才は? 毬萌の天才要素、どこ行ってしまったん?


「あ、公平先輩、おたま取ってもらえますか?」

「……あ、うん。これで良いざぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

「ひゃあっ、どうしたんですか!?」

「いや、目が……。うん、違うよ。花梨のエプロン姿、似合うなって」

「もぉー! そんなこと言ったって、これ以上愛情は入れられませんよー?」

 もうね、小悪魔だね。

 表情もセリフも、文句なしに小悪魔。

 ただね、既に目が痛いんだよ。この距離で。どうして君は平気なのかな?

 小悪魔? やっぱり違うと思う。君、悪魔神官なんじゃない?



「お、お二人とも、少し良いですか!?」


 鬼瓦くん!!


 俺の事を見捨てたとばかり思っていたけど、君ってヤツは!!

 なんだかんだ言って、俺の事を助けてくれるんだな!

 渡る世間は鬼ばかり! 俺にとっては鬼がベストフレンドさ!!


「す、少しだけ、あああああああ、味見をさせてもらっても?」

 頑張れ、そこだ、頑張れ鬼瓦くん!


「しょうがないなぁー。武三くん、特別だよぉー?」

 スプーンでカレーをひとすくい。パクリと鬼神。

「ああ、思ったほどでゔぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 お、鬼瓦くん!? 思ったほど何!? ねえ、どうしたの!?


「毬萌先輩だけ手の内を明かすのはフェアじゃないので、こちらもどうぞ」

 座り込んで悶絶している鬼瓦くんの口に、花梨のカレーがナイスイン。

「あれ、辛くなゔぇんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 お、鬼瓦くん!! どうして動かないんだい!?

 ねえ、立ってよタケちゃん!!



「よぉーし! かんせーっ!! できたよ、コウちゃん!」

「あたしもバッチリです! お待たせしました!!」


「ところでご飯はー?」

「そうでした! もう炊けてますか?」



 炊飯は鬼瓦くんが受け持っていたはずだ。

 この時、俺に雷鳴走る。

 もしかして、鬼瓦くんはわざと飯を炊き忘れてくれたのではないか。

 そうに違いない。そうであってくれ。


「おおーっ。竹の飯ごうだなんて、本格的だねぇー」

「うんうん。鬼瓦くん、偉いです。褒めてあげます!」


 絶望の、鬼神しっかり。からの、鬼神ぐったり。



 プロとしての条件?

 てめぇでプロだって吹聴ふいちょうしてるようなヤツはろくなもんじゃねぇんだよ!!

 だいたい100%臆病さだけで俺は仕上がったよ!

 ちくしょう、神も仏もねぇや! バーカ、バーカ!!

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