第103話 乙女の勝負と今夜の公平

「ありがとうございます! ありがとうございます!!」



 頭を下げる少年の父。

「いやいや、俺ぁたいしたことはしていませんので。お気になさらず」

 俺もつられて頭を下げる。

 大したことをやってのけたのは鬼瓦くんであるので、当然のお辞儀。

「ねぇ、なんで降りちゃったの? ボクまだ登れたのに!」

 おっと、こちらのケアもしっかりしておかなくては。


「ごめんな。お兄さん怖すぎて、つい手を離しちゃったんだ。君まで巻き添えにしちまった。許してくれねぇかな?」

 少年は俺の言い分を聞き入れてくれて、笑顔で応じる。

「そうなんだ! いいよ、気にしないで! お兄さん、次は頑張ってね!」

「ありがとう。今度は自分一人で頑張ってみるよ。じゃあ、俺たちは行くからね。お父さんの言う事をよく聞くんだよ」

「うん。バイバーイ!」

 少年に手を振って、俺たちは爽やかにお別れ。



「桐島先輩、いつもながらお見事な事後処理! 僕は感動しました!!」

 結構ハイキングコースの奥までやって来ていたので、俺たちはボルダリングコーナーでUターンして、来た道を戻っている。

「いや、それを言うなら鬼瓦くんだろ。いつも頼っちまって悪ぃなぁ」

「ゔぁい!! これからも精進します!!」

 そう言えば、女子が静かである。


「どうしたよ、二人して。さっきまでのテンションはどこ行った?」

「いえ、公平先輩にどんなシチュエーションで助けてもらおうかなって」

「えーっ、花梨ちゃんも? 実はわたしも似たような事考えてたー」


 何と言う不謹慎なことを考えているのだ、この子たちは。

「どっちも困ったときは助けてやっから。つまんねぇ想像してんじゃないよ」


 さて、今の俺の発言が、どうやら二人の導火線に火をつけてしまったらしい。

 今回ばかりはそんなに不用意でもなかったと思うのだけども、俺の感性なんて当てにならないので、自信はない。


「毬萌先輩! 勝負をしましょう!」

「いいよっ、勝負だねっ!!」

 急にどうした、お前たち。


「毬萌先輩ならば、もう気付いていますよね、何を賭けるか……!」

「もちろんだよーっ! 念のため、確認してみる?」

「いいですとも! じゃあ、せーので言いましょう」

「オッケーだよっ! せぇーのっ」


「公平先輩の」

「コウちゃんの」


「「今夜の予定を賭けて!!」」



 ——えっ、俺の同意は!?



「問題は、何の勝負にするか、ですよ。だって、毬萌先輩色々デキる人だから」

「むっふっふー。例え相手が仲良しの花梨ちゃんでも、手加減はしないよぉー!」



 ——ねぇ、俺の同意は!?



 ここで余計な提案をする鬼が一人。

「公正を期すならば、料理などはどうでしょう? 昨日、お二人の腕前を拝見しましたが、あの様子だと好勝負必至かと思いますよ!」

「お、鬼瓦くんっ!!」

 なんでそんな余計なことを言うんだ、君は!

 さっき、俺とのゴールデンコンビネーションを発揮したばかりじゃないか!

 そこは俺に配慮してくれても……うわぁ、良い笑顔。

 ダメだ、とても彼をとがめられねぇ。

 こんなステキスマイルの鬼に酷い事言えねぇよ、俺ぁ。

 鬼神にっこり。

 俺しょんぼり。


「よーし、それじゃあ、今晩のお料理で勝負ですよ! 毬萌先輩!」

「受けて立ちましょうっ、花梨ちゃん! 負けないよー?」

「あたしだって、負けませんから! あと、恨みっこなしですからね!」

「それはもちろんだよ! 恋と友情は別物だもんねっ!」

 そいつは素晴らしい精神であるが、俺の夜の予定はもう変更効かないのかな?

 どっちが勝っても嫌な予感しかしないんだけど!?


「ねーねー、コウちゃん! コウちゃんは夕ご飯、何が食べたい?」

「どんなメニューでも平気ですよ! ビーフストロガノフとかでも!」

 鬼瓦くんを指さし確認。

 無言で首振る、鬼神かな。

 これはつまり、何か無難な、エプロンに若葉マーク付けてる女子高生にも作れる料理を所望しないと、大変な事になると言うことである。


 ……おかゆ?


 いやいや、ダメだ。

 一瞬名案かと思い違いそうになったが、名案なものか。迷案だよ。

 誰でもできる簡単お手軽メニューを要望したら、二人の集中砲火が始まるのは目に見えているではないか。


 その後もハイキングコースを戻りながら、俺はメニューを思案する。

 雑炊。炊き込みご飯。いっそのこと、白ごはん。

 どれもブーイングを避けられる未来が見えない。

 また、逆に「このメニューすら失敗するのではないか」と言う死神の鎌が首に当てられる恐怖心。


 もうエントランスホールが近付いてきてしまった。

 不意に良い匂いがして、そちらを振り向く。

 移動販売のカレー屋さんだった。

 そして妙案を思いついた俺。

 今日の俺は一味違う。


「じゃあ、カレーが食いたいかな」


「カレーなんかでいいのーっ? もっと、特別な料理でも良いのにーっ」

「そうですよぉー。カレーなんて、調理実習で作ったことあるんですよ」

 そこなんだよ、お二人さん。


 カレーなら、どんなに料理下手でもそこそこのものが作れるはずであるし、家庭科の授業のおかげで、高校生にもなればどこかしらの調理実習で作り方を学んでいる。

 天才と秀才ならば、それを忘れたりなどしていないだろう。

 さらに俺は保険をかける。


「ああ、一人で四人前の料理作るのは大変だろうから、飯炊くのは俺たちに任せてくれ! な、鬼瓦くん!?」

「え、ええ。そうですね」

 そうとも、まともなご飯さえあれば、最悪どうにかなる。

 レストランでおかずだけ貰って来ても良い。



 どうだね、この完璧な防御陣形は。

 これならば、いかに毬萌と花梨とは言え、軽々に突破できまい。

 なに? 死亡フラグ?

 はっ、言ってろ!

 そして、俺の優秀さにたまには酔いしれろ、ヘイ、ゴッド!

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