第102話 公平とボルダリング

「公平先輩、元気出して下さいよー」

「そうだよ、コウちゃん、いつまでも拗ねてないでさぁー」



 うっせぇ。拗ねてなんかないし。


 俺たちは、水切りをひとしきり楽しんだのち、ハイキングコースへと戻って来た。

 相変わらず、目の前を広がる緑のトンネルは美しい。

 心が洗われるようである。

 例えば、何回やってもワンバウンドすらしなかった水切りの思い出とかを、本当にすっきり洗い流してくれるようである。


 それもう水切りじゃないじゃん、切ってないもん、それは投石。


 何度俺の中で湧いた疑問だろうか。

 それでもめげずに頑張って投石を続けていたんだから、一回くらい跳ねても良いじゃないか。

 終盤に差し掛かり、やっと跳ねたと思ったら魚でやんの。

 俺の投げた石に驚いて水面をジャンプした魚でやんの。

 もう良いよ。そっちがその気なら、もう分かった。

 俺ぁ、二度と水切りなんかしねぇから。


 今さら謝ったって遅ぇからな!? ヘイ、ゴッド!!



「なんだか開けたところに出ましたねー。あ、見て下さい、これ!」

 花梨が指さす先には、雄大な川と生い茂る草木のコントラスト。

 絶景である。

「秋は紅葉するようですね。さぞかし綺麗でしょう」

 紅に染まった木々を思い浮かべる鬼瓦くん。

 鬼神うっとり。


「でも、今の季節でも充分ステキだよーっ! そだ、みんなで写真撮ろうよっ!」

「おう。せっかくだしな。そんじゃ、みんな並べ、並べ」

「えー。公平先輩も一緒じゃないと嫌です! こっち来てください!」


「そうは言うけど、ここは足場が悪ぃから、三脚立てるのは無理そうだぞ」

 強行したらいけるかもしれんが、万が一カメラが倒れたりでもしたら、俺の心にとんでもないトラウマが生まれてしまう。

 弁償しなくて良いから平気かと思われるかもしれないが、目の前で高額な物が壊れる様を見せられるのは、精神的になかなかこたえるものなのである。


「じゃあ、鬼瓦くん! カメラマンして下さい!」

「えっ? 冴木さ」

「スカート」

「さえ」

「スカート」


「ゔぁい!! まがぜでぐだざい!!」

 花梨さんの圧に負けて、鬼瓦くんの霊圧が消えた。


「ほへ? スカートってなんのことー?」

「何でもねぇから! マジで何でもねぇんだ!」

 これ以上この話を蒸し返すのはよそう。

 鬼瓦くんが罪悪感から地獄に落ちてしまいそうだ。


「じゃあ、撮ります!」

「おい、二人とも、そんなにくっ付かんでも……」


「こ、これくらい、ふつーだよっ! もっと近くてもいいくらいだもんっ!」

 毬萌、これ以上近付いたら、俺の脇腹にお前が埋まるぞ。


「そうです! 公平先輩、このくらい、社交界では常識ですよ?」

 花梨。社交界って言えば俺がビビッて納得すると思ってないか?


 二人とも、両腕にしがみ付くのはやめてくれ。


 願いは叶わず、随分と窮屈な写真が撮れたようであった。

「わぁー! 鬼瓦くん、意外とやりますねー! 奇麗に撮れてます!」

「にひひっ、コウちゃん、変な顔ー!!」

「そうだよ。俺ぁ写真うつりが悪いんだよ」

 だって、誰と写真撮っても変な顔になるんだもの。



「誰か助けて下さい!!」

 突然の事であった。

 悲壮な叫びが聞こえたのは、少し向こうの広場の方角から。

 何事かと駆けつけてみると、男性が助けを求めている。

 そこは、ボルダリング用の壁があり、誰でも利用できると書いてある。


 俺は男性に尋ねた。

「どうかされましたか?」

「う、うちの子供が! 途中で命綱を外してしまいまして!!」

 見上げてみれば、壁の中ほどで子供が無邪気に頂上を目指していた。

 年の頃は小学校の中学年くらいか。

 体の成長に精神の成長が追いつかず、危険な事をして怪我をしがちな年代である。

 その時分に高所から飛び降りて、足首をモキョッとやった俺だからこそ分かる。


「大変! あたしが行きます!」

「ダメだ! 花梨はスカートじゃねぇか! パンツがどうの言う場合じゃないが、可動域が狭くて危ねぇ!」

「よぉーし、わたしが行くねっ!」

「バカ、お前! 年頃の女子が万が一にも体に傷作ったらどうすんだ!」

「ここは僕が」

 鬼瓦くんを制して、俺が前に出る。


「いや、俺が行く」


 別に、水切りで良い所がなかったから挽回を、なんて安い考えではない。

 リスク回避の観点から、これが一番だと愚考した末の結論である。

 まず、いくら運動が出来ようとも、女子に危険な行為をさせるのは論外。

 ならば、俺か鬼瓦くんと言う選択肢になるが、ここで考えたいのは後詰ごづめである。


 俺が下で待機していて、不測の事態が起きた場合、悲しいかな自分の体力を考えると対応できない可能性が高い。

 その点、鬼瓦くんならば大概の無茶は対処可能である。

 三人も俺の考えに賛同してくれる。


 命綱を付けたら、いざ出発。

「ぬぅおぉぉっ! ふんっ、ふんっ、はぁ、ふんっ」

 子供向けのコースであるからして、俺だって登れない事もない。

 かなり不細工ではあるが、そこは見逃せ。


「君、ゆっくり俺の方に来れるかい?」

「平気だよ! ボク、登れるから!」

 どうもそうじゃないかと思っていたが、やはり命綱が外れている事に気付いていないか。

 ならば、その事実を指摘するのは悪手。

 パニックを起こされたら俺ではどうにもならない。


「よし、じゃあ、手を繋いでくれねぇか。お兄さん、高い所が怖いんだ」

「そうなの? へへ、良いよ。はい!」

 そして俺と少年がドッキング。


 こうなればもう、こっちのものだ。



「鬼瓦くん、頼むー!!」

 下に待つのは仁王の化身。

「了解です! ゔぁあああぁぁぁっ!!」

 俺は、両手で少年をがっしりキャッチして、身を宙に投げ出した。


 鬼瓦くんの持つ命綱の本体。

 それを彼が手動でゆっくりと操ってくれる。

 あとは、エレベーターのようにゆっくり降下していくだけ。



 信頼関係がもたらした、俺たちの勝利であった。

 ……そろそろ水切りのこと、忘れた?

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