第101話 ハイキングと水切り

 新緑の季節は少し過ぎてしまったが、ハイキングコースは心地よい。

 木陰を吹き抜ける風は優しく頬を撫でる。

 芽吹いた木々の葉が、日常に彩を加えていた。



 今晩泊まるコテージが清掃のためまだ入れないとカウンターで告げられた俺たちは、時間を無駄にするのを良しとしなかった。

 カウンターに荷物を預けて、いざハイキング。


「コウちゃんもやっと泣き止んだし、予定通りお散歩しよっか!」

「ヤメろ! 泣いてねぇし!!」

「そうですね、先輩は泣いたりしませんよねー。あははは!」

「花梨、ヤメて! 思い出し笑いしないで!」

「先輩、僕は、泣き顔の先輩もステキだと思いますよ」

「鬼瓦くん! そういうのは勅使河原さんに言ってあげて!」


 こいつら、俺の弱みを握ったからって嬉々としてそこを突きやがって。

 まあ、普段が完全無欠の完璧超人な俺だから?

 うん、こういう意外な一面を珍しがる気持ち、分からなくもないけど?

 ヤメろ、ハンカチを寄こすな、ヘイ、ゴッド。


「んんー! ちょっと暑いかもと思いましたけど、意外に涼しいですねー!」

 背伸びをする花梨。

「そだねーっ! やっぱり、落葉樹が新しく葉っぱを付ける時期と、常緑樹じょうりょくじゅが青い葉っぱを付ける時期が重なってるからねーっ。葉っぱのカーテンのおかげで視覚的にも体感的にも涼しさがあるよねーっ」

 急に天才スイッチが入る毬萌。常緑樹ってなんだ。

「おや。クマに注意と書いてありますよ。怖いですね」

 熊くらい簡単に退治できるでしょ、君、鬼じゃないか。鬼瓦くん。


「考えてみりゃあ、俺たち毎日顔合わせてるけど、いつも仕事してるもんなぁ」

「確かに。普段とは違った形ですと、やはり趣も変わりますね」

「だよなー。着て良かったなぁ、合宿」

「ええ。まったくもっておっしゃる通りです」

「なあ、まり」

 なんで毬萌すぐいなくなってしまうん?

 今回は花梨も一緒にである。



「おーいっ! コウちゃーん! 武三くーん! こっち、こっち!」

「二人とも、来てください! 川が奇麗ですよー!!」

 いつの間にやら女子二人は川べりへ。

「やれやれ。元気だなぁ、あの二人は。よし、行くか、鬼瓦くん」

「ええ。……あっ、先輩、こっちの階段を使った方が良いかと」

 フラグである。


「へーき、へーき。こっちの坂降りた方が早いだろべしゅらぁぁぁぁぁぁぁ」


「桐島先輩! ぜんばぁぁぁぁぁぁいっ!!」



「もーっ! どうして男子って危ない道を通りたがるのかなっ!?」

「面目ねぇ」

「ホントですよ! 怪我でもしたらどうするんですか!」

「言葉もねぇ」

「コウちゃん、昔っからそーゆうとこあるよねっ。成長してないなぁ」

「耳が痛ぇ」

「公平先輩って人の事は心配するのに、自分に無頓着なところ、良くないですよ!」

「何も言えねぇ」


「まあまあ、怪我もなかったわけですし、お二人とも、そのくらいで」

 鬼瓦くんの助け舟。

 こいつを逃す手はない。鬼神プカプカ。


「ちょっとテンション上がっちまった。もうしねぇから、許してくれ」

「絶対だよーっ? コウちゃん一人の体じゃないんだからねっ!」

 言い方。

 気になるなぁ、その言い方。

 俺の気のせいだと良いなぁ。


「本当ですよ! 子供が出来たらお父さんとしての示しがつきません!」

 言い方。

 本当に気になるなぁ。その未来予想図。

 俺の気のせいって事で留めておくけども。


「桐島先輩、ここは水切りでもして気晴らしをするのはどうでしょう?」

「鬼瓦くん、ナイスアイデアだな! よし、やろう!!」

 やっぱり、大きな川に来たら水切りだよね。

 俺は手ごろな石を探す。

 なるべく平べったくて、薄い石が良い。

 この石を探すところからが水切りの楽しみなのだ。

 もうね、ワクワクするね、年甲斐もなく。


「毬萌先輩! 勝負ですよ!」

「むむっ、花梨ちゃん、このわたしを越えられるかなーっ?」

「なんだ、二人もやるのか?」

「当然ですよ! じゃあ、あたしからやります! ええーい!!」

 花梨の石は三段ジャンプで水中へ。

「あ、あれ? 思ったよりも跳ねませんね?」

「あー、今のは石が悪いな。もう少し長細い形のヤツが良いぞ」

「わぁー。先輩詳しいんですね!」

「おう。そりゃあ、小さい頃に散々やってきたからな」

「頑張れ、武三くんっ!」

「おっ! 鬼瓦くんが投げるみてぇだな。うーん。良いフォームだ」


「ゔぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 水面に波紋の一つも起きなかった。

 ノーバウンド。

 彼のサイドスローから放たれた石は、そのまま一直線に川向こうへ消えていった。


「にははっ! ダメだよぉー、武三くん! ちゃんと跳ねさせないと!」

「すみません。力み過ぎてしまいました」


「よし。ここは俺が手本を見せてやろう」

 石選びは完璧。

 平べったく、勾玉まがたまのように曲線を描く美しい形。

 どう足掻いても跳ねてしまう構造である、

 そこに俺の培ってきた、熟練のフォームが加わると——。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

 ポチャンと無慈悲な音がした。



「毬萌先輩、頑張れー! ファイトですよー!!」

「むっふっふー。いっくよー! それっ!」


「お見事です。8回までは数えられたのですが」

「どうやったらそんなに上手くいくんですかー?」

「えっとね、まずは石にちょっぴり回転をかけるのがコツかなぁー」

「勉強になります。僕にも出来るでしょうか?」

「あ、次はあたしの番ですよ! 順番守って下さい、鬼瓦くん!」



 ねえ、誰か何か言ってくれてもいいんじゃない?

 ちょっと扱いがさ、なんて言うかさ、酷いよね?

 俺、また泣いちゃうよ?

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