第100話 しばしのお別れと四葉のクローバー

「忘れ物のねぇようにな。じゃあ、30分後にまたここで」



 俺たちはそれぞれのコテージへ戻って、身支度を整える。

 氷野さんと心菜ちゃん、そして勅使河原さんは帰宅の準備。

 そして、残る俺たちも、今晩泊まるコテージが変わるらしいので、一旦荷造りをして移動しなければならない。


「心菜ちゃん、荷物、リュックに入りそうかい?」

 出来れば手伝ってあげたいのだが、女子の荷物を俺が軽々に触るわけにもいかない。

 いくらエノキダケでも、男は男である。

「わた、私が、見ます! 任せて、下さい、桐島先輩!」

「おう。そうか、助かるよ勅使河原さん」


 思えば彼女もずいぶん頼りになるようになったものだ。

 いや、その表現は誤りか。

 多角的に見れば、ひとりの人間だって様々な顔を持つ。

 勅使河原さんは、元々頼りになる女子だったのだ。

 その側面を、俺が知らなかっただけ。

 なるほど、合宿は様々な事を教えてくれる。


「真奈姉さま、アレ、もう出してもいいです?」

「そうだ、ね! 忘れちゃわないうち、に、渡した方が良い、かも、だね!」

 心菜ちゃんが俺の傍へトテトテとやって来る。

「おう。どうした? 何か困りごとでもあったかい?」

「違うのですー! はわー、兄さま、兄さま、手を出して下さいなのです!!」


 えっ。ブレスケアじゃないよね!?


 一瞬おののくも、心菜ちゃんの笑顔を曇らせる訳にも行かず、両手を広げる。


「はい! 公平兄さまにプレゼントなのですー!!」


 それは、四葉のクローバーだった。


「お、おう。こいつは、どうしたんだ?」

「真奈姉さまと一緒に、作ってもらったのです!!」

「え、えと、エントランスホールで、草花のラミネート加工の、サービスをしていて、そ、そこに持って行ったんで、す!」

 奇麗に縁取りされた曲線の中に、可愛らしい四葉のクローバー。

 裏にはピンが付いていて、まるで売り物のバッジのように加工されている。


「こんなすげぇもの、いつの間に作ったんだ?」

「むふー。兄さまたちが、バーベキューの準備をしている時なのです!」

「わ、私と、心菜ちゃんが、器具の設営、してた時に、行ってきま、した!」

 ああ、氷野さんが指切ったりして、せわしなくしていた時か。

 あの時は注意が完全に氷野さんに集中していたから、まったく気付かなかった。


「俺が貰っても良いのかい?」

「はわわ、もちろんなのです! みんなの分もあるのです!!」


「そうか。ありがとう、心菜ちゃん。宝物にするよ」


「よ、良かった、ね! 心菜ちゃん!」

「はいなのですー!!」



 感動しつつも手早く支度を済ませて外に出ると、もうみんな揃っていた。

「わりぃ、待たせちまったか」

「んーん! わたしと花梨ちゃんも今来たとこだよーっ」

「毬萌姉さまー! 心菜、公平兄さまにちゃんと渡せたのですー!!」

「そっかぁー。良かったねぇー!」


「おいおい、もしかして、みんな知ってたのか?」


「そだよーっ。わたし、心菜ちゃんと四葉のクローバー探してたもんっ!」

 そう言えばそうだったか。

「あたしも一緒に探しましたよ! ねー、心菜ちゃん!」

「はいなのです!」

 確かに、それぞれが心菜ちゃんと一緒に過ごしていた時間が存在している。


「鬼瓦くんと氷野さんも知ってたのか?」

「あんた、私が誰の姉だと思ってんのよ! バカなんじゃないの?」

「僕は真奈さんに教えてもらいました」


「なんだよ。俺だけ知らねぇとか、ひでぇじゃねぇか」


「にははっ。ビックリさせようとしたんだもんねーっ? 心菜ちゃん!」

「そうなのです! 公平兄さまに、さぷ、さぷらいず、なのです!!」

「結局、みんなで楽しくやれたのって公平先輩のおかげですし!」

「わ、私も、とっても、感謝、して、います!」

「……まあ、あんたにしては頑張ってたと思うわよ? 桐島公平」

「ゔぁぁああぁぁぁぁっ!!」


「それじゃあ、みんなーっ! いくよーっ! せぇーの!! ——コウちゃん、」



「ありがとう!!」

 全員の声が、綺麗に揃った。



 お前ら、貴重な合宿の時間消費して、何をしてんだよ。

 そんな暇があるなら、もっと楽しめって話じゃないか。

 せっかく高い金払って来てるのに、こんな草のために、一生懸命になっちまって。

 どいつもこいつも、揃いも揃って、バカなんじゃねぇの?


「あれ、公平先輩、泣いてます?」

「ばっ、泣いてなんかねぇし! ばっ! あくびしたんだよ、今!!」


「コウちゃん、感動するとすぐ態度に出ちゃうもんねーっ! にははっ」

「で、出てねえし! 涙も態度も出てねぇし!?」


「き、桐島、先輩! す、すごくお世話に、なりまし、た!」

「よ、よしてくれよ、勅使河原さん! そんな改まって!」


「ゔぁあぁぁぁっ! 先輩! ぜんばぁぁぁいっ!!」

「なんで君まで泣いてんだ、鬼瓦くん」


「ふん。あんた、その態度、まさか心菜の前でも通すつもりじゃないわよね?」

「……ず、ずるくないか、氷野さん!?」


「公平兄さま、とっても、とっても、とーっても、楽しかったのです!!」

「お、俺も……! ――おでも、たのじがっだよぉぉぉぉぉっ!!」



 今年の梅雨は雨が少なくて水不足だって?

 嘘ばっかつくんじゃないよ。だって、こんなに水分が溢れて来るんだぜ?

 そいつは誤報だよな、ヘイ、ゴッド。



「それじゃあ、私たちはお先に失礼するわ!」

「し、失礼、しま、す!!」

「兄さま、姉さま、また遊びに行くのです! 約束なのです!!」


「あとは生徒会水入らずで、楽しみなさい! それじゃあ、また学校で!!」



 こうして3人は帰路についた。

 湿っぽいのは梅雨のせいだ。

 ここから気持ちを入れ替えて、カラッと行こうじゃないか。


「ぐぅぅぅっ! ふぐぅぅぅぅぅぅっ!!」

「もぉー。先輩、いつまで泣いてるんですかー?」

「ダメだよー。コウちゃん、こうなったら当分無理だから」

「ゔぁあぁぁぁぁぁっ! せんばいぃぃぃっ!!」



 断っておくけど、泣いてないから。

 ホント、ちょっと目にゴミが入っただけだから。

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