第96話 鬼瓦くんとスカート

「ゔぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 はるか彼方から、鬼の鳴き声。

 この鳴き声、彼は喜んでますね。

 はしゃいでいる鬼の鳴き声です。俺には分かります。

 もう、鬼の研究に着手してから長いですからね。

 そりゃあ、俺くらいになると分かりますとも。

 さぞかし良い写真が撮れる予感があります。



 釣り堀に到着。

「ゔぁああぁぁあぁぁあっ! 冴木さん、待って、おぢづいでぇぇぇっ!!」

 なんだ、地獄か。


 鬼瓦くんの鳴き声は泣き声であり、全然喜んでなんかいなかった。

「ゔぁあああっ! 待って、まっでぐだざい! 悪気はながっだんでずぅぅぅ!!」

 何事か起きたようであるが、花梨に鬼瓦くんが釣り上げられていた。

 針がしっかり鬼瓦くんの服の袖に引っ掛かっている。

 やるなぁ、花梨も。

 とりあえず、1枚パシャリ。


「き、きき、桐島先輩! ま、待ってまし、た! 助けて下さ、いぃ!!」

「まあまあ、落ち着きなさいな、勅使河原さん」

「そ、そんな、こと!」

「あの二人、普段もだいたいこんな感じだからね。慌てるこたぁねぇよ」

「え、えええっ!?」

 俺も道中買って来た爽健美茶でホッと一息。

 ところで、爽健美茶って昔と味変わったよね?

 そうそう、なんか味がまろやかになったんだよ。

 よく知ってんなぁ、ヘイ、ゴッド。


「あ、あああっ! わ、私は、どうした、ら!?」

 とは言え、勅使河原さんを不安にしたままでは気の毒である。

 仕方がないから仲裁に入るか。


「おーい、花梨。鬼瓦くん釣ってねぇで、魚は釣れたのかー?」

 俺に気付いた花梨は、竿を放り出して俺の方へ猛ダッシュ。

 残像が見える速度である。

 とりあえず1枚。パシャリ。


「公平先輩、聞いてくださいよ!! もぉー! 信じられないんですよ!!」

「どうした、どうした? 鬼瓦くんに何かされたのか?」

 花梨の怒気は荒ぶる猛禽類の如く、凛とした目がギンッとして鋭いったらない。

「あたし、二人に気を遣って、反対側で釣りをしてたんです!」

「おう」

「そしたら、あのバカ瓦くんが! 釣竿を振りかぶって!!」

「おう」

「あたしのスカートに針を引っ掛けて、ぱ、ぱっ、……スカートを捲ったんです!!」

「……Oh」


 思ったよりも派手にやらかしていた鬼瓦くん。

「ちょっと待っててな、花梨。花梨さん。花梨さま」

 俺たちからかなり距離を取っている鬼瓦くんサイドへ小走り。


「鬼瓦くん、事情は何となく聞いてきたが、とりあえず、事実か?」

「ずびばぜん! 僕は、僕はぁぁぁぁっ!!」


 あ、事実だ、これ。


「繊細な動作が売りの君らしくもない。どうしたんだ、一体」

「ち、違うん、です! 武三さん、は、私の事を、かばって!」

「うん。と言うと?」

「私が、た、武三さんが、竿を振りかぶった、タイミングで、竿を水に、落として、しまって……! それを、拾おうとしてくれたから、あ、あんな、こと、に!」

「なるほど。とりあえず、あんま確認したくないけど、聞いとかねぇとな」

「は、はいぃ」

「花梨のスカートに針が引っ掛かったのは分かったんだが、その、どの程度?」

「全部、です……」

「ぜ、全部!? 思いっきり捲れ上がっちまったのか!?」

 そりゃあ、怒るよなぁ。

 しかし、悪い事と言うものは出来の良い竹トンボのように想像を軽々か越えて飛んでいくものなのである。


「す、スカートが……釣れ、まし、た……」

「ん?」

「武三さんの、針の先に、花梨ちゃんの、スカート、が!」

「えっ!? ……一応、口に出して確認するね」


「スカート、脱げちまったの!?」


「は、はいぃ!」



 大惨事じゃん!



「い、一応、私が、すぐに、スカート、届けたので、誰にも見られては、いないと思います……け、けど」

 釣り堀は、俺たち以外には人がいない。

 今日は太陽がハッスルしているせいで、日陰の少ない釣り堀は結構暑い。

 そのため、他のお客は敬遠していたらしかった。

 可愛い後輩の恥ずかしい姿が拡散されなかったのは良かったが。


「公平先輩! いつまであたしを一人にしておくんですか!?」


 いや、良くないね。

 花梨さん、ガチギレである。


「よ、よし。まずは、二人はここで待ってろ。俺が、どうにかしてみる!」



 事情を完全に把握した俺は、再び花梨の元へ小走り。

「か、花梨さん。なんつーか、彼も悪気があった訳じゃねぇみたいだし」


「はあ? なんですか!?」


「いや、あの、悪気がね」


「悪気があったら、バカ瓦くんの眼球に針を刺してますけど!?」


 怖い。

 怖い、怖い怖い怖い怖い怖い。

 もうね、目がマジだもん。


 それでも何か言わなくては。

 この場で年長者は俺だけ。

 つまり、俺が場を納めなければならぬ。そうとも、責任がある。


「い、いやぁ、それにしても可愛いスカートだな! なんでスカートを!?」


「先輩に可愛いと思ってもらうためですけど!? なにか!?」


 今、俺は可愛いと言ったわけで、その目的は達成されたはずなのに、ミッションクリアの文字が出てくる気配がない。


「ま、まあ、ほら、なんだ。その、中身は、誰にも見られてねぇ訳だし、な?」

「中身ってなんですか!?」

「えっ」

「中身ってなんの事ですか!?」

「そりゃ、ぱ、パンツ?」


「言わないでください! 先輩のバカぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 だって、君が聞くものだから、答えなくても怒るじゃない?


「もう無理です! あたしお嫁に行けません! もぉぉぉっ! ……あーあ。さてと、バカ瓦くんの目に針さして来ますね」

「ま、待て! 落ち着け、花梨! な、落ち着こう! 俺が傍に居るから!!」



 拝啓、ヘイ、ゴッド。

 今度ばかりはミスター潤滑油の俺でも、無理かもしれません。

 生きていたらまたお会いしましょう。敬具。

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