第95話 氷野さんと記念写真
「はい、どうぞ。冷えたアクエリアス買って来たよ」
ベンチには横たわった氷野さん。
こうやって見ると、やはりスラっとしてスタイルが良いなぁ。
「うゔぉあぁ。……恩に着るわ、桐島うゔぉへぇ」
「うん。俺の名前を発声すら出来ていないね。ゆっくり休むと良いよ」
「そ、そうはいかないわ。心菜に、こんな情けない姿を見せては……」
「あー、大丈夫だよ。今、心菜ちゃんは毬萌と一緒にターザンロープの三周目に行ってるから。よっぽど気に入ったんだろうね」
俺たちはターザンロープから二つ向こうにある遊具の隣に併設されている休憩スポットにて、氷野さんの再起動を待機中。
先ほどの急滑走がさぞかし
まあ、低速で走る自動車の揺れですら酷い乗り物酔いを起こすのだから、あんなものに乗って上から下へ滑り降りたらこうなるのも納得である。
「なんつーか、ごめんね。もっと早く止めてあげれば良かったよ」
毬萌の手を引いてる場合じゃなかった。
氷野さんに手を引くように勧めるべきだった。
ミステイクである。
「……良いのよ。私、初めて心菜と、あの手の乗り物に乗れたんですもの」
「初めて?」
「……そうよ。これまで、家族で遊園地に行っても、どうにか理由を作って逃げてきたんだから、あの子には寂しい思いをさせてたに違いないわ」
「しかし、これまでよく誤魔化せてきたね」
「心菜、背が低いでしょ? あれでも伸びた方で、中学生になるまでは、身長制限で乗り物系のアトラクションには乗れなかったのよ」
「ははあ。なるほど」
つまり、誤魔化し始めているのはここ二年と言うことか。
「心菜ちゃんに正直に言えば良いのに。車に弱いんだから、説明すれば分かってもらえるよ。きっと」
「ダメよ……。いつかはバレるでしょうけど。せめてそれまでは、心菜の理想の姉でいたいのよ……」
「ははあ、そんなものなのか。俺ぁ一人っ子だからなぁ」
「……ふん。気楽でいいわね」
「まあでも、俺も氷野さんみたいな姉ちゃんがいたら、周りに自慢するだろうな。うちの姉ちゃんはすげぇんだぞって。はははっ」
氷野さんは何も言わず、ゆっくりと起き上がった。
「かなり楽になったわ。まあ、9割はアクエリアスのおかげだけど」
「残りの1割は酸素のおかげなんだろう?」
「勘違いすんじゃないわよ。私だって、筋は通すわ」
「おう?」
「助かったわよ、桐島公平。ありがとうございました」
この俺に、深々と頭を下げる氷野さん。
多分まだ酔っているんだろうな。そう言う事にしておこう。
「そうそう。良い写真が撮れたんだよ」
「……あんた、さっきの私の写真をネタに、脅そうって言うの!? お礼なんて言って損したわ! いやらしい!!」
「……ひでぇ言われようだな。まあ、見てみなって。ほら」
俺は心菜ちゃんと氷野さんが高速で接近してくる様子をしっかり撮っていた。
慌ててシャッターを押したものだから、連写モードに切り替わっていたらしく、それが今回は良い方に転がった。
なんと写したその数、実に30枚。
しかし、それだけ撮れば、二人が同時にいい顔をしているシーンだって撮れる。
考えてみれば、心菜ちゃんが常時笑顔なんだから氷野さんの顔さえ整っていれば良いのだ。
「……これ、私よね?」
その1枚は、まさしく奇跡の1枚だった。
「もちろん。自分の顔を忘れるほど疲れちゃいないだろ?」
満開の笑顔の心菜ちゃんと、頼もしく妹を抱きしめている氷野さん。
理想の姉妹を切り抜いた、見事な1枚。
「……あんた、プロのカメラマンになれば?」
「いや、カメラの性能だよ。15万もするらしいし」
「……謙虚ね」
「敢えて言うなら、妹のために必死になったお姉さんの努力が生んだ奇跡かな」
「……バカじゃないの」
「畳くらいのサイズに引き伸ばして渡すから、部屋にでも飾ると良い」
「……本当にバカね。調子乗り過ぎ」
「姉さまー! 公平兄さまー! 来たですー!!」
心菜ちゃんがトテトテ走って来た。
転ばなければ良いが。
「あら、心菜。もう満足したの?」
「はいです! 毬萌姉さまと一緒に、4回も乗ってしまったのです!!」
「毬萌は大丈夫か?」
小声で確認するのがエチケット。
「平気ーっ! わたし、絶叫系大好きだもんっ」
「そういやぁ、そうだった。まあ、お疲れさん」
「にははーっ。コウちゃんも、マルちゃん
「おう」
「心菜ちゃん、ジュース飲むかい?」
「飲むですー!!」
うん。可愛い。
俺は自動販売機で、心菜ちゃんと毬萌の飲み物を購入。
さすがにここまで遊び続けているだけあって、二人ともグビグビと喉を鳴らす。
「さて、そんじゃ、カメラマンは次の現場に行くとするぜ」
立ち上がる俺に、毬萌が待ったをかける。
「みんなで1枚撮ろうよーっ! コウちゃんっ!!」
「心菜も公平兄さまと一緒の写真、欲しいのです!!」
「まあ、今回は特別に、あんたも入れてやるわよ。ほら、さっさとする!」
氷野姉妹の了承も得て、ならばと俺は三脚を設置。
後ろには、次のアトラクションのバカでかい土管が並んでいる。
「よっしゃ。自動モードはこれで良いか。うむ、10秒後にセットしたぞ!」
全力疾走の俺。
ちょっと10秒って張り切り過ぎたかしらと後悔。
パシャリ。
「にははっ、コウちゃん、すごい顔してるっ!」
「そりゃ、おま、こんだけ走ったら、はひぃ」
俺、写真うつり悪いよね。
まともに撮れた記憶がないもの。
「んじゃ、俺ぁ行くわ。怪我だけにゃ気を付けてな」
「はーいですー!」
「みんなによろしくねーっ」
「ちょっと、桐島公平。手、出しなさいよ」
「おう。いただきます」
コロリと一粒、固形物。
……ついにメントスが出やがったか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます