第94話 乙女心とターザン
前回までのあらすじ。
氷野さんがヤバい。
「おいおい、結構本格的だな、これ」
俺と毬萌は、ターザンロープの説明書きを前に腕組み。
「えっと、体感時速は約40キロ……だって! すごいねぇー」
「しかも、ゴール地点がはるか向こうに見えるなぁ。まあ、しかし安全性は問題なさそうだ」
下には落ちても安全なようにネットが張られているし、そもそも傾斜は凄いが高さは無い。
いざとなれば地面に足が付く。
それに、この手の遊具には珍しく、手元にブレーキ装置も付いているらしい。
さすがに金の掛かっている遊具だけあって、至れり尽くせり。
ローリスクでスリルが買える、お得な造りである。
「そう言えば、今日はちゃんとスカートじゃないんだな」
「にひひっ、偉いでしょーっ!!」
「はいはい、偉い、偉い。昨日からそうしといてくれりゃ、無駄に炭汚れと戦わずに済んだんだがなぁ」
「あ、あれは、もーっ! コウちゃんが、言ってくれれば良かったんだよぉ!」
「汚れるからヤメとけってか?」
「違うよっ! い、いつも、わたしだけを見てるよって……」
いつまで
「んなこと言ってねぇだろうが! ヤメろ、色々と誤解を受ける!!」
「えーっ? だってコウちゃん、言ったもーん!」
「言ってねぇ! 脚出したけりゃ俺の前だけにしとけって言っただけだ!」
「ほらぁー! ちなみに、今日はショートパンツだけど、長さは昨日のスカートとあんまり変わんないよ?
「ばっ、おま! ばっ! んなもんに見惚れ、おま、ばっ!!」
「にははーっ。コウちゃん、しっかり見てるーっ! いやらしいんだぁー!!」
「み、見てねぇし!? 全然お前の脚なんか見てねぇし!?」
「公平兄さまー! 毬萌姉さまー! 今から行くですー!!」
心菜ちゃんのおかげで、毬萌のねちっこい尋問から逃れるきっかけができた。
「おーう! ちょっと待ってな! すぐ移動するから!」
俺は毬萌を捕まえて、ゴール地点へと移動を開始する。
「みゃあっ!? こ、コウちゃん、手は恥ずかしいよぉー」
「はあ!? お前、散々脚見せてんのに、なんで手ぇ引っ張られるのがダメなんだよ」
こんな坂道、俺が手を引いてやらないと、毬萌は絶対に転ぶ。
もはやこれは、確定事項である。
起きる事故が分かっていて、対策を講じない者がいるだろうか。
居るとしたら、それは保険会社の回し者である。
「だってぇー。みんなに見られたらっ!」
「誰もいやしねぇだろうが。まったく、天才様の考える事は分からん」
「……コウちゃんの鈍感」
何やらぼそぼそと呟く毬萌を引きずって、ゴール地点に到着。
歩いてみると、本当に結構な距離があった。
氷野さんの様子はどうか。
「おーい! 氷野さん、準備が良けりゃ、なんかサイン送ってくれー!!」
彼女は蒼白な顔面のまま、静かに動き出す。
油の切れたからくり人形のようである。
そして両腕を胸の前でクロス。
XJapanのポーズである。
「おい、ありゃあ止めた方が良いんじゃねぇのか?」
見るからにダメそうだし、本人もダメだって言ってるし。
「うん。そだねー。マルちゃん、心菜ちゃんの前だと頑張っちゃうからなぁー」
それに加えてお前の前だしなと思うも、氷野さんのために、俺だんまり。
「そんじゃあ、心菜ちゃん一人になっちまうから、毬萌代わってやれよ」
「そうだね、行ってくるよーっ」
しかし、その時はやって来た。
「行くでーす!!」
「えっ!? 来るの!?」
悲劇の始まりは、心菜ちゃんの後ろに氷野さんが立つと言うポジショニングであった。
案内板には、「小さい子を前にして支えましょう」と注意書きがあり、それを律儀に守った結果、氷野さんの放送事故みたいな表情が心菜ちゃんからは見えない。
「ちょ、待っ!! ちょまぁぁっ!!」
俺の必死の叫びも、心菜ちゃんからすれば声援に聞こえるのだろう。
彼女は、嬉しそうに踏切版を蹴った。
「……あっ」
「……おう」
俺と毬萌は色々と諦めた。
とりあえず、カメラを構えておくか。
もはや、俺に出来るのはそれくらいである。
グングンとスピードを上げる心菜ちゃんと糸の切れた人形。
失敬。心菜ちゃんと氷野さん。
「ひゃあああああっ! あはははははっ! 楽しいですぅぅぅぅっ!!」
心菜ちゃんの楽しそうな笑い声。
とても可愛い。
「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁぃっ! きぃえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
とてもお茶の間に流せないような絶叫が、可愛い笑い声の後ろを追ってくる。
マンドラゴラの悲鳴だろうか。
確かに、聞いているとなんだか寿命が縮んでしまいそうである。
そして俺は、静かにシャッターを切った。
「わぁーい! すっごく楽しかったのですー!!」
トテトテと、心菜ちゃんが毬萌に駆け寄って抱きつく。
うん。可愛い。
「にはは……。よ、良かったねぇー、心菜ちゃん!」
「心菜、ちょっぴり怖かったのに、姉さまは流石なのです! 全然動かないで、心菜の事を支えてくれたのです!!」
それはね、多分、支えていたんじゃなくて、しがみ付いていたんだよ。
だって、写真に写っているもの。
フラフラと、氷野さんもこちらへやって来た。
「おっと。こりゃあいけねぇ」
俺が彼女を受け止める。
普段なら、蹴り倒されてブレスケアのパターンなのだが。
「お、お願いがあるわ、桐島公平。少しでいいから、このままでいさせて……」
美女にこんな事を言われたら、男子冥利に尽きると言うもの。
が、これはそんな色気のあるものではない。
「氷野さん……。できれば、涙とよだれを俺のシャツで拭くのだけはヤメて」
「無理、無理……。今はあんたが生命線なの。ゔぉあぁ……」
抱きつかれながら女子によだれを拭かれるって事を経験した男子。
多分、今この瞬間、俺は日本の中でもかなり
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