第93話 公平とカメラマン

「では、こちらをお持ちくださいませ」



 メインカウンターで、やたら高そうなデジタルカメラを借り受ける俺。

「うわーっ! すっごく高そうですねっ! いくらくらいするんですかっ?」

「やめろよ、お前! お姉さん困ってんだろ!?」

「いえいえ、構いませんよ。そちらのカメラですと、だいたいの金額で恐縮なのですが、15万円くらいかと存じます」


「やっぱりお返しします」

 俺は、首から下げたばかりのカメラを返却。


「なにしてるの、コウちゃん。それじゃ写真取れないじゃん!」

「バカ、バッカお前ぇ! じゅ、15万もすんだぞ、そのカメラ! 15万って分かるか!? 一万円札が15枚だぞ!?」

「にははっ、なに言ってんのさぁー。当たり前の事言ってぇー!」

「そんな高価なもん、首からおいそれと下げられっか! 首がもげるわ!!」

「えっ。コウちゃん、そのカメラを持つ力もないの!?」


「そういう事じゃねぇんだよ!! 察しろよ!!」


 俺はこの能天気なアホの子に、事の重大さを伝えなければならない。

「もし落としちまったらどうすんだ!? お前、俺の小遣い月にいくらだと思ってる!」

「んっとねー、5000円!」

「そう! よく知ってんな! 俺の小遣い30ヶ月分だぞ!?」

「わたしのお小遣いだと、18ヶ月と1週間分くらいだねっ!」

「えっ、ちょい待ち。……お前、月に小遣い8000円も貰ってんの!?」

「おおーっ。コウちゃんすごい! 暗算できたねぇーっ!」

「バカにしてんのか! いや、そういう話じゃないんだよ!!」


「ふふ、お客様方、本当に仲がよろしくてステキですね」

 くそ、2日続けて同じお姉さんに微笑ましい目で見られたよ!

「ですけど、ご安心ください。万が一カメラが破損、故障など致しましても、弁償の責任はお客様にはございません。どうぞ、気を楽に思い出を残してくださいませ」


 ロイヤル会員って本当にすごいなぁ。



「ほら、桐島公平、カメラ構えなさい! 早く、急いで!!」


 こちら、アスレチック施設。

 案内板でしか見ていなかったが、これはまた見事な充実ぶりである。

 1日居ても飽きないであろう数の遊具たち。

 相当力の入れられている遊興施設であることがうかがえる。

「さあーっ、心菜ちゃん、もうちょっとで頂上だよーっ! がんばれーっ!!」

「はいです! ひゃあ、あはは! 登りにくいのですー!」

 毬萌と心菜ちゃんは、名前は知らないが、ローブが蜘蛛の巣みたいに張り巡らされた遊具のてっぺん目指して登頂中である。


「桐島公平! 撮れた!? ねえ、撮れたの!?」

「い、今撮ってるから、ちょっと氷野さん、あんま揺らさねぇで」

「ほら、シャッターチャンスじゃない! 撮って、撮って!!」

「お、おう! 撮ってるよ!」

「はあぁ、一生懸命頑張る、心菜と毬萌……! 眼福だわ! ……見せなさい!」

「分かっ痛い痛い痛い!! ちょ、首から外すから、待って、首が取れるよ!!」

 俺は今、もの凄く構図にこだわる割に自分では動かない映画監督の下につけられてしまった哀れな助監督の気分である。


「ちょっと、なによこれ! いやらしい写真撮ってんじゃないわよ!」

「ええ……。普通にロープに絡まってる二人じゃないか」

 今日の毬萌はショートパンツだし、心菜ちゃんも短めのジーンズ。

 まかり間違っても写してはいけないものなど、物理的に見えない。

「構図がいやらしいわ! 毬萌の脚を舐め回すように撮ってるし、心菜のおへそがチラ見えしてるじゃない! このド変態!!」


 ほとんど言い掛かりじゃないですか、監督。


「分かった、消すよ。……おう?」

 どうして俺の腕を掴むのですか、氷野監督。

「いや、氷野さん。そうされると消せな痛い痛い痛い! 手首がちぎれる!!」

 氷野さんの鼻息は荒く、さっきから俺の横に折り畳みの椅子を出して休憩しているのに、この場に居る誰よりも呼吸が乱れている。


「……この写真、焼き増ししなさい。あと、出来れば引き延ばして、A3サイズくらいに。分かった?」

 彼女の中で行われていた欲望対理性の一番は、欲望の上手投げで勝負が決まった模様であった。

「分かったよ。二人には内緒でって言うんだろう? その辺も了解」

 そして無言で差し出されるミンティア。

 あ、ブドウ味だ、これ。



「コウちゃーん! どう、写真撮れたぁ?」

「おう。そこそこな」

「兄さま、心菜、見たいです!」

「おう。よしよし、一緒に見ようねー。ほら、こんな感じだよ」

 氷野さんの視線が俺を突きさす。

 命が惜しいため、先ほど彼女の選別に叶った、な写真を表示させる。

 ちなみに、な写真との違いは俺にゃサッパリ分からん。


「おおーっ、上手に撮れてるねっ!」

「あはははは、毬萌姉さまと一緒です!」

「コウちゃん、昔からこういう細かい作業って得意だったもんねーっ!」

「別に得意じゃねぇよ。お前が苦手だったから、俺が覚えるしかなかったんだ」

「やはりわたしの人選に間違いはなかったのだよっ! えっへん!」

「へいへい。まあ、俺ぁ別にカメラマンでも構わんよ」

 みんなが楽しんでくれるなら、その笑顔をフレームに収める作業も意外と楽しい。



「姉さま! 今度は一緒にアレやりたいのです!」

「あら、何かしら? 心菜となら、何だって一緒よ!」

「アレですー! あーああーのヤツです!!」


「ゔぁああぁっ」


 そして顔を白くさせた氷野さんが、天使にいざなわれて次の遊具へ。

「おい、毬萌よ。氷野さんって乗り物に弱いよな?」

「うん。そだよー」

「あれは大丈夫の範疇か?」

「あっ……」



 いわゆる、ターザンロープ。

 当アスレチックはスピード感溢れるところが特色らしい。

 氷野さん、ピンチである。

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