第88話 勅使河原さんと思い出
鬼瓦くんと勅使河原さんを見守り隊の活動は続く。
見守るとか耳触りの良い言葉を使ってるけど、これ、普通に覗きだよね。
「あれ? こんなところに星座の図鑑が?」
「あ、それ、さ、さっき……桐島先輩と、心菜ちゃんが、えと、見ていた、よ!」
「そうだったのか。ああ、天井のスイッチも入れてあるんだね。さすがは桐島先輩。こういう細かい気配りが出来る人なんだよね、あの人」
「う、うん! すごく、優しい、人だよ、ね!」
ねぇ、心が痛むんだけど!?
窓の向こうで俺が褒められてるんだよ!
もう、申し訳ねぇなんてもんじゃないよ!
俺ぁ彼らにとって良き先輩でありたいからさ、もう行こう? ね、お願い!!
「むむーっ。まさか、コウちゃんがここまで考えてたなんてっ!」
「すごいです、先輩! 雰囲気作りをした後だったんですね!!」
「違う! 普通に心菜ちゃんと星見てただけだ!」
「またまたぁー、謙遜するなんて、コウちゃんらしくないぞぉー!」
「うんうん、公平先輩ってやっぱりステキです!!」
「なんでさっきから俺の話聞いてくれないの!? もう行こうって!」
「あれが、デネブ。アルタイル。ベガ。夏の大三角形だね」
「すごい、武三さん、物知り、だね! もう一回、指、さして?」
「もちろん良いよ。あっちの明るいのがベガで、そっちにあるのがデネブかな」
「ふふ、すっごく、綺麗!」
よし、もう無理だ。心身ともに限界だよ!
鬼瓦くんが俺の知らない物語を語りだしたし、多分彼は織姫様と彦星様も普通に見つけるから、あの名曲よりも進展は早いに違いないから。
「いいなぁー、星空デート! わたしもしたいなぁー」
「ですよねー。憧れちゃいますよー」
二人とも、もう興味が別の事に移ってるよね?
本当にそろそろダメなんだって。
主に腰。中腰の姿勢が限界なの!
そもそも、君らはなんで普通にその姿勢を維持出来てんの!?
体幹強すぎじゃない!?
あっ、もうダメだ。
うん。ごめんなさい。
「あぁああああああああああああああああああいっ!!」
今のは陸上選手がハンマーを投げた時の雄叫びではない。
俺が腰をつって、盛大にひっくり返り散らかした時の、絶命の声である。
「なにやってるんですか、公平先輩! バレちゃいますよ!!」
「花梨ちゃんっ! しーっ! 静かにしなくちゃ!!」
もはや俺はダンゴムシ。
いや、ダンゴの形状にすらなれない、ダンゴムシの出来損ない。
もういいよ。汚名は俺が全て被る。
出歯亀先輩とかこれから呼ばれるだろうけど、それも受け入れる。
君たちを止められなかった、その点については俺にも責任があるからね。
「今の声、桐島先輩?」
「う、うん。窓の外、から、聞こえた、ね?」
さようなら。尊敬されていた今日までの俺。
こんにちは。
「おう! 悪ぃ!」
——!?
どうして俺の声が!?
今、俺は相変わらず痙攣していて、とても声なんて出せる状態じゃない。
これは、三途の川の船頭が発した幻聴か。
「ちょっと足を滑らせちまった! はは! きにしねぇでくれ!」
俺は喋っておりません。
「桐島先輩、大丈夫ですか!? 僕、そちらへ行きますよ!」
喋れないけど、出来れば来ないでくれると嬉しいな。
「おう! 気にしねぇでくれ! 二人の邪魔しちゃ悪いからな!」
俺は喋っておりません。
「も、もう、桐島先輩……ひ、冷やかさないで、下さい、よ!」
「まあ、先輩がそう言うのでしたら。無理はしないでくださいね」
「おう! 邪魔したな!」
俺が一言も喋らないのに、俺の声が全てを解決させてしまった。
その答えは今に分かる。
「ふぅーっ。危ないところだったけど、どうにかなったね! やっぱり作っておいて良かったよぉー、コウちゃんの変声器!」
嘘だろ、お前。
さっき使ってた俺の声が出せるとか言う機械、そんな精度高いの!?
まんま俺が喋ってたじゃん!
もう、毬萌の発明力がアガサ博士越えて来てんだけど!?
それ使って、俺のフリして色々できるじゃん!
「咄嗟によくあれだけのセリフを喋らせましたね! 毬萌先輩、すごい!」
「にひひっ、照れますなぁ!」
「……お前ら、それ、あとで寄こせよ」
「あっ、コウちゃん! いきなり大声出しちゃダメだよぉー」
「その件は謝るけど、言わせろ。お前は倫理的にダメだよ!!」
「毬萌先輩、どうしても、お前の事が好きだぞ……って発声させようとするとイントネーションが変になっちゃうんですけど、これはどうしたら?」
「今すぐ粉々に踏みつぶそう!!」
「あー、そっかぁー。これはね、コツがあるんだよっ! 音声の項目の、フォルテッシモになってるとこがあるでしょ? そこを、ノーマルからフォルテの間くらいにすると良いよ!」
「わーい! ありがとうございます!!」
俺の心はもうピアニッシモだよ。
もうヤダ、この天才と秀才コンビ。
その後、ようやく満足したらしい毬萌と花梨を連れて、俺はレンタルブースで薪を調達し、焚火の準備をつつがなく済ませる。
全員に焚火の開始時刻は午後10時と連絡済みである。
あと5分ほどと言う時分には、もう全員そろっているのだから、俺たちの集団は時間にキッチリしている。
その点は素晴らしい。
その点以外の記憶?
そんなもん、消したけど? 当たり前だろ、ヘイ、ゴッド。
嫌な事は忘れる。これが世の中の荒波を越えていく一つの冴えた方法さ。
みんなが思い思いに雑談していると、勅使河原さんが隣にやって来た。
そして、小さい声で、だけどハッキリと呟く。
「き、桐島先輩……ありがとう、ございまし、た! とっても、ステキな思い出、作れ、ました!」
その笑顔だけが救いである。
俺の心が流した血も、無駄ではなかったんだね。
さあ、キャンプファイヤーだ。
嫌な思い出は薪と一緒に燃やすのが良い。
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