第87話 鬼瓦くんロマンス劇場

「どうにかしろって言われてもなぁ」



 毬萌と花梨に「鬼瓦くんと勅使河原さんの仲が深まる様にプッシュせよ」と指令を出された俺である。

 天国から叩き出されて地獄に突き落とされて、その地獄から命からがら生還してきた訳であるがゆえ、この消費した労力に見合う戦果を得たいのは俺とて同じ。

 あの氷野さん地獄からの大脱出が無意味だったなんて言うのは出来の悪い冗談だ。

 しかし、男女の仲を俺に取り持てと言うのもなかなかハードな指令。

 乙女心が分からないため、日々迷走を続ける俺。

 一休さんみたくここで瞑想決め込んで、妙案がチーンと振って来るだろうか。

 降って来ないよ、バカなんじゃないの。



「わたし達に足りなかったのは、男子側に寄り添った視点なのだよっ!」

「そうです! あたし達、男の人の気持ちってイマイチ理解してなかったなって!」

 普段の俺にもそんな風に接してくれたら良いのに。

 そう思わずにはいられないセリフの応酬である。

「男側の視点って言われてもなぁ。俺の主観になるけども……」

「おおーっ! コウちゃん、名案が浮かんだんだねーっ?」

「さすがです! 公平先輩!!」

「名案って言うか、普通に二人きりでなんか飲み物でも片手に空を眺めたりしたら良いんじゃねぇの? ほれ、すげぇ星が奇麗だし」


「……コウちゃん。そんな普通の意見を求めてるんじゃないんだよぉー」

「小学生が思い付きそうなアイデアですね」

 言うに事欠いて、お前ら!

 そこまで俺のステキな意見を勢いつけて却下するって言うなら、俺にだって考えがある。出るとこ出てやろうじゃないか。



 俺は、草むらで訳も分からずに震えている、プルプル瓦くんの肩をタッチ。


「ゔぁぁぁああぁぁぁっ!」


 鬼瓦くんは、高級ホテルの食事代全員分を自腹で払う事になった芸能人みたいに嘆いた。

「落ち着け、鬼瓦くん。俺だ」

「き、桐島先輩!! ぼぐは、ぼぐはいっだいどうなるのでずがぁぁぁっ!?」

 氷野さん地獄から抜けだしたかと思えば、毬萌・花梨地獄が待っていたのだから、疑心暗鬼になり震えるのも分からないでもない。

 鬼でも疑心暗鬼になるんだね、とか思ってはいけない。


 そんな彼に、俺は優しく語りかける。

「ちょいと俺ぁ、席を外さねぇといけなくなったんだ。あー、ああ、そう、この後の焚火の準備のためにな!」

 咄嗟に思い付いたにしてはなかなかのリアリティ。

「それならば、僕も!」

「いやいや、今日は鬼瓦くんすげぇ頑張ってくれただろう? ここは、俺と、あと毬萌と花梨が受け持つから、君には別の事を頼みたい」

「僕でお役に立てれば良いのですか」

「なぁに、簡単だ。今、俺のコテージにゃ、勅使河原さんしかいねぇ。もうすっかり夜だし、女子を一人にさせとくワケにもいかねぇだろ」

「なるほど、確かに」

「だから、鬼瓦くんは、俺のコテージで勅使河原さんの相手をしててくれねぇか。冷蔵庫にゃ美味いジュースが冷えてるから、そいつを飲みながら星でも見ててくれ」

「分かりました! お安い御用です!!」

 そして鬼瓦くんは、俺のコテージへ軽やかな足取りで入って行った。

 鬼神すんなり。



「す、すごい……っ! コウちゃんが、あっけなく二人きりの空間作っちゃった!」

「えっ、どういうことですか!? なんでこんな自然に最高のシチュエーションを!?」

 ひとつ言える事があるね。


 これまでのお前らが不自然過ぎたんだよ!!


 こんなもん、ちょいとそれっぽい言い訳を考えりゃ済む話だろうに。

 変な発明品とか、妙な理屈を並べ立てるから、話がややこしくなる。


「ほれ、俺たちは焚火の準備するぞ」

「何言ってるんですか! ちゃんとチェックしないとですよ!」

「えっ!? 何を!?」

「決まってるじゃんっ! 真奈ちゃんと武三くんが上手くやれるかをだよぉっ!」

「おい、嘘だろう!?」


「さあ、先輩も早く!」

「そだよーっ! こっちこっち!」

 女子二人に襟首掴まれて、強引に窓際へ連れて行かれる俺。

 二人とは言え、女子の腕くらい振り払え?

 えっ、それガチで言ってんの? この俺に?

 そんなの無理に決まってんだろ、ヘイ、ゴッド。



「武三、さん……。あの、ジュース、ありがとうござい、ます!」

「ううん。良いんだよ。桐島先輩に教えてもらったからね。何でも、色んな種類があるみたいだし、せっかくだから。僕が注ぐよ」

「あ、す、すみま、せん!」

「はは。気にしないで」

 窓の向こうでは、凄く良い雰囲気の二人。


「ぐぬぬ……。鬼瓦くんのくせに、やりますね」

「紳士だねー、武三くん」

「よし、もう満足しただろ? そろそろ行こうぜ」

「なに言ってんのっ!? まだ全然だよぉ!」

「そうです、何の確認もできていません!!」

「……おう」

 窓の外では目を輝かせている女子が二名と、中腰の姿勢に早くも限界を感じ始めているホワイトアスパラガスが一本。


「今日はたくさん動いたから疲れたんじゃないかな? このぶどうジュース、栄養も豊富だし、安眠効果もあるらしいよ」

「お、お気遣い、う、嬉しい、です。武三さんも、ど、どうぞ」

「ああ、これはありがとう。さあ、飲もうか」

 窓の向こうでは、まるでレストランでワインを傾けるがごとく、優雅な二人。


「くぅぅ! なんですか、この良い雰囲気! ずるいです!」

「うん、羨ましくなっちゃうねぇー」

「はあ……ホントですね」

「ふう……人のことだと上手くやっちゃうんだよねぇー」

 窓の外では、何故か俺に向かってため息の連打攻撃をする二人と、いよいよこの姿勢が限界に近づいて来て、ついにセリフを発さなくなった俺。



 まさか続くの!?

 もう助けて、ヘイ、ゴッド!!

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