第86話 公平と地獄からの脱出

 天才の毬萌が天才の無駄遣いをして作り上げた、俺のプライバシーを全て無視した発明品によって、俺が喋っていないのに俺が喋って、結果俺は地獄に飛び込んだ。

 何を言っているのか分からない?

 奇遇だね、俺もだよ。ヘイ、ゴッド。



「ちょうど良いところに来たわ! 今、鬼瓦武三と、学園における女子の在り方について討議していたのよ! あんたも加わって良いわよ!」

「……はは、すっげぇ光栄だなぁ」

「じゃあ、また初めからやりましょう! ……あら、鬼瓦武三は?」

「ああ、彼なら、お花を摘みに行ったよ……」

「そうなの! まあ、良いわ! まずね、女子と言うものはもっと恥じらいを持って、高貴な意思を持って、節度のある生活を送るべきなのよ!」


 ふと窓を見ると、花梨が親指を立てて「グッド」のサインを送って来た。

 そのサイン、間違っているね。

 そのまま反転させてごらん。親指を下にするんだよ。

 うん、それが正解。意味は、地獄に落ちろゴートゥーヘル、だね。


 氷野さんのご高説は、4パターンくらいのパートを行ったり来たりする。

 ……酔っぱらっているのかな、この人は。

 そして俺のスマホが震える。

「作戦は第2フェーズに移行だよっ」

 その第2フェーズの説明、俺、受けてないけど?


 どんどんスマホは震える。

「今からそちらに、心菜ちゃんを送り込みます!」

「そしたら、コウちゃんもこっちに来てーっ!」

「公平先輩がいないとこの作戦は完遂できないんですからね!」


 よく分からないけども。

 君ら、その作戦の重要人物キーパーソンである俺を、よくも捨て駒にしたな!!

 その後にまだ利用価値があるんなら、地獄に蹴り落してるんじゃないよ!!

「ちょっと、桐島公平、聞いているの!?」

 そう叫びたいが、叫んだところで何も起きない。



「姉さまー! 公平兄さまー! 心菜、来たですよー!!」

 天使エンジェル降臨。

 繰り返す。地獄に天使降臨。

「あら、心菜! 私が恋しくなったのかしら!?」

「違うです! 公平兄さまを呼びに来たのですー!!」

「……はあ?」


 あいつらの作戦、ザルだ!

 よく分かった。毬萌に花梨。よーく分かった。

 お前ら、普段は天才と秀才なのに、人の恋愛に首突っ込んだ途端、化けるな?


 ポンコツに! 

 アホの子でもなけりゃ、バカでもない。ポンコツだ!

 半端に知恵が働く分、より厄介だよ!!


「きーりーしーまーこーうーへーいー?」

 何なの。

 俺は2時間おきに命の危機にさらされないとダメなルールでもあるの?


「姉さま、姉さま! 聞いて下さいです!」

「あ、どうしたの? 心菜? まさか、この男に何かされたの?」

「むふー。公平兄さまと一緒に、お空で星座になる約束をしたのです!」

「ああーっ? 桐島公平、どういうこと!?」

 今にも手首噛んで女型の巨人になりそうな氷野さん。

 そこで咄嗟に退避行動を思いつけるのだから、多分俺は誰よりもクレバーであると確信する。


「心菜ちゃんは、あれだよなー? 美味しいジュース、お姉さんにも飲ませてあげたかったんだよなー?」

 心菜ちゃんが「そうだったのです!」と胸を弾ませる。

 ちなみにそちらを見たら即八つ裂きエンドなので、涙を流しながら目を背けた。

「多分、ここのコテージにもあるだろうから……よし、俺が用意してあげよう!」

「わあーい! 公平兄さま、ありがとうなのです!」

「ささ、氷野さんも座って、座って。良く冷えてるといいなぁ」

「姉さま、すっごく美味しいのです! 桃のヤツなのです!!」

「あらあら、そんなにはしゃいじゃって、もう! 仕方ないわね、飲みましょう!」


 起死回生の策と言うのは、死の淵でこそ輝くものなのだ。


 それから、俺は一流ホテルのギャルソンを思わせる優雅な動きで二人の前にグラスを配置。

 「まずは香りを楽しんで下さい」と、高い位置からジュースを注ぐ。

 「あははっ、兄さま、お店の人みたいなのです!」と心菜ちゃんが笑顔に。

 「そうね、うふふ」と、氷野さんもつられて笑顔に。

 やはり目論見通りであった。


 心菜ちゃんが笑えば、世界も笑う。

 現世うつしよの答えを俺は知った。



「あら、本当に美味しいわね! これ、心菜が見つけたの!?」

「違うのです! 公平兄さまが、一緒に飲もうって言ってくれたです!」

「そうなの! 桐島公平、あんた、やっぱり見所があるわね!」

「おっす。恐縮っす」

 心菜ちゃんの言う事は絶対。

 つまり、天使の笑顔が俺の生命線。

「さあ、まだまだあるから、どんどん飲んで! なんでも、美肌効果もあるとか、裏面に書いてあったよ!」

「そうなの? へぇー」

 

 ここしかない。

 間隙を突く、俺の奇跡的なタイミング。


「あー。ちょいと失礼。俺ぁ、お花を摘みに」

「そう。行って良いわよ?」

「兄さま、早く帰って来て下さいです!」



 こうして俺は地獄から帰還した。


「遅いよぉー、コウちゃん!」

「そうですよ! 結構待ちましたよ!」

「色々と言いてぇ事は山ほどあるが……まあ、良い」


「で、鬼瓦くんはどこ行った?」

「彼なら、捕まえてあります。今はとりあえず、そこの草むらの陰に待機させてますよ!」

 よく見ると、小刻みに草むらが揺れている。

 鬼神プルプル。

「……やれやれ。じゃあ、作戦とやらを聞かせてもらおうか?」


「ないよっ!」

「ない!?」

「公平先輩に考えてもらおうって話になりまして!」

「なんで!?」

「だってぇ、わたし達が考えると、いつも何故か失敗しちゃうんだもんっ」

「そこで気付いたんです! あたし達に足りなかったのは、男子の目線だと!」

「更に言いたいことが増えたんだが、お前ら、その体たらくでよくも俺を生贄にしやがったな!? なんか言う事はねぇのか!?」


「にははっ、ごめんねー」

「えへへ。すみません!」


 この子たちどうなってんの?

 旅行の夜のテンションって、人の脳をこんなにダメにするものなの?

 解放感について、これは有識者と議論が必要であると考える俺である。



 依然として、鬼神プルプル。

 俺が何とかしないといけないらしい。

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