第89話 焚火と笑顔と甘いもの
「女子はくれぐれも火傷に気を付けてくれよ!」
「火の番は、俺と鬼瓦くんでするから! 何かあったら言ってくれ!」
「それから、焚火の後は顔に化粧水とか付けるんだぞ! 乾燥すっから」
俺は大事な話をしている。
嫁入り前の乙女の柔肌に火の粉が飛んで火傷でもされちゃ敵わない。
また、火を取り扱うと言う事は危険と隣り合わせであり、その事実を軽視してはいけない。
もちろん、注意をした上で、火を囲む。
これはキャンプの醍醐味であるからして、何の問題もない。
しかし、やはりこう言うことは事前に周知徹底しておくに限る。
「じゃあ、みんな、火ぃつけるから、本当に気を付け」
「話が長いわよ、桐島公平!」
「コウちゃん、心配過ぎだよぉー」
「公平先輩、大丈夫ですよ! あたしも見てますから!」
「真奈姉さま、これ何です?」
「松ぼっくり、だね。火が付きやすいん、だって!」
俺は正しい事を言っているのに、みんながちゃんと聞いてくれない。
しかも、注意して欲しい可憐な少女たちが、ほとんど聞いてくれていない。
真剣に頷いているのは鬼瓦くんだけである。
そして、鬼瓦くんなら
「先輩、そろそろ始めないと、炭の炎が消えてしまいます!」
「ぐっ……。致し方ねぇ。始めよう」
種火の炭から、松ぼっくりと小枝で作った小型の山に点火。
さすがゆるキャン△で仕入れた知識だけあって、すぐに火が大きくなる。
人気アニメは嘘をつかない。
その周りに、空気の通り道を作る事を意識して、薪を配置していく。
「あっつ! つーか煙! ゔぇっほ、げぇっほ!」
この際、風向きなどを考慮して動かないと、俺のように火にはたかられ煙には巻かれる。
「先輩、ここは僕が。お任せください」
そして頼もしい鬼瓦くん。
高い女子力と高い男らしさを持った彼は、やはり人の枠に収まる器ではない。
鬼神ハイブリッド。
「よっしゃ、こんなもんか!」
「そうですね!」
「おーい、みんな! イイ感じに焚火の準備が整ったぞー」
「はぁーい! コウちゃん、涙目になって頑張ったねぇー。えらい、えらい!」
ヤメろ。俺の頭を撫でるな。
なんで俺は戦力外だったみたいな空気を出すんだ。
ちゃんと活躍していただろうに。
なに? 火に弄ばれていた?
その前だよ、松ぼっくり集めて来たり、小枝の選別したりしてたろ!
えっ? 見てない?
ふっざけんなよ、ヘイ、ゴッド!! 炙るぞ!!
「皆さん、こちらをどうぞ」
そして鬼瓦くんが取り出したのは、焚火の主役とも言えるメインディッシュ。
「マシュマロです。手作りなので、お口に合えば良いのですが」
当然のように、女子たちから黄色い声を一身に受ける鬼瓦くん。
彼の用意したマシュマロは、市販のものの三倍から四倍ほどのサイズであり、これはもう事件である。
「公平兄さま、どうすればいいのです?」
「この枝にマシュマロを刺して、火で炙ってごらん。ああ、あんまり近づけ過ぎると焦げちゃうし、大きいから炙り過ぎはとろけて落ちちゃうからね」
「むー。なんだか難しいのです」
「よし、じゃあ一緒にやってみようか」
「はいなのです!」
うん。可愛い。
そして良い
ここで鬼瓦くんの追撃である。
「皆さん、こちらを」
「えっ? まだ何かあるんですか!?」
「わぁーっ! クッキーだっ! 二枚もあるっ! 良いのーっ?」
「はい。そちらで、マシュマロをサンドして召し上がってみて下さい」
「へぇー。洒落てるわね。やるじゃない、鬼瓦武三!」
「や、やっぱり、武三さんのお菓子、すごく、美味しそう、です!」
「心菜ちゃん、俺がクッキー持ってるから、マシュマロを置けるかい?」
「えとえと、そーと、そーとです……。はいっ、できたのですー!!」
「じゃあ食べてごらん? 熱いから気を付けてね」
みんなが同じタイミングで、いただきます。
「あーむっ! はわわわっ、美味しいのですー!」
「ホントに美味しい……! また、この人は女子力を見せつけて……!」
「あちちっ! でも、おいしーっ! とっても甘いねぇー! さすが武三くんっ!」
「あら、毬萌、ほっぺに付いてるわよ? わ、わた、私が取って……!!」
「……はむ。……お、美味しい、です! ステキ……です、武三さん!」
大好評の鬼瓦マシュマロサンド。
正式名称はスモアとか言うらしいが、美味けりゃなんでもよかろう。
女子たちは甘いものに目がない。
その点を考えて、鬼瓦くんと内緒で計画しておいたサプライズ企画。
成功して何よりである。
楽しそうに会話をしながら、甘いお菓子をパクリとやり、焚火で照らされる幻想的な世界で笑顔の女子たち。
これを成功と呼ばずして何と呼ぶのか。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。
「よし、じゃあ、みんなで鬼瓦くんにお礼を言おうな。せーの」
「ごちそうさまでした!!」
女子たちは前述の通り乾燥対策があるので、先に引き上げてもらって、俺と鬼瓦くんで鎮火作業である。
「先輩。よろしかったのですか? 僕だけの手柄みたいになってしまって」
「何言ってんだ。鬼瓦くんの手柄だよ」
「でも、発案者は先輩じゃないですか」
「アイデア出すなんて誰でもできるじゃねぇか。そいつを実行する者が居てこそのアイデアでもある。俺ぁ何にもしてねぇのと同じだよ」
「それに何より、みんなが笑顔になったんだから、それで良いさ」
「ゔぁあああぁぁっ! 先輩ぃぃっ!! こちらをどうぞ!!」
手渡されたのは、赤いマシュマロの挟まった、鬼瓦サンドである。
「特別に用意しておきました。先輩、甘すぎるものは好まれないですよね? ラズベリーのマシュマロです」
「お、鬼瓦くん……」
この後、俺は知らないうちに鬼瓦ルートに分岐。
なんてことにはならねぇよ? 鬼瓦サンドは美味かった。
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