第77話 花梨と散歩

 コーラってすごい。

 キンキンに冷えたヤツをグイっと飲むだけで、体の疲れもどこかに飛んで行ってしまうのだから。

 すごいを越えて、いっそセクシーだよね。


「毬萌姉さまー! てんとう虫見つけたですー!!」

「わーっ、すごいねぇー! じゃあ心菜ちゃん、今度は一緒に四葉のクローバー探そっか?」

 いや、まあ、毬萌のパワフルさには勝てないけども。

 さっきからずっと心菜ちゃんと河原の近くで遊んでいる。

「探すですー!」

「よーしっ、いくつ見つけるー? 2つかな? 3つかな?」

「えとえと、7つ見つけるです!」

「えーっ! そんなにあるかなぁー」

「だって、お兄さまとお姉さま、みんなにプレゼントしたいです!」

「そっかぁー! よーし、わたしも頑張るからねっ! 目指せ7つ! いえーいっ!」

「いえーいですー!!」

 微笑ましい。

 毬萌も可愛いし、心菜ちゃんも可愛い。

 いっそ尊いね。

 この世の清らかな部分をこの瞬間、この場所に集結させているのかもしれない。

 転んで服を汚さないと良いが。



「せーんぱーい?」

「おう、どうした花梨」

「あたしの服は褒めてくれないんですか?」

「……Oh」

 河原に座っている俺の隣にちょこんと座った花梨が、いたずらっぽく笑う。

「隠したってダメですよー。毬萌先輩の表情と、公平先輩の性格を考えれば、答えはとても簡単に導き出せるのです。知ってました?」

「……知らなかった。俺ってそんなに分かりやすい?」

「はい! とっても! じゃあ、今先輩が考えてる事、当てましょうか?」

「な、なんか怖いな」

「……こほん。あー、なんか花梨のヤツの服を褒めてぇけど、何から褒めたもんか、困ったなぁ……って感じです!」

 反論の余地が残されていないね。



「好きな人の考えている事を想像するのって楽しいんですよ?」



 なるほど、たいしたエスパーだ。

 いつもならば、ここでシャワー使った後のユニットバスにあるトイレットペーパーみたいに湿気しけって倒れる俺である。

 が、しかし、今日の俺は一味違った。

 花梨の笑顔が、俺の記憶を呼び覚ます。

 やはりコーラの力は偉大。

 糖分とコーラに含まれる未知の栄養素が、俺の脳内を活性化させている。

 偉大を越えて、もういっそセクシーである。


「もしかして、今日の恰好、遊園地に行った時のアレンジか?」

「へっ!?」

「あっ、違った?」

「い、いえ、当たってます……。上着を軽くしただけで、ショートパンツとかソックスとか、靴とかは一緒です。えっ、先輩、覚えててくれたんですか!?」

 たまには俺だって、女心を掴むまではいかずとも、軽くタッチするくらいならできるのだ。

 でも、見栄を張るのは良くない。

「すまん。覚えてたんじゃなくて、今、思い至ったんだ」

「……ぷっ。あはは! そこで正直に白状しちゃうのが先輩らしいですねー!」

「ごめんな。ホントなら、電車の中くらいで気付けって話だよな」

「あー、いえいえ! まさか本当に気付いてもらえると思っていなかったので、とっても嬉しいです!」

「そうか。それなら良かった」


「はい! ですから、さっき毬萌先輩の脚に夢中だった事は忘れてあげます!」

「……Oh」


 まさか、見られていたとは。

 俺としたことが、何と言う不覚か。

「あーあ、あたしも結構頑張って、脚出してるんですけどねー?」

 選択肢が2つ見える。

 1。素直に脚について褒める。

 2。硬派に話題を切り替える。

「お、おう、花梨の脚もすごく良いと思うぞ! うん、健康的でな!」

「……先輩のエッチ」

 1じゃなかったよ。

「そう言えば、買い出し連中帰って来ないなぁ?」

「と言いつつも、しっかり脚は見てるんですねー?」

 2でもなかったよ。

 正解はなかったよ、ヘイ、ゴッド。



 それからしばらく二人で並んでぼんやり空を見ていたところ、尿意を催して来た俺である。

 コーラをたっぷり飲んだからな、健康な証拠だ。

「俺ぁちょっとトイレ行ってくるよ」

「あ、じゃあ、あたしも行きます!」

「えっ!? 男子トイレについて来るの!?」

「あたしが先輩の事好きじゃなかったら、色々と問題発言ですよ?」

「おっと。これは、俺としたことが」

「先輩と一緒に居たいので、ついて行くんです!」

 可愛い後輩の可愛い要望を却下する理由もない。

 俺は毬萌に「ちょっとトイレ行ってくるわー!」と叫ぶ。

 「コウちゃん、そんな事大声で言わないでっ!」と怒られた。

「多分、今のはオッケーって意味だな。……よし、行くか」

「はい!」


 催しているとは言え、すぐに漏れる訳ではない。

 と言うか、すぐ漏れるレベルまで我慢するのは幼い子供の仕事である。

 俺がこの年でお漏らし警報発令させたら、もう大惨事ではないか。

 つまり、花梨と会話しながらトイレへの道中を過ごすことは容易である。


「ここって緑が多いですよねー。あ、見て下さい! 芝そりですって!」

 斜面を子供たちがそりに乗って滑走している。

「おー。なかなか楽しそうだなぁ」

「公平先輩、あたしと一緒に滑りますか?」

「んなこと言って、また俺をからかうつもりだな?」

「違いますよー。純粋な気持ちで誘ったのに、先輩ひどいです!」

「おう、これは失敬。じゃあ、一緒に滑るか?」

「やっぱり密着したいんですね? 先輩ってば、いやらしいんだー!」

「こら! 予想通りそういう流れじゃねぇか!」

「あはは! 怒られちゃいました! ごめんなさーい!」


 そうこうしているとトイレに到着。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」

「はーい。あたし、その辺を見てますねー」



 トイレには誰もおらず、貸し切り状態であった。

 広いトイレに自分だけ。

 こんな時、妙に落ち着くのは何故だろうか。

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