第76話 毬萌とスカート その2

 炭の汚れは、つい濡れたハンカチなどで擦りがちだが、それをやると服の繊維に炭の野郎の細かい粒子が染み込んでしまい、汚れが落ちにくくなる。

 なんでそんな事知ってるのかって?

 そんなもん、事前に調べたからに決まっているだろう。

 毬萌が炭で服汚すかもしれない事くらい、想定内だぜ、ヘイ、ゴッド。



 俺は炭の汚れを歯ブラシで丁寧にトントン。

 順調に表面の炭が落ちていく。

 やはりまだ軽く付着しただけだったようであり、これならば問題はないかと思われた。

 しかし、腑に落ちない。汚れは落ちるが腑に落ちない。

 服装についてあれこれ事前に言っていた毬萌が、なにゆえ。

 これは問いただす必要がある。


「と言うか、毬萌。どうしてこんな短いスカート履いてきたんだ。キャンプにゃ不向きだって、お前なら分かるだろうに」

「むーっ。だってさっ! コウちゃんがさっ!」

 俺? 何故ここで俺の名前が出て来るのか。

「俺がどうしたんだよ」

「コウちゃんがさっ! ……他の女の子に目移りするの、嫌だったんだもんっ」

「なっ……!」


 毬萌のいじらしさに、一瞬可愛いと思ってしまう。

 不覚である。


「変な対抗意識燃やすんじゃないよ。まったく。それでこんな上等なスカート履いて来たのかよ。これ、結構良いヤツだろ? なんか手触りからして高そうだ」

「……うん。わたしのお出かけ用の服の中でも、お気に入りのヤツ」

「だと思ったよ。……大丈夫、汚れはほとんど落ちたから。まさか、着替えも含めて全部スカートなんてこたぁねぇよな!?」

「んーん。これだけ」

 それは良かった。

「でもでも、コウちゃん、短いスカート好きでしょ!?」

「……嫌いとは言わんが、何も今日じゃなくても良いだろ。だって」

「だって、なに?」


「お前の事は、いつも俺が一番見てんだから。変な心配すんな」



「コウちゃん! も、もうっ! なんで女子のスカート触りながら、そーゆうこと言うのぉー!? せっかくのセリフが変態さんみたいだよぉー!」

「う、うるせー。つーか、跳ねるな! 汚れが拭き取りにくいし! 何より目のやり場!!」

「嬉しいんだもんっ! そっかぁ、コウちゃんは、わたしを一番見てるのかぁー!」

「おい! 曲解すんな!! あくまでもお前の世話をと言う前提でだな!」

「にへへーっ。やっぱりオシャレして来て良かったぁー!!」


 聞いちゃいねぇ。

 いつもの事だが。


「おし、取れたぞ。どうよ、この俺の家庭科スキルも捨てたもんじゃなかろう」

「わぁーいっ! さすが、コウちゃん! 頼りになるなぁーっ!」

「そうだろう、そうだろう」

「コウちゃん、意外と気遣い上手だよねっ! そーゆうとこも好きーっ!!」

「もっと褒めると良い。ふふふ」

 毬萌だって女子である。

 女子に褒められて嫌な気持ちになる男子高校生などいない。


「ちょっと歯ブラシとかを返してくるから、もう一回待ってろ」

「はーいっ」

 小走りマン、俺、三度みたびレンタルブースへ。

「おや、その様子だと、無事に汚れは落とせましたか」

「お陰様で。助かりました。すぐの事だったんで、石鹸は使ってないです。あの、お代は?」

「ああ、いや、結構ですよ。こちらもサービスの一環ですから」

 なんと無敵なロイヤル会員。

「ありがとうございます」

「いやいや、私の方こそ、あんなに嬉しそうな可愛らしいお嬢さんを見られて、眼福ですよ」

 遠い目をするおじさんの視線を追うと、毬萌がぴょんぴょん跳ねたり、クルクル回ったりしていた。

 完全にアホの子である。

 何をしてくれてんだ、あいつは。

「……お恥ずかしいことで」

「ははは、あなたにとても気を許していらっしゃるようですね。ぜひ、その絆を大切になさって下さい」

 今更「そんなんじゃないっす」と否定しても、さっきまでのやり取りを見られている以上、恥の上塗りである。

 俺は諦めて、うんと頷き、短く返事をする。

「はい。そうします」



 毬萌の元へ再び帰還。

 行ったり来たりして、一体何のトレーニングだと思う。

「見て見て、コウちゃん! ホントに綺麗になったぁー!!」

 クルリと回転する毬萌。

「ばっか、お前! やめなさい! スカート短いんだから、ヒラヒラ舞ってるだろうが!」

「だってぇー、嬉しいんだもん!」

「ならせめて、俺の前でだけにしろ! そんなスキだらけなところを、通りすがりの野郎どもに見せてやるこたぁねぇだうが!!」


 言って気が付く失言。

 でも、失言って言う前に気付く事はできないから、しょうがなくない?


「あーっ! コウちゃん、ヤキモチ焼いてるんだぁー!」

「違う! 断じて違う!! や、め、ろ!! ニヤニヤすんな!!」

「分かったよぉー。このスカートは、コウちゃんだけの専用ねっ! これで良いー?」

「良くねぇよ! お前、さっきから曲解が過ぎるぞ!?」

「ふふふーん! さあ、そろそろ戻らないと、花梨ちゃんたちが心配しちゃう!」

「あ、ああ。そうだな。……そうだけども」

 釈然としない。

 もういい。この件は忘れる事にする。

 精神衛生上、それが正解だ。絶対そうだ。違いない。



 気を取り直して。

「よっしゃ。このコンロは俺に任せとけ。毬萌は、せいぜいその可愛いスカートが汚れねぇものを持ってくれたまえよ」

「ええーっ? 大丈夫? わたしも手伝うよぉー」

「そもそも女子にこんな重てぇものを持たせることが間違いだったんだ。良いから、俺をおとなしく頼っとけ」


 そして張り切った俺は、コンロから鉄板、グリルに調理道具、着火剤に炭と薪、ありとあらゆる重たいものを運びまくった。



「はあ、ひい、あふん、へえん……。よし、は、運び終わった……ぞ」

 その結果、ライフの8割強を失う事となったが。


「コウちゃん、お疲れさまっ! はいっ、コーラだよぉーっ!!」

「ああ、サンキュー。おー、イイ感じに冷えてるなぁ」

「にへへ、これで元気になってねっ!」

 そして毬萌は言う。

 スカートをヒラつかせながら。


「コウちゃん、ありがとっ! カッコ良かったよっ! また助けられちゃった!」

「おー、そうかよ。そいつは何より」



 まあ、なんだ。

 この笑顔はプライスレスなので、後悔はしていない。

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