第74話 昼食と買い出し

「お腹空きましたねー! 公平先輩はもっと空いてるんじゃないですか?」

 軽く背伸びをしながら花梨が言う。

「そうだなぁ。朝飯食いっぱぐれちまったからなー」

「あははっ。午後からに向けて、栄養取らなきゃですね!」

「そうだな! 腹ごしらえして体力を戻さなければ」



 レストランにやって来た俺たちである。

 花祭ファームランドのレストランは、バイキング形式で食事が提供されており、訪れる時間によってメニューが変わる上に、そのどれもが絶品との噂。

 そのため、宿泊客は自分たちで炊飯をせずにレストランを利用するだけと言う者も多いと聞く。

 そして俺たちはロイヤル会員扱いなので、期間中であれば何度来ようと、どれだけ食べようと無料である。

 合宿が終わったら、学園長の銅像に笠をかけてやろう。


「わぁー! すごい種類のお料理ですね! 公平先輩、何食べます!?」

「お、おう。そうだな、こりゃあ迷うぜ。……マジか! ズワイガニのクリームパスタ!? この乗ってるの、全部そうか!?」

「ちょっと、はしゃぐんじゃないわよ、桐島公平。恥ずかしいでしょ」

「おっと。俺としたことが」

「嘘でしょう!? なんでピザにキャビアが乗っているのよ!? どうなっているのかしら!? 心菜、いらっしゃい! 一緒に写真を撮りましょう!!」

 氷野さん、舌の根も乾かぬうちに。

 しかし気持ちは分かる。大いに分かる。


「にははー。みんな、あんまり食べ過ぎないようにねーっ? お夕飯はバーベキューなんだから、お腹空かせとかないとダメだよーっ!」

 そうであった。

 今日の主役はあくまでもバーベキュー。

 気の置けない仲間たちとのバーベキュー。

 そのためには、自重せねばならぬ。

 こんな豪華料理を前にして手をこまねくのは悔しいが、生きていればきっといつかこの程度の料理、何の気なく食べられる日が来るさ。

 おい、何故目を逸らす。ヘイ、ゴッド。



 そう言えば、鬼瓦くんどこ行った?

「あー、武三くん? あそこで席の番してくれてるよーっ! 武三くんのご飯は、真奈ちゃんお願いね!」

 毬萌、なんと自然なスルーパスか。天才め。

 天才指揮者の魅惑のタクト。コンディションは万全のようだ。

「鬼瓦くん、和食が好きらしいから、その辺の天ぷらとか持って行ってやりゃあ喜ぶと思うぞ、勅使河原さん」

 俺も負けてはいられない。

 勅使河原さんに、俺だって役に立つホワイトアスパラガスだとアピールしなくては。

 さもないと、今晩気まずくて寝られない。

「……はい! よ、よいしょ……と、ととっ。い、行ってき、ます!」

 そう言うと、勅使河原さんは両手のお盆に山ほど天ぷらと、蕎麦と釜めし、そして愛情を乗せて、悠然とテーブルへ歩いて行った。

「す、すげぇバランス感覚だな。つーか、あの量。食いきれるのか?」

「まあ、鬼瓦くんですし大丈夫ですよ! 先輩も、早く行きましょ!」

「おう。さて、ズワイガニと、マジか、本格インドカレー!? こりゃマストだな。ラッシー!? あー、なんか聞いたことはあるな。よし、飲み物はこいつで、それから——」

「コウちゃん! 取り過ぎちゃダメだってば!」

「お、おう。これは、またしても俺としたことが」

 バイキングの魅力って凄まじい。

 俺たちは、思い思いのメニューを厳選して、テーブルへと向かう。



「さてさて、ご飯食べながらで良いから、みんな聞いてーっ」

 本日絶好調。毬萌がパスタをちゅるちゅるやりながら言う。

「このあとは、バーベキューの準備をしますっ! 具体的には、設営班と買い出し班に分かれるよーっ! 希望のある人、手を挙げてーっ!」

 すぐさま呼応したのは、うちの力自慢担当である。

 天ぷらおかずに釜めしをガツガツ食べているが、似合い過ぎている。

「僕は買い出しに行きますよ。100キロくらいまでなら持ち運べるかと」

 うん。ベンチブレスの話かな?

 と、普通なら思うところだが、多分彼は普通に持てるだろうね。

 もうさすがに慣れたよ。

 鬼神ムキムキ。


「じゃあ、真奈ちゃんも行ってもらえますか? 鬼瓦くん、結構そそっかしいので!」

「ひどいなぁ、冴木さん」

「こういうのは的確と言って下さい! 真奈ちゃん、お願いしますね!」

「は、はい! わ、私、頑張ります……!」

「真奈さん、重たいものは僕に任せてね」

「は、はいぃ……。た、頼らせて、いただきます、ね!」

 人員と愛情は足りているだろうが、花梨ではないけども確かにこの二人を見ていると、いささ心許こころもとなさを覚えてしまう。

「じゃあ、私も買い出しに行くわ。原付バイク借りられるみたいだし」

「そっか、マルちゃん原付の免許持ってたねっ!」


「公平兄さま、それなんですか?」

「ああ、ポーチドエッグとか言う、よく分からんが美味しい卵だ。ひとつ食べるかい?」

「食べるですー!!」

 うん。可愛い。


「公平せんぱーい? お話、聞きましょうねー?」

 花梨さん。目が怖いっす。

「す、すまん。つい……なっ?」

「…………ちっ」

 氷野さんがすごく大きな舌打ちをする。

「……なんだか不安が残るけれど。冴木花梨、心菜の事は任せたわよ!」

「了解しました! にやけてる先輩からは、あたしが心菜ちゃんを守ります!」

 なんと失礼な言い草だろうか。

 まるで俺が心菜ちゃんをかどわかそうとしているみたいに。

「それじゃあ、わたしたち4人で設営しようねーっ! がんばろーっ!」

「おーっ!!」



「あー、おい毬萌! パスタのソースが垂れるって! よっ! ふぃー、セーフ」

 俺の華麗な手さばきを見よ。

 スカートに落ちようとする真っ赤なソースを紙ナプキンでしっかりキャッチ。

「みゃあっ!? にへへ、ごめんね、コウちゃん」

「ったく、気を付けろよ? 今日の服は白いから、汚れ落ちねえぞ」

「うんっ! ありがと!」

 まったく、油断をするとスキを見せる。仕方のないヤツめ。

 合宿の間も、毬萌のサポートは俺の役目のようである。



 昼食を終えた俺たちは、全員で仕事に取り掛かる。

 最高のバーベキューのために!

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