第73話 心菜ちゃんとお兄さま

 決まった、と言うか、決まってしまった部屋割りに従って、各人が荷物を置いて、少しばかり一息入れることとなった。


 見上げれば、相変わらず、高い天井である。

 高原の空気も相まって、何と言う爽やかな空間だろうか。

 そして、そんなステキ空間に居ると言うのに、この空気の重さは何か。

 原因なんて一つしかないのは分かっているが、それ俺のせいじゃないもの。

 でも、俺が歩み寄らなくてはならない。

 何故ならば、俺は男で、潤滑油マンだからである。



「なんか、ごめんね? 勅使河原さん」

「あ……。いえ、わた、私は別に……平気です……よ?」

 己の運命を呪う修道女みたいな顔をしている勅使河原さん。

 重ねて言うが、俺はまったく悪くないはずであり、それは主観的にも客観的にも間違っていないはずである。

 それなのに、この胸に去来する罪悪感。

 そんな風に儚げな表情をされると、腹の一つでも切りたくなってしまう。


「い、いやー。しっかし、すげぇなぁ、このコテージ。二階まであるし、このスイッチで……よっと」

 天井の装置が作動して、太陽が「おっす」とご挨拶。

「本当に天井が透けるのな! いやー、毬萌が言ってたんだよ。夜は晴れてりゃ星が奇麗だって。今夜はさぞかし天体観測が捗り……あっ……」

 暑苦しいのですぐに再びスイッチをポチる。

「……はい。……そ、そうです、ね」

 自分で喋っている時から気付いていたよ。

 今宵は恐らく手が届きそうなほど満天の星空が夜になれば拝めるだろう。

 だけど、そいつを一緒に見てぇのは、ホワイトアスパラガス、テメーじゃねぇけどなって空気によ!

 

 気まずいってもんじゃねぇぞ!


 何か、楽しい話題に変えよう。

 勅使河原さんが喜びそうな話題を探す。

 彼女の事を余り知らない俺は、彼女が喜ぶ話題も一つしか知らなかった。


「そういやぁ、鬼瓦くん、勅使河原さんがキャンプに来るの、すごく喜んでたよ」

「……え、えっ? ほ、本当、ですか!?」

 良かった、瞳に光が戻って来たよ。

「おう、ホントだとも! 勅使河原さんとは会話が弾むんだと! あの口下手な鬼瓦くんにそこまで言われるんだから、君も大したもんだと思うぜ!」

 嘘じゃないよ。本当に言っていたもの。

 親友として、だけども。

 そこはもう、ボカシて良いじゃないか、この際。

 楽しいところだけ抜き取って、他は無視する。

 これだって、人生を味わうための調味料の一つだと俺は思う。思わせて。

「あ、そ、それは、とっても、嬉しい、です!」

 そして勅使河原スマイル。

 これは守ってあげたくなる。大半の男子はこの表情で落ちるだろう。


「何にしても、部屋割りは残念だったが、合宿の時間は長いんだ! いくらでも鬼瓦くんと一緒に思い出を作れるさ!」

「……は、はい! そう、ですよね!」

「そうだとも! この俺も、微力ながら協力させてもらうぜ?」

 俺の微力が本当に微力な事もこの際無視して頂きたい。



「桐島お兄さん! ジュースもうひとつ飲んでもいいです?」

 二階へ探検に出掛けていた小さな天使リトルエンジェルが帰って来た。

「あー、ダメだよ、心菜ちゃん。これから昼飯だからな。せっかくのご馳走が腹いっぱい食えねぇともったいないだろ?」

「はーい! 分かったですー!」

 うん。可愛い。

「お二階、すごかったですよ! フカフカのお椅子があったのです!」

「そうか、そうかー。多分、星を見る時に使うんじゃないかな?」

「お星さま、今日は見れるですか?」

「天気予報は晴れだったし、それに、心菜ちゃんが良い子にしているから、きっと見られると思うよ?」

「わーいです! お兄さん、一緒に見てくれるですか?」

「もちろんだとも!」

 大気中を漂う今から雲になろうとしている不届きな水蒸気に告ぐ。

 正確には水蒸気じゃなくて、何とかって名前の水滴だった気もするが、今はどうでも良い。

 忠告しておくが、もしも今夜、雲になってみろ。

 俺ぁ、この身命を賭して、生涯お前を呪い続けるぞ。

 毎晩うしこく参りしちゃうからな。良いな、絶対だぞ。



 俺が天空に睨みを利かせていると、心菜ちゃんがシャツの裾を引っ張る。

 もうそれだけで可愛い。

 世の中の大半の事がどうでも良くなる。

「桐島お兄さん、そう言えば心菜、お願いがあるのです!」

「ほほう。なんだい?」

 利き手の四本賭けてギャンブルしろって言われてもお兄さん聞いちゃう。

「あの、桐島お兄さんのこと、公平兄さまって呼んでも、いいです?」

「うん?」

「えっと、心菜、兄さまも欲しかったのです! お兄さんの事、本当の兄さまだと思っちゃ、ダメです?」



 ——地球に生まれて良かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!



「桐島お兄さん?」

「ああ、ごめんね。ちょっとアカシックレコードに感謝をしてたんだよ」

「明石? んー? 誰です?」

「あー、いやいや。こっちの話さ。俺の親友みたいなヤツかな」

「はわわー。桐島お兄さんのお話はいつも面白いです!」

「そうかい? ああ、お願いだったね。もちろん! 好きに呼んでくれ!!」


「やったですー! 公平兄さま!! はわー、ちょっと恥ずかしいです!」


 神様ありがとう。運命の悪戯をありがとう。巡り合えた事が幸せなの。

 本当に、幸せです、俺。



 コテージの呼び鈴がなる。

「コウちゃーん! お昼食べに行こーっ! ……なんで泣いてるの?」

「うん? 毬萌か。なんて言うか、この世って最高だなって思ってたとこだ」

「へぇー? なんかよく分かんないけど、レストラン行こーっ! もうみんな準備できてるよーっ! コウちゃんは良いとして、二人はすぐ出られるかな?」

「……あ、はい。わ、私は、平気です」

「心菜もお腹空いたのですー!!」

 俺も腹ペコだが、何故だか既に心は満たされているよ。



 俺、散々部屋割りに反対していたけども。

 考えを改める必要があるかもしれないね。うん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る