第72話 コテージと部屋割り

 多数決。

 古来より行われてきた、民主主義を代表する協議の一つ。

 それは競技と言い換えても過言ではなく、理論武装した者たちが、反対意見と言う名の刀で相手と鍔迫つばぜり合いをかましながら大衆の目を引き、最終的に多くの大衆をさらった者が勝つと言う、ひとえに戦争である。



 この戦争で勝つには、いかにして浮遊票を取り込むかにかかっている。

「みなさん! これはチャンスですよ! 日頃は年齢と言う壁で隔てられている男子と女子ですが、今日に限っては誰もその垣根を作っていません!」

「そだよーっ! 男子二人の安全性はわたしが保証するし、普段できない事をするのが合宿の趣旨だから、こーゆう冒険があっても良いと思うんだっ!」

 花梨が先鋒に立ったかと思えば、後詰の毬萌が追撃する。

 このコンビネーションアタックはなかなかに強力である。

 普段から天才と秀才で名を轟かせている二人であるからして、どんなに妙ちくりんな論理でも一定の説得力を持ってしまうのは、彼女たちの築き上げてきた信頼の成果。


 しかし、慎重派には壁がある。

「何言ってんのよ、あんたたち! 常識で考えなさいよ! 常識で!!」

 見たか、この強固な壁を。

 普段から風紀を守り、守らぬ者を時には大外刈り、また日を変えては内股で投げ散らかして来たのは誰か。

 こちらにおわす、氷野丸子さんである。

「…………ちっ」

 頭の中でフルネームを考えただけでも、舌打ちを欠かさない様はもはや鉄壁。

 胸部も壁のようならば、たずさえる盾もまた、頂上の見えぬ城塞じょうさいである。


「じゃあ、公平先輩はどうなんですか!?」

「そうだーっ! コウちゃん、黙ってないで意見を述べるのだっ!」

「桐島公平! あんた、分かってるでしょうね!?」

 ここで俺にお鉢が回って来るとは想定外。

 俺は今回、呑気に解説役をしていれば良いのかと思っていたのに。

 えっ、違うの? 俺もどっちかの陣営に立たなきゃダメ?

 心情的にはどんなに屁理屈でも、日頃から仲良くしてくれている花梨と毬萌の後押しをしてやりたい。

 が、反面、至極真っ当な事しか言っていない氷野さんに反旗を翻す意味とは。

 俺はわずかな時間に考えた。

 考えた結果、それが答えだと確信した。


「うん。まあ、あれだな。どっちも聞くべき点はあるな、おう」

 保留である。

 パンケーキのようにふんわりとした受け応えで、妖怪・一反木綿いったんもめんのように隙間を抜けて、上空へと避難するのだ。


「公平先輩にはガッカリです! そんな曖昧な言葉で神聖な議論を濁すなんて!」

「……コウちゃん、昔から、そーゆうとこあるよね」

「これ以上底はないと思っていたけど、底が抜けたわ! 本当にバカね!」


 避難しようとしたら、非難の矢が雨のように降ってきた。

 一反木綿は穴だらけ。まったく酷い事をする。

 その後、俺は心菜ちゃんとあっち向いてほいに興じる。

「はわわー! また心菜の勝ちですー!!」

「いやぁ、はっは! 心菜ちゃんは強いなぁ!」

 だって、怖いんだもの、あの人たち。



 それから十数分。

 心菜ちゃんの「お腹が空いてしまったのですー」と言うセリフでやっと事が動く。

 三人の誰もが「これ以上の討議は無意味」と悟ったらしく、全員で俺を見る。

 もっと早く悟ってくれよと思いながらも口には出さず、俺は頷いた。

 出番である。


「そんじゃ、男女混合の部屋割りに賛成のヤツぁ、挙手!」

「ふんっ。馬鹿馬鹿しい」

 氷野さんの言うとおりである。

「はい!」

 花梨が一票。

「はいはーいっ!」

 毬萌が一票。ちなみに2回「はい」って言ってもカウントは1だからな。

 鬼瓦くんは当然沈黙。

 鬼神だんまり。


 そら見たことかと決議を締め切ろうとしたところ、幼い天使が口を挟む。

「男女混合ってどーゆうことです?」

「えっとですね、お兄さんたちと一緒に夜を過ごせるってことですよ!」

「えー! じゃあ、心菜もそっちが良いですー! はーい!!」

 うん。可愛い。

 けども、思わぬ援護射撃が飛び出してしまった。

 まあ、心菜ちゃんは普段女子中学校で過ごす温室育ちゆえ、その意見は分からないでもない。

 だが、それもここまで。

 勅使河原さんは黙ったままである。

 当然だ。彼女ほど慎み深い淑女が、このような提案に賛同するはずが——

「は、はい……」

 ——なはぁぁぁん。



「じゃあ、部屋割り決めるぞ」


 男女混合の。


 どうしてこうなった。

 4対3。民主主義の悪意が牙を剥く。


「はい! 公平先輩、一緒の部屋にしましょう!!」

「コウちゃん! わたしとだったら気兼ねしなくて良いよねっ!?」

 俺、突然の人気物件にクラスチェンジである。

「あー、じゃあ心菜も桐島お兄さんと一緒にするですー!!」

「はあぁっ!? そんなの、私も同じ部屋にするわよ!!」

 あかん。俺の部屋、パンクしてまう。

「分かった! 分かった!! じゃあ、こうしよう! なっ?」

 こうなってしまうと、取り得る策は一つである。

 みんなが論争している間に、俺は備え付けのアメニティの中から綿棒を発見し、ペンを片手に1人で工作タイム。

 自分の手先の器用さにうっとりしながら、アイテム完成。



「ほら、みんな! くじで決めよう! 同じマークのヤツが同じ部屋! それで良いだろ? つーか、もうそうしてくれ! 俺ぁ腹が減ったよ」


「むう。良いでしょう。あたしは構いませんよ!」

「コウちゃんと同じ部屋になるパターンは……うん、うん。わたしも平気っ!」

「くじ引き楽しそうですー!」

「僕も異存ありません」

「わ、わた、私も、皆さんが良いのなら」

「それなら、くじは私が持つわ! 桐島公平が細工していないとも限らないもの!」

「ひでぇ言いがかりだが、まあそれで氷野さんが納得するなら任せるよ」


 準備は整った。

「私の合図で引くのよ! ……せーの!!」



 どうしてこうなった。


 再び牙を剥く民主主義。

「そんなー。こんなはずじゃ……」

「うーっ。確率は時として非情だよぉーっ」

「ゔぁぁぁああぁ!!」

「楽しみですー!」

「……はあ」

「なんてことなの! でも、私が仕切った以上……きぃぃっ!!」



 結果発表。

 コテージA。俺。心菜ちゃん。勅使河原さん。

 コテージB。鬼瓦くん。氷野さん。

 コテージC。毬萌。花梨。



 ヘイ、ゴッド。

 ちょっとだけ教えて欲しいんだけどさ。これ、誰か得してる?

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