第71話 毬萌と花梨と悪だくみ

 鍵を受け取った俺と毬萌はみんなの元へと戻る。


 ここで取るべき選択肢は二つ。

 すぐ隣にあるレストランで昼食にするか、一旦コテージまで行って荷物を置いて身軽になるか。


 電車の中で鬼瓦くん特製のフルーツサンドをご馳走になっているとは言え、朝飯を抜いた俺は結構な勢いで腹が減っている。

 が、しかし、俺は敢えて「一度コテージに行くか」と提案した。

 俺の荷物なんて、肩掛けバッグ一つしかないので物の数ではないが、女子に視線を移せばこれはもう大荷物である。

 俺のような無頼漢ぶらいかんには分からぬ女子の必需品で溢れているだろう。

 なに? ホワイトアスパラガスのくせに無頼漢を気取るな?

 良いだろうが、心はいつでも無頼漢なんだ、ヘイ、ゴッド。


「ふん。あんたにしては気が利いてるじゃない」

 この氷野さんのコメントだけ切り取っても、いかに俺が正解のルートを選んだかが克明に刻まれている。

 氷野さんがちょっとずつサイヤ人の王子みたいな物言いになってきた気がするけども、それは照り付ける太陽のせいかな。



 さて、俺たちが宿泊するのはテントではなくコテージである。

 もちろん、テント宿泊についても生徒会内で侃々諤々かんかんがくがくの論争を繰り広げた。

 自分たちで立てるテントの中で寝袋にくるまって寝る。

 これは相当な達成感があるだろうと考えるに、俺はテント案を当初は推した。

 その計画がとん挫したのは、一つに女子陣の意見がある。

「コウちゃんテント、立てられるの? 昔行ったキャンプではすぐ諦めて、川で水切りして遊んでたよねー? しかも、水切りもできなかったような気がするんだけど?」

「毬萌先輩、そんな言い方しなくても! 公平先輩だって、鬼瓦くんの補助くらいできますよ!」

 軽く心が折れるレベルに芯がグラついていたところ、パンフレットの情報が頭の中に流れ込んできて、「テントなんぞ時代遅れだ!」と豪語した男。

 俺である。



 花祭ファームランドのコテージは、大小合わせて150もの数が立ち並び、その中でもワンランク上に位置するのが、ここ、ロイヤルゾーン。

 見た目はナメック星人の家みたいで、正直「大丈夫か、これ」と懐疑的な目を向けていたが、中に入ると俺はその痩せた考えを改めざるを得なかった。


 高い天井。シャンデリアがこんにちは。

 真っ白な壁。オシャレなランプがおいでませ。

 フカフカのベッドに、低反発なソファー。

 おまけにアジッサの苗木かもしれないが、観葉植物まで完備。


「わわわー! すごいのですー!!」

「ホントにな。すごいのですだわ、こりゃあ」

 心菜ちゃんと一緒に目を丸くしているのは俺。

「本当ですねー! なんだか家にいるみたいです!」

 花梨は親近感を覚えたらしく、高評価。

 うん。君の家には似た感じのシャンデリアがあったね。

 俺の家かい? LED? はは、普通に蛍光灯だけど?

「去年はわたしもビックリだったよーっ。相変わらずだねーっ」

「噂には聞いていたけど、学園長の道楽ってレベル越えてないかしら」

「す、すごい、ね? た、武三さん?」

「ゔぁぁあああぁぁ!!」

 みんなそれぞれ感想を言い終わったところで、するべき事がある。


「さてと、それじゃあ」

「わあーっ! みんな、冷蔵庫にジュース入ってるよーっ!」

 そうだね。毬萌は言う事を聞いてくれないね。

 でもさ、ジュースも良いけど、やるべき事があるよね。

「あのな」

「ジュース飲む人ーっ!?」

「はーいですー!!」


「聞けよ!!」

「ジュース、飲んじゃダメです?」

 潤んだ心菜ちゃんの目が俺を襲う。

 うん。ジュースを飲もう。



 ひとしきり全員の喉が潤ったところで、やっと本題に入れる。

「部屋割りを決めようと思う」

 与えられたコテージは3つ。

 ベッドの数が1つのコテージに3人分なので、俺たちは3組に分かれる必要がある。

「まー、ここのコテージは俺と鬼瓦くんで使うとして、残りの2つを5人で良いように分けてくれよ」

 俺は鬼瓦くんと「俺たち男2人だけだから、伸び伸び使えるね、うふふ」と、今夜の枕投げの打ち合わせをしていると、花梨がテーブルを叩いて立ち上がった。

 そして声高に叫ぶのである。



「あの、別に男女で分かれる必要ってなくないですか!?」



 ちょっと何言ってるのか分からない。

 これは花梨としたことが、ちょいとジョークが滑ってしまったなと思っていると、思いもよらぬ方向へ話が舵を切るのだから、見てらんない。


「そ、そうだよねー。別に、公式の行事じゃないんだから……ねーっ?」

 毬萌まで賛同すると言う理外の展開。


 ちょっと待て。

 お前、常識はなくとも良識はあったはずだろう。

 俺たちゃ小学生じゃないんだぞ。

「いくらなんでもそりゃ、色々とまずいだろ」

 わざわざ口に出すまでもない事を、わざわざ口に出す俺。


「そうよ! あんたたち、気は確か!? そりゃあ、見た目がヒョロヒョロしている桐島公平と、中身がナヨナヨしている鬼瓦武三が人畜無害なのは認めるけど!」

 氷野さん、それは信頼してくれているのかい?

 それとも暗にディスっているのかな?


「せ、せっかくの機会なので、男女の分け隔てなく、親睦を深めたいと思うんです! ね、毬萌先輩!?」

「そ、そうだよーっ! こんな機会、めったにないもんねーっ」

 普段、俺たちの頭脳となり働いている天才と秀才がまさかのご乱心。

 しかし、俺にだって普段から個性まみれの連中を纏めてきた実績がある。


「それなら、多数決で決めようぜ?」


「良いですよ!? みなさんも、それで良いですよね!?」

「もちろんだよーっ。民主主義は絶対だよっ」

 花梨と毬萌も承諾。

 まさか、勝算があるとでも?

 何を考えているのかは知らんが、これで俺の目論見通りである。

 はかりごとでは俺とて負けんよ。



 高校生の男女が八百屋で大根買うみたいに簡単に一つ屋根の下で夜を過ごしてたまるものか。

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