第69話 キャンプ場と全員集合

「おお! 良いところじゃないか!!」

 思わず漏れた感嘆の声。



 秋刀魚山にいくつか点在するキャンプ場の中でも、花祭ファームランドは一等地に城を構えており、まず景色が素晴らしい。

 坂道を登ってくるのは少々疲れたが、街が一望できる。

 そして、キャンプ場なのに豪華なレストラン、各種アミューズメント施設、一日では入りきれない種類の温泉、等々。

 もう、今こうやってエントランスホールで案内板見ているだけでワクワクしてくる。

 足元はフカフカの絨毯。柱は大理石だろうか。

 何と言う豪華ないらっしゃいませ。

 来たばかりなのにもう帰りたくなくなってくる。

 この施設が全てタダと言うのだから、かのチョビ髭大明神も太っ腹である。

 もう学園の中庭にある学園長の銅像を見て「やだ、自己顕示欲高過ぎ!?」とか言うのはヤメようと決意した。



「とりあえず、ここで全員集合するのを待つんだよな?」

「そだよーっ! 約束の時間はお昼だったから、もう少しあるねっ!」

「三人はどうやって来るんだっけか?」

「真奈ちゃんはお母さんに連れて来てもらうって言ってましたよ! キャンプは初めてで緊張するって! ちょっとラインで今どこか聞いてみますねー」

「冴木さん、その必要はないよ」

「何言ってるんですか、鬼瓦くんは。ちゃんとナビしてあげないと、真奈ちゃんが迷子になっちゃうでしょ!?」

「うん。その心配はないかな」


 どうした鬼瓦くん。

 ついに紫色の血が流れる本当の鬼になってしまったのか。

 人情派の鬼を名乗るには、あまりにも冷たい言葉。


「だって、ほら、あそこの柱の陰に」

 鬼瓦くんの指さした先には、確かに麦わら帽子の女子がいる。

 正直、顔が隠れてしまっているし、あれが誰だか俺には判別できない。

「おおーい! 真奈さん! こっちへおいでよ!!」

「ちょっ、鬼瓦くん! 人違いだったら悪いぞ!」

 そんな大きな声で呼びかけて、ご迷惑ではないか。

 ほら、わざわざ帽子を取るってことは、やっぱり別人なのでは。

「あ、あの、えと、み、皆さん、お疲れさま、です!」


 間違いなく勅使河原さんであった。


「す、すごい! いつから気付いてたんですか!? 鬼瓦くんのクセに!」

「ひどいなぁ、冴木さん。ここに着いた時にはもう居たよ、彼女。すぐに分かったもの」

「だったら早く声かけてあげれば良いでしょう!?」

 その点に関しては、俺も花梨と同意見である。

「た、武三さん。み、見つけてもらえて、嬉しかった、です」

「僕は昔からウォーリーを探せが得意だったからね!」


 これはいけない。

 せっかく勇気を出して積極的な発言をした勅使河原さんを、鬼瓦くんってば。

 鬼神うっかり。

 ここは先輩としても見過ごせぬ。

 フォローだ。フォロー。


「おいおい、鬼瓦くん! 鈍感だなぁ! 勅使河原さんは、君に見つけてもらえて嬉しかったんだよ! はっはっはぁ痛いっ」

 毬萌に背中をペシンと叩かれた。


「なにすんだよ、毬萌! このやひゅん」

 今度は花梨に小脇を突かれた。


「聞いた、花梨ちゃん? コウちゃんが、鈍感とか言ってるよぉー」

「聞きました。まさか、公平先輩の口からその言葉が出るなんて」

「ねぇー?」

「はいー」

「何だよ、二人して。俺が何かしたってのか?」


 ジト目の光線が俺を襲う。

 事情は分からんが、黙っているのが賢者の選択であると愚考する俺。



「はわー! お兄さまー! お姉さまー! お待たせしましたですー!!」

 テテテと駆けてくる心菜ちゃんが視界に入って、心が和らいだ。

 そんなに慌てて転ばなければ良いが。

「やーっ! 心菜ちゃん! こんにちはーっ!」

「毬萌姉さま! それから、花梨お姉さんと桐島お兄さん、鬼神お兄さん! 今日は、お招きいただき、ありがとうですー!!」

 うん。可愛い。

「はぁー! 礼儀正しい心菜ちゃん! 可愛すぎですね!」

「うむ! これはもう、一種の兵器だな!」

「あの、僕の事かな? 鬼神って……。うん、良いんだけどね、怖がられていないなら。でも、鬼神って?」

 それはそうと、天使の守護者ガーディアンがいないではないか。

 こんな風に心菜ちゃんを見て顔をほころばせていると、女型めがたの巨人みたいに走り寄ってきて蹴りを繰り出す、守護者ガーディアンはどうした。

「心菜ちゃん、お姉さんは? 一緒じゃないのか?」

「一緒です! お姉さまー! こっちですよー!」


「うぅえぇ……。こ、心菜、一人で行っちゃ、ダメでしょう……」

 女型の巨人、死にそうなんだけど。


「どうした、氷野さん! 誰かにうなじを切られたか!?」

「……あんた、人が弱ってる時に。覚えてなさいよ、桐島公平……」

「まあ、とりあえず荷物を持つよ」

 氷野さんのリュックサックを受け取っていると、毬萌もやって来た。


「あちゃー。やっぱりマルちゃん、ダメだったんだねぇー」

「……こ、このくらい、30分もすれば、治るから、平気よ!」

「氷野さんに何があったんだ?」

「にははっ。あのね、マルちゃん乗り物にすっごく弱いんだよぉー。だから、お姉さんに車で連れて来てもらったはずだけど、やっぱり山道で酔っちゃったんだねぇ」

「誘ってもらっておいてこんな事言うのはアレだけど、ここ、道がグネグネし過ぎじゃないかしら?」

 そう言われて思い出せば、確かに電車の中から見た景色は、マリオカートの中難易度のコースくらいにうねっていた。

 道中バナナの皮でもあれば大惨事。

 俺たちは秋刀魚山駅で下車したら割とすぐに到着したから意識していなかったが、ふもとから延々と車に揺られていれば乗り物酔いくらいするかもしれない。



「あ、その、ひ、氷野先輩! こ、これ、ハーブティー、です。その、わ、私も車に弱いので、母が持たせてくれたんです、けど。少しは気分が良くなる、かも、です」

 勅使河原さんが控えめに駆け寄り、水筒からお茶を注いだ。

 ちなみに、彼女と氷野さんはこれがファーストコンタクトである。

「……ありがと。あんたが、勅使河原真奈ね。……この借りは、学園に戻ったら必ず返すわ。……お茶、美味しいじゃない」



 これが戦争映画だったら、次に場面転換したら氷野さん多分死んでるな。

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