第68話 生徒会と電車旅

 夢ならばどれ程良かったでしょうか。

 この入りはかつて使ったことがあり、二番煎じである。

 横着おうちゃくをするな?

 ならば聞くが、酸素ボンベもないのに、小粋な導入を思いつけと?

 そいつはいくらなんでも無茶が過ぎるぜ、ヘイ、ゴッド。

 お前、結局最後まで翼を授けてくれなかったじゃん。

 次からはもう神なんかには祈らない。

 大人しく、レッドブル飲む。



 空前絶後の醜態を晒した俺である。

 ごきげんよう。

 それでも空が青いのは、地球にとって俺がちっぽけな存在の証拠。

 ならば、そんな俺の晒した醜態なんて、本当にちっぽけなものさ。


「あひぃ、はひぃ、ゔぉあぁぁ、んひぃぃ」

「コウちゃん、しっかり! 大きく息を吸って吐くんだよーっ!」

「あたし、背中さすりますね!」

「ぎりじばぜんばぁぁぁい!! がんばっでぇぇぇ!! がんばれぇぇぇぇ!!」


 嘘。もうね、大惨事。

 近くの乗客の皆さんは思うだろうね。

 急に産気づいた妊婦さんかなって。

 すみません。ただの酸欠起こしたホワイトアスパラガスです。

 宇宙船地球号の貴重な空気を今、盛大に取り込んでおります。

 本当にごめんなさい。空よ大地よ、草花よ。

 途中、車掌さんが何事かと様子を見に来る始末。

 毬萌と花梨が上手く応対してくれて本当に助かったよ。

「すみませんっ! コウちゃ……この人、ビックリするくらい体力がないんですっ! それなのに張り切って走っちゃったので……」

「ホントにそうなんです! すっごく虚弱な人で! ご迷惑をおかけしてごめんなさい! えっ、あ、顔色ですか!? 大丈夫です、普段から悪いので!!」

 ただね、言い方。

 誰かー。オブラート持って来てー。

 一箱じゃ足りないからー。段ボールごと持って来てー。



 それから20分が経ち、俺の脈拍と呼吸が正常値に戻り、死ぬ寸前のブチャラティみたいになっていた姿勢もなんとか椅子に座れるまで回復を見せた。



「何と言うか、みなさま、本当にこの度は申し訳ありませんでした!」


 不死鳥フェニックス土下座である。

 いやお前男として死んだままじゃんと言う神のツッコミが聞こえてきそうである。


「まあまあ、どうにか間に合った訳ですし、大丈夫ですってば!」

 優しい花梨。心がとろけそう。良い子だなぁ。

「どうぞ、先輩。先ほど買っておきました。午後の紅茶です。甘いヤツです」

 優しい鬼瓦くん。血糖値の心配までしてくれて。鬼神にっこり。

「普段わたし達を助けてくれてるからねっ! 今日は大目に見てあげようっ!」

 優しい毬萌。なんだかんだ、お前はいつも俺の味方だよ。

「俺ぁ、なんて果報者なんだ……。みんな、すまねぇ!」



「見て、ママー! さっきの死体みたいな人、生き返ってるー!」

「こら、ダメでしょ坊や。死体を蹴るようなこと言っちゃ!」

 子供って言うのは本当に残酷な生き物だね。


「き、桐島先輩! 朝ごはんまだですよね!? 僕、フルーツサンドを作って来たので、よろしければ! さあ、お二人も!!」

 生クリームと桃とキウイが挟まったサンドウィッチはとても美味。

 なんでも、隠し味にイチゴのジャムをクリームに混ぜてあるとか。

 そのひと手間がなかなか凡人には出来ないものだと感心。

 そして、カロリーが、疲労と主に心の傷を修復しようとしているようであった。

 更に1時間ほど電車に揺られると、俺の醜態の目撃者もいなくなり、車内は静かに。



「毬萌先輩、キャンプ場って駅から結構歩くんですか?」

「んーん、近くだよっ! 徒歩10分ってとこかなぁー?」

「結構近いですねー! でも、先輩ズルいですよね、2年続けて豪華キャンプ!」

「んー。でも、去年はあんまり楽しむって感じじゃなかったんだよねぇー」

「そうなんですか? じゃあ、今年はたくさん遊びましょうね!」

「うんっ! いっぱい思い出を作って帰ろうねーっ!」

「僕のような者が、皆さんと合宿に行けるなんて……信じられません!」

「何を言っているんですか! あなたも生徒会役員でしょう!」

「そだよーっ! 武三くんがいなくなったら生徒会は潰れちゃうよっ!」

「ゔあぁぁっ! 感激でず! ゔでじいでずっ!!」


 みんなの楽しい空気に冷や水を浴びせる事がなかった。

 それだけが救いである。

 しかし、のっけから良くないハッスルを散々見せた俺が会話に加わって良いものか。


 そんな空気を察してくれる、最高の仲間がそこには居た。



「ほら、公平先輩! 元気出してください! 出番ですよ!」

「桐島先輩。こういう時は、いつも先輩がまとめるじゃないですか!」

「にははっ、コウちゃん、頑張れー」

 そうだ。

 今日は待ち焦がれた生徒会合宿。

 2泊3日の楽しい旅行。

 スタートダッシュは失敗したが、苦しいダッシユは既にこなした。

 あとは楽しいことだけを考えれば良いのだ。


「おう! みんな、最高の3日間にしようぜ!!」

「「「おーっ!!」」」


 なにはともあれ、天候は晴れ。

 波は高いが乗りこなせ。

 楽しみかって? 野暮な事聞くなよ、ヘイ、ゴッド。

 楽しみしかないに決まっているだろう!!


「先輩、足は大丈夫ですか?」

「よく聞いてくれた鬼瓦くん。実はもう、湿布を貼ってある!」



 この桐島公平、両足を負傷することくらい想定の範囲内である。

 出遅れたからには、きっちり勘定分取り戻させてもらう所存。


「見て、ママー! さっきの死体みたいな人、元気になってるー!」

「よく見ておきなさい、坊や。あれが優しい社会の縮図なのよ」



 注文を付ける事が叶うなら、一つだけ。

 あそこのママとキッズ、早く電車から降りてくれねぇかなぁ。

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