第64話 花梨と反抗期

「ちょっと公平先輩! ゴール寸前で赤甲羅投げてくるのズルくないですか!?」

「ふふ、勝負にズルも汚いもないのだよ」

「あー、ひどいですー! もう一回です! もう一回!」

「はっはっは、良かろう」



 良くないよ、何やってんの、俺。



 とりあえず落ち着こうと思って顎に手を当てたものの、結局何も思いつかないでいると、花梨に「先輩! ゲームしましょう!!」と誘われ、気付けばこの有様。

 これはもう、マリオカートの魅力にも多大な責任があると思われたが、それ以上に俺が浮かれていた事が大きい。大きすぎて震える。


 自分の部屋に女子がいる。

 しかも部屋着のリラックスモード。

 男子高校生なら誰だって憧れるシチュエーションではないか。

 それが可愛い後輩だったら是非もなし。

 毬萌? あいつは呼んでもないのに気付けば普通に居るからな。

 ノーカウントで。

「やだっ、もぉー、せんぱーい!!」

「はっはっは」


 だからと言って、問題の棚上げはよろしくない。

 俺は花梨を三度目の赤甲羅の餌食にしたところで、一旦コントローラーを置き、彼女と向き合った。

「なあ、花梨。やっぱよくねぇと思うんだが」


 彼女にも問題と向き合って欲しい。

 そして、出来るならその手助けをしてあげたい。

 マリオカートしてたのに何シリアス顔してんだって?

 その事はもう一旦脇に置こうって話になったじゃないか、ヘイ、ゴッド。


「あたし、帰りませんからね!」

「お父さん、きっと心配してるぞ?」

「してないですよ! あんな分からず屋、知りません!」

 時計は午後九時を過ぎたところである。


「ちょっとだけ話をしてみるってのはどうだ? ほら、少し時間が空いたから、お互い冷静になってるんじゃねぇかな?」

「なんで先輩はあたしを帰らせようとするんですかー? もしかして、お邪魔でしたか?」

「んなことあるか! それは、お前が大切だからだよ。その大切な花梨がお父さんと喧嘩したままってのは……なぁ?」

「公平先輩……」


「まあ、俺は部外者だから、家の事に口出すなって気持ちも分かるが」

「……もぉー、分かりました、分かりましたよ! 先輩が言うなら」

 鞄からスマホを取り出す花梨。

「うわぁ、着歴、パパで埋まってます……」

「なっ? お父さんだって反省してんだよ。ここは娘が折れてやろうぜ?」

「むぅ……。はぁーい」

 そして冴木家の親子電話が始まった。



「はあ!? 悪いのはそっちでしょ!?」


「意味分かんない! 何それ!?」


「別にどこに居たってあたしの勝手でしょ!? いいもん、別に!」


「はいはい! じゃあ切るから! ふんっ!!」



 そして冴木家の親子電話は終わった。


 結果を聞くのが野暮に思えるほどの大乱闘であった。

 花梨でもこんなに感情的になるんだなぁ、やっぱり子供っぽいところも可愛いなぁ、などと、呑気な事も言っていられない。

 どうしたものかと考えていたところ、花梨のスマホが震えた。

 花梨パパ、翻意してくれたか!

 彼女は仏頂面で通話ボタンを押して、そのままスマホを俺の耳へ。



 俺の耳へ!?



「はい! 先輩! あとはテキトーにお願いします!」

 えっ、えっ!?

 人間、咄嗟の判断は習慣に沿ってしまう生き物なのだ。

 電話を耳に当てたら、反射的にこう言ってしまうのだ。


「も、もしもし?」


「誰だ、貴様ぁぁぁぁぁぁっ!!」

 耳をつんざく怒号。そりゃあそうなるよ。

 誰かー。助けてー。




「ほほう、貴様か、うちの娘をかどわかした馬の骨は」


 どうしてこうなった。


 俺は冴木家のくっそ広い客間で、もの凄く縮みあがっている。

「ヤメてよ、パパ! 公平先輩のこと悪く言わないで! それに、先輩の家にはあたしから行ったの!!」

 

 娘を案じる花梨パパにうっかりテレホンショッキングのノリで応じてしまった俺は、有無を言わさぬ迫力に負けた。

 さらに「警察を呼ぶぞ」とまで言われて、成す術もなく、「いいからうちに娘を連れて来い」という要求を飲む以外に道はなかった。


「花梨ちゃん! 言ってるでしょ、付き合う相手は選びなさいって!」

「そうやって価値観押し付けてくるのもヤメてよ! ウザい!!」

「ぐっ……。貴様、何か言わんか!!」

 言いたくないなぁ。

「お父さんって娘さんを花梨ちゃんって呼んでるんですね。はは、可愛いなぁ」


「貴様ぁぁぁっ! ワシをお義父さんと呼ぶなぁぁぁっ!」

 ほらね、こうなるんだもん。その字では呼んでないっす。


「あたしは自分の好きな人と、自分の好きなように生きるの! おうちの事とか知らないもん! パパがどこかで男の子拾ってくれば!?」

「なんて事言うのよ、花梨ちゃん! うちの子は花梨ちゃんだけだってば! パパがちゃんとした旦那さん見つけてあげるから」

「ちゃんとしたってなに!? 先輩はちゃんとしてるもん! 今だって、パーカー貸してくれたもん!」

「そうなのか、貴様ぁぁっ!? 大きめのパーカー可愛いけど、貴様のなのか!?」

「そうだよ! 先輩はいつでもあたしの事助けてくれるし! あたしの恩人なんだよ!?」

「あっ、そうなの? ごめんね、パパ、言い過ぎたよ。すまんな、貴様」

 ここまで二人の会話を聞いていて、分かった事がある。



 これ、アレだ。ただの反抗期だよ。



 普通に喋ってるし、普通に意思疎通できてるし、しかも交渉の余地があるのに花梨が自分から無視しちまうもんだから進展しない。

 仕方がない、動くか。

 怖いけども。


「あの、お父さん。ああいや、冴木さん」

「なんだ貴様、ワシに意見する気か!?」

「はい。失礼を承知で。花梨さんは、内心では冴木さんの事をとても大切に思われてますよ」

「先輩、何言ってるんですか!」

「おう、ちょっと待ってなさい」

 花梨の頭を撫でると、花梨パパの視線が獣のようになる。怖い。


「お嬢さんはとても利発で賢いですが、年相応に幼さもあります。だから、父親に反発してしまうんです。けれども、彼女はちゃんと戻ってきましたし、今もこうして冴木さんとの交渉のテーブルについています」

「ぬう……」

「俺も経験ありますが、親に訳もなく逆らってみたくなる年頃ってあるもんです。お嬢さん、俺の家に居る時も、何度かスマホを確認していましたよ」

「本当かい、花梨ちゃん!?」

「し、してないし!」


 空気の緩和する気配を察知。

 花祭学園のミスター潤滑油じゅんかつゆこと、俺の総仕上げを見よ。

「断言できますが、お嬢さんは世界で一番お父さん想いの娘さんですよ」


「ぐぬぅ……」

「花梨も、別にお父さんの事、心の底から嫌いな訳じゃないだろ?」

「うっ……。ま、まあ、そんなには……ですけど……」

「ここは俺がお二人の代わりに頭を下げますんで、これで手打ちにしませんか? 娘想いの父親と、父親想いの娘がいがみ合うなんてもったいねぇっす」


 そして、俺の必殺技、不死鳥フェニックス土下座である。

 この謝罪スタイルを見た者は、振り上げた拳の行き先を見失う。


「ごめんね、花梨ちゃん。パパ、もっと花梨ちゃんの話を聞けば良かったね」

「もぉー。いきなり謝らないでよ! ……あたしも、ちょっとだけ、ごめんなさい」

 親子の絆が再び繋がった瞬間であった。

 同時に、俺が家に帰れる瞬間でもあった。

 『翔んで埼玉』、待たせてごめんよ。

 今すぐ帰って続きを見るからね。


 「では俺はこれで」と退室しようとしたところ、花梨パパの腕が伸びる。

 ダルシムかな?

「貴様、名は何と言ったか?」

「き、桐島、ここ、公平です」

 通報だけは勘弁して下さい。

「……ふんっ。悪くない名だ」

 ほえ?


「認めよう。娘との交際を。……次に来た時には、帝王学の基礎を教えてやる」



 ……どうしてこうなった。

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