第60話 毬萌と相合傘

「にははっ、雨降らないで良かったぁー!」

「いや、今にも降り出しそうじゃねぇか」

「そうだけどぉー。でも、きっと大丈夫だよ! 日頃の行いが良いからっ!」

「昨日の晩飯に出た奈良漬けを残したのにか?」

「みゃっ!? な、なんで知ってるの?」

「ふはは、俺の情報網も捨てたもんじゃなかろう。朝、お前を待ってる時におばさんから聞いたんだよ。貰い物の奈良漬けを毬萌が食わなかったーって」

「だ、だってぇー。あれ、くさいんだもんっ!」

 ヤメろ。そんなストレートに文句を言うな。


「あの匂いも含めて美味いのに。このお子様め」

「ぶぅーっ。いいもん、お子様で! 奈良漬け食べなくったって平気だもんっ」

 また子供みたいな屁理屈を言う。



 さて、俺たちは学校から1キロほど離れたところにあるスーパーへ向かっている。

 理由はもちろん、生徒会室の食料品の買い出しのためである。

 別に俺一人で良いと言ったのに、毬萌と花梨が一緒になって同行を申し出た。

 鬼瓦くんだけに仕事をさせる事態になってしまうので「やっぱり俺一人で良い」と言うと、二人に揃って「お前の意見は聞いてねぇ」と言われてしょんぼりした。


 数分前の出来事である。

「じゃあ、毬萌先輩。恨みっこなしの勝負ですからね!」

「いいよぉー! じゃんけん……ぽんっ!」

「くぅぅ! そんなぁー」

「やたーっ! 勝ったよぉー!」

 こんな真剣にじゃんけんをする人たちを俺は岸部露伴しか知らない。


「せ、先輩! もう一回、もう一回だけお願いします!」

「んもー、しかたないなぁ! じゃあ、次にわたしが勝ったら決まりだよ?」

「はい! じゃんけん……ぽん!」

「みゃっ!?」

「やったー! 勝ちました!!」

「ま、待って! 3回勝負! 3回勝負だよ、花梨ちゃん!」

「しょうがないですね、受けましょう」


 ねえ、もうこの間に俺が行ったら済む話じゃないの?

 天気も怪しいしさ。

 二人は心ゆくまでじゃんけんしてなさいよ。


「やたーっ!! わたしの勝ちだね、花梨ちゃんっ!」

「うぅぅ! 分かりました、あたしの負けです……。今回は毬萌先輩に譲ります」

「にへへっ、ごめんね! 花梨ちゃん、お土産買ってくるからねっ」

「くすん。美味しいヤツお願いします」

 結局5回勝負までもつれ込んだじゃんけん対決は、毬萌が制した。

 こんな茶番劇は、リアル野球盤くらいでしかお目にかかった記憶はない。



「さあーっ、お買い物だよっ! まずはねー、ミロ!!」

 何の迷いもなくミロの詰め替え用を持ってきおった。

 まあ、瓶入りのヤツ持ってこなかっただけ良いか。

 仕方ないので俺は頷く。


「あとは、ほうじ茶も買わねぇと。……ん。んん? いつものヤツより安いのがあるな。いや、しかし、あんまり見ねぇメーカーだ。ううむ、どうしたもんか」

「そんなのどっちでも一緒だよっ」

「お前は自分が関係ないと判断した途端に適当なこと言うなよ!」

「だってぇー、渋いんだもんっ」

「来客には基本ほうじ茶出すんだから、不味いもんよりは少しでも美味い茶を出してやりたいだろ」

「おおっ、コウちゃんが急に副会長みたいな事言ってる!」


 バカ野郎。誰はばかることなく副会長だよ。

 そもそも予算ピッタリしか鬼瓦くんがお金くれてないんだから、コストパフォーマンスを重視するのは当然だろう。

 鬼瓦くん、1円たりとも不足を許してくれないからな。

 鬼神きっちり。


「まあ、ここは無難にいつものヤツにしておくか。安定志向が最強なんだよ、毬萌。おい、聞いてんのか……」

 いない。

 なんで毬萌すぐいなくなってしまうん?


「コウちゃん、大変だよーっ!」

 ああ、戻ってきた。


「どうした? 万引きGメンにでもマークされたか?」

「ちーがーう! 見てこれ、チョコパイ!! 安売りしてたっ!!」

「おまっ、チョコパイはなしだろ」

 誤解のないように言わせてもらうが、俺はチョコパイ大好きである。

 さる北の国では闇取引すらされると言うチョコパイの魅力は、もはや俺がさかしげに語る事もあるまい。

 幸せの黒い塊と呼んでも過言ではない悪魔的なお菓子である。


「えーっ、なんでぇー!? おいしーじゃん! わたし食べたいっ!」

「駄々っ子か! 見てみろ、さっきから電卓で計算してるが、今回の飲食予算は1600円なんだぞ。ミロとほうじ茶買ったから、残りはだいたい800円くらいか」

「じゃあ、買えるねっ! やたーっ!」


「おい、天才のスイッチを勝手に切るんじゃねぇ! お前なら考えるまでもないだろ!? その徳用パック1個買うと、もうほとんど茶請けが買えないんだ!」

「へ、へぇー。わたし、ちょっと数字は苦手だから、分かんなかったなぁー」

 8桁までなら暗算でイケると言うチート能力は、既に生徒会だけに留まらず、外部にも伝えられている毬萌を構築する情報の一つである。


「仮にチョコパイ買ったとしたら、残りがせんべいとかばっかりになっちまうだろうが。これから梅雨だぞ!? 湿気しけるわ!!」

「ぬっふっふー。そう言うと思って、じゃーん! これ見て!」

 毬萌が持っていたのは、ぽたぽた焼きであった。

 それも3袋も。


「これなら、個別包装だから湿気らないし、量も充分1ヶ月もつよ!!」

「お前、そこまで全部計算して今まで話してやがったな? 天才スイッチ切ったふりとか、たちの悪い事を覚えやがって」

 計算してみると、残高がぴったり150円だった。

 しかも消費税を含めてである。

 たかがチョコパイ食いたいだけなのに、そんな事でチート能力を使うな。

「よーしっ、レジにゴーだよ、コウちゃん!!」



 エコバッグに商品を詰めて自動ドアを潜ったらそこは——。

 大雨であった。


「日頃の行いがどうしたって?」

「あうぅ、こんなはずじゃなかったのにぃー」

「奈良漬けの呪いだな。待ってろ」

 ダッシュで再入店。

 そしてダッシュで再退店。早業である。


「ほら、お前はこれ使え」

「あーっ、傘だ!」

「残った150円で買える傘だったから、一人で入るのもキツイけどな」

「えーっ!? じゃあ、コウちゃんは?」

「俺ぁ走って帰るよ」

「てぇいっ」

「痛いっ!? 何すんだよ」


 毬萌チョップが俺の肩を叩いた。

「コウちゃんこないだ風邪ひいたばかりでしょ! 一緒に入って行けばいいのだよっ!」

「どうやって……Oh」


「あーっ、コウちゃん、肩濡れてるよ!」

「このくらい平気だって」

「ダメダメ、もっとくっ付かなきゃだよっ!」

「ただでさえ密着してんのに、これ以上くっ付いたら歩けねぇよ」

 俺と毬萌は、狭い100円傘で相合傘をしている。


「じゃあ、コウちゃんの左手に荷物持ってー! それで、わたしがこうっ!」

「おうっ!? いや、お前それは」


 もう腕を組むレベルではない。

 コアラスタイルである。腕にしがみついている。

 半袖の雨で冷えた肌に伝わる温もりが、俺の理性と絶賛チャンバラ中である。


「これならどうだーっ! コウちゃんも濡れないし、わたしも濡れないのだっ!」

「おう、まあ、な」

「どしたの、なにか変かな?」

 それを男の俺に言わせるなよ。そりゃあ、言うけども。


「毬萌よ、一応言っとくけど、お前、めっちゃ胸が当たってんぞ」

「みゃああっ! 言わないでっ! わたしだって分かってるよぉー!! でもでも、仕方ないじゃん! コウちゃんのエッチ!!」

 今回は別に、コウちゃんエッチじゃねぇだろ?

 不可抗力だし、何ならお前から押し付けて来てるんだし。

 お前なら分かるはずだ、ヘイ、ゴッド。



 どうにか生徒会室へ帰りついた俺は、温かいほうじ茶でホッと一息。

 チョコパイ?

 ああ、すごく美味かったよ。二つも食っちゃった。

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