第59話 心菜ちゃんと学校見学

「わあっ!!」

「うおっ、ビックリした!」



 生徒会室の扉の向こうにとびきりキュートないたずらっ子が潜んでいた。

「はわー! やりましたです、毬萌姉さま! 桐島お兄さんを驚かせました!」

「うん、良かったねーっ! 作戦通りだねっ! いえーい!」

「やったのです! いえーいです!!」

 毬萌とハイタッチする心菜ちゃん。


「なんだ、遊びに来てたのか」

「むすーっ! 違うのです! 心菜はお勉強に来たのです!」

「そうか、偉いなぁ。ミロ飲むかい?」

「飲むですー!」

 うん。可愛い。


「あー、わたしも飲むーっ!」

「分かってるよ。良いから座ってろ」

「「はーい!!」」

 この二人、よく見ると似てるな。

 何と言うか、モフッとした感じとか、ポフポフッとした雰囲気とか。


「お待ちどーさん。熱いから気を付けてな」

「あれ、桐島お兄さんは飲まないですか?」

「あー、俺ぁ茶を飲むよ」

「えー!? ミロ、飲まないですか!? こんなに美味しいのに! 絶対飲んだ方が良いです! 桐島お兄さん!!」

 うん。可愛い。


「じゃあ、俺もミロ、飲もうかな」

「……コウちゃん。わたしがあんなに薦めても飲まなかったのに」

「たまにはそういう気分の日もあるんだよ」

「ふーん。そーなんだ。へぇー」

「そ、そう言えば、心菜ちゃんは勉強に来たんだったっけか!? 毬萌が教えるのかな?」


「むーっ。今回の件はわたしの心の中のフォルダにしまっとくからねー」

「そう怖い顔すんなよー」

「……わたし根に持つからねっ?」

「悪かったって。その拗ねた顔は、俺のフォルダに入れとくから」

「どうせなら、もっと可愛い顔を保存して! 心菜ちゃんはね、学校見学に来たんだよ」

 そう言って、毬萌は外来者用の入校許可証を取り出した。


「ははあ、そういう話だったか。……ん? 心菜ちゃんって中学三年生だっけか?」

「違うです! 二年生なのですよ!!」

 ほう、中学二年生でこれとは。

 何と言う将来性か。

 毬萌もない事はないが、こっちは未来がさほど明るくないからなぁ。


「コウちゃーん? どこ見てるのかな?」

「どこも見てないけど!? 変な言いがかりはヤメて下さる!?」

「花梨ちゃんがいないからって、油断してるとわたしだって怒るよ? まったく、男の子って言うのはさっ、ホントにまったくっ!」

「どうしたのですか?」


「んーん、どうもしないよっ! 心菜ちゃんは、お姉さんがどんな学園生活をしてるのかを見に来たんだよねーっ」

「はいです! お姉さまが毎日楽しそうなので、気になってしまったのです!」

 なんと感心な心構え。

 俺が中学二年生の頃は何をしていただろうか。


「それでね、コウちゃん、このあと手が空くよね?」

 ああ、お前に川渡りさせられてたなと思い出すのと同時に、毬萌が身を乗り出してきた。

 急に胸をアピールして来たのかと思ったら、内緒話である。


「マルちゃんには内緒にしたいって心菜ちゃんが。だから、わたしがマルちゃんのとこに行ってお仕事してるから、その隙にさ」

「なるほど。分かった。あと、お前もなかなか立派だぞ、自信持てぇ痛いっ」

 毬萌に強烈なデコピンを見舞われた。

 少々おいたが過ぎたようである。


「心菜ちゃん。俺で良けりゃ、学内を案内するぜ?」

「わあーい! ありがとうです、桐島お兄さん! あっ、待って下さい! んむんむっ、ぷはあ! ミロ飲み終わったです!」

 うん、可愛い。


「なんだか今日のコウちゃんはイマイチ信用できないなぁー」

「失敬なヤツめ。俺ほどの紳士は学内にいないぞ」

 そう言って俺は生徒会室の扉を開ける。

 レディーファーストで心菜ちゃんを通したあとに、毬萌へウインクしてやると、あいつ舌を出して応酬しやがった。

 なんて無礼なヤツだ。



「ってな感じで、今歩いてきたのが教室棟だ。ちょっと机と椅子が変わってんだろ? うちは私立だから、妙なこだわりがあるみたいでな」

 無駄に意識が高そうな机と椅子を指さして説明しながら、学園長のチョビ髭を思い浮かべる。

「なんだか崩れそうなジェンガみたいです!」

「おっ、上手い事言うなあ。じゃあ、次行くか」

「はいです!」


「ここが体育館だな。無駄に広いだろ? そして天井もバカ高い。なのに、何故か挟まっているバレーボール。あれ、誰が飛ばしたんだろうなぁ」

「部活もたくさんあるみたいです!」

 心菜ちゃんが見つめる先によろしくない連中がいたため、退避しようとするも一手遅かった。


「ヒュー! こっちにバンビちゃんを連れた悪いウルフがいるぜぇー! ヒュー!」

 出たな高橋。

「なんだよ桐島。お前、妹がいたのか?」

 俺の背後を取る茂木。

 でも助かる。

 お前がいないと収拾つかないところだった。


「違ぇよ。この子は氷……知り合いの妹さんだ。心菜ちゃん、こっちの爽やかに見えて最近忍者みたいになってきたのが茂木。んで、失敗した吹き替えみたいな喋り方をする純和風顔なのが高橋」

 ペコリと心菜ちゃん。


「ジーザス!」

 どうした!?


「こいつはマーベラスなバンビちゃんだぜ! オレをヘヴンに誘うエンジェルは、ちょいと刺激がハードだぜぇー! ジーザス!」

 おいおい、ここに来て新しいパターンを出してくるんじゃないよ。

「高橋が、可愛らしすぎて直視できないから練習に戻るってさ。オレも行くよ。妹さん、うちの学校、楽しんでな!」

 案外すんなり去って行ったな。

 俺たちは背中越しに聞こえる「ジーザス」と言う叫びを聞きながら移動する。



「実習棟に部活棟を通って、さっきの中庭を抜けたら、ここ。何するところか分かるかい?」

「むふー! 心菜にはお見通しなのです! 学食って場所なのです!!」

 うん。可愛い。


「正解だ。じゃあ、ご褒美にプリンを食べさせてあげよう」

「ありがとうです! 桐島お兄さん!!」

 こんなに奢りがいのある相手は初めてかもしれない。


「おばちゃん、一番良いプリンをもらえるかな」

「がはは! あいよー! 今採れた、ピチピチのプリンね!」

 おばちゃんと俺のバイブスがシンクロする。


「さあ、あっちに座って食べようか。歩き疲れてないかい?」

「平気です! 心菜、部活で鍛えてるのです!」

 お姫様の椅子を引きながら、俺は自慢げな彼女を褒める。


「ちなみに何部なのかな?」

「水泳部です! はわわー、プリン美味しいですー!!」

「その部活は、うん、良くないな。良くない」

「えー? 泳ぐの楽しいですよ?」

「うん。主に男子に良くないと思うのだよ。分からないかな? いや、むしろ分からないで欲しいな。お姉さんに何か言われなかったかい?」


「言われてないです。だって、うちの学校、男子はいないです!」

 うん。お姉さんによって既に滅ぼされたあとかな?


「うち、女子校なのです!」

 あ、この子、本当の箱入り娘なのねと理解。

 同じタイミングで、その時は急に来た。



「あれ、毬萌だ。なにしてんだ? 手をクロスさせて。ははあ、XJAPANの真似かな」

 その推測は間違っていた。

 バツ印である。危険、立ち去れの合図でもあった。


「きーりーしーまーこーうーへーいー!!」

 俺の名前を叫びながら駆け寄ってくる狂人バーサーカー

 いや、失礼。氷野さんである。

 俺は命を諦めた。


 が、ここで立ちはだかるのは天使。

「お姉さま! 桐島お兄さんが学校を色々と案内してくれたです!」

 内緒にしたがっていたのに、この子、俺のために!


「そ、そうなの」

 怒気が一気に下がる氷野さん。

「心菜、とっても楽しかったのです!」


「……桐島公平。今日のところは心菜に免じて許してやるわ!」

 そう言って、手を差し出す氷野さん。

 俺は笑顔でそれに応じる。



 ……ブレスケアでした。

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