第58話 花梨とお見舞い
やってしまった。
今朝、ベッドからのっそり起き上がったときに、
そいつを脇の下に挟むこと数分。
なかなかピピピと鳴らない照れ屋さんに「そろそろ最新のヤツ買った方がいいかしら」と
そこには、38,2℃と表示されていた。
不覚である。
別に皆勤賞を狙っていた訳ではない。
1年の頃には何日も欠席しているし、この俺の貧弱さについてはもはや語るまでもないだろう。
ただ、生徒会役員に
とりあえず、毬萌に連絡。
俺が迎えに行かないと、あいつまで休みになりかねない。
ラインで「すまんが風邪ひいたっぽい。今日は休むぞ。遅刻すんなよ」と送ると、すぐさま着信を知らせる俺のスマホ。
「コウちゃん、平気!? わたし、そっち行こっか!?」
「なんだよ、俺がいなくても起きられるじゃねぇか」
「心配で目が覚めたんだよぉ!」
「大した事ねぇから心配すんな。俺ぁたまに風邪ひくだろ?」
「そうだけどぉー」
「悪ぃな、今日は俺の分まで仕事させちまう」
「ううん、気にしないで良いよー! じゃあ、お大事にね? 何かあったらすぐ連絡するんだよっ!?」
「おーおー、頼もしいな。遅刻すんなよ。あと車に気を付けろ」
スマホを置いて、背伸びをひとつ。
やれやれ、毬萌に心配されるとは、普段と逆である。
ゾンビの様な足取りで部屋から出た俺は、階段を下りる。
「母さん。俺、風邪ひいたわ。マスクあったよな?」
「あらやだ! あんた、うつさないでよ!」
母さん、あんた初めてのセリフがそれで良いのか。
もっと心配しろよ。毬萌の方がよっぽど母さんみたいだったよ。
「うつさねぇためにマスク要求してんだろ」
「はいはい、これね。ああ、母さんこれからパートだから! パートの後はみんなでお昼食べる約束あるから、夕方まで帰らないよ! 死ぬんじゃないよ! じゃあね!」
言いたいことだけ言って、行っちまいやがった。
まあ良いさ。
何か食って、水分取って寝よう。
風邪の時はそうするに限る。
冷蔵庫を開けると、そこには。
「……だろうと思ったよ」
たくあんと麦茶しかなかった。
炊飯器を開けると当然空っぽ。
食パンはあるが、バターやジャムの類がない。
仕方がないので食パンをプレーンでムシャムシャやって、麦茶飲んで部屋に戻って目を閉じる。
……栄養が足りてねぇんだけどな。
駅前を歩いていると、ふと視線を感じ、気付くと俺は下半身を露出していた。
夢である。
どうして熱が出ている時って言うのは悪夢を見がちなのだろうか。
全身が汗で濡れているが、汗をかいたおかげで熱は
ピンポーンと、呼び鈴の音が響く。
一体今は何時なんだと時計を見れば、もう夕方である。
母が帰って来たのか。
腹が減ってフラフラしながらも玄関へたどり着く俺。
すごく健気。
「……んだよ、てめぇで勝手に入りゃ良いだ……ろ?」
「先輩! 来ちゃいました!!」
玄関先には花梨が居た。
「お、おう。……なんで?」
なんで俺の家にいるのか、なんで俺の家を知っているのか、なんで俺の家に来たのか。
一言でこれだけの情報量が
なるほど、日本語は難しい。
「毬萌先輩に聞いて来ました! あの、お見舞いに色々持ってきたんですけど、迷惑でしたか?」
「そいつはありがてぇけども、花梨に風邪うつしちゃいけねぇし」
と、言ったところまではジェントルマンだったのだが、腹の虫がグルルルと獣のような大合唱。
台無しである。俺のジェントルマンを返せ。
「あはは、思ったよりもお元気そうで良かったです! 食べ物も買ってきましたよ! ……上がってもいい、ですか?」
「汚い家で良ければ、上がってくれ」
「嬉しいです!」
脳と体が一斉に「栄養を補給せよ」と指令を出すものだから、これはもう致し方なかった。
「わぁー! ここが先輩のお部屋ですか!」
「ホント、何のお構いもできねぇで悪いな」
「あー、いえいえ! 先輩はベッドで横になっていてください! このテーブルお借りしても良いですか?」
「おう。何でも好きにしてくれ」
俺はお言葉に甘えてベッドに腰掛ける。
「えっとですねー、まずポカリスエットです! それから、おにぎりを3つ。梅とおかかとツナマヨですけど、先輩嫌いなものあります?」
「全部大好きだ。つーか、このコンディションだと梅とかおかかみたいに優しい食い物はホントにありがてぇよ。気が利くなぁ、花梨は」
「えへへー。じゃあ、飲み物とおにぎりをまず食べちゃって下さい! あとはですね、デザートに桃のゼリーと、カロリー補給にチョコレートです!」
「至れり尽くせりで申し訳ねぇな。あー、おにぎり美味い。それで、いくらだった?」
財布を取ろうとする俺を「いいえ」と制する花梨。
「これはあたしからのお見舞いなので! お代は結構です!」
「いや、そんな訳にいくか。わざわざ来てもらっといてその上後輩に奢ってもらっちゃ、いくらなんでも筋が通らねぇよ」
「いいんです! ……だって、先輩が風邪引いちゃったのって、あたしと松井ちゃんの代わりにバケツのお水かぶったからですし」
「……あー。なるほど」
おにぎりの栄養が脳に届いたのか、俺の思考が回復する。
「悪かったなぁ。花梨に罪悪感持たせちゃってたかー。でもな、あれは普通に俺のミスだからな? 二人が悪いなんてこたぁ全然ないぞ?」
「じゃあ、ここはあたしの筋も通させて頂いて、先輩はご馳走されて下さい! これでおあいこです!!」
ふむ、反論ができない。
さすがは学年トップの才女。ここは俺の負けか。
「分かったよ」
「はい! 分かればいいんです! 実はですねー。今日、毬萌先輩に譲ってもらったんですよ」
「うん。なにを?」
「先輩の看病をです! ところで先輩、すごい汗ですよ? 着替えた方が良いんじゃ?」
「そうだった」
「あたしは部屋の外に出てぇ! ひゃあぁっ!? ちょっと、せ、先輩!!」
「ん? どうした?」
「なんで
「上着だけだし、良いかなって」
「良くないですよ!!」
「花梨が裸になる訳じゃあるまいし」
「そういう問題じゃないです! って言うか、なにサラッとあたしを裸にしてるんですか! 先輩のエッチ!!」
喋りながらタオルで汗を拭いてTシャツを着替えたので、これは俺の勝ちかな。
「別に男の裸なんて、水泳の時間とかに見るだろ?」
「……もぉー。先輩って、そういうとこありますよね!!」
その後、花梨を
「じゃあ先輩、あたし失礼します」
玄関まで花梨を見送る俺。
「本当なら送って行ってやりてぇんだが」
「ふふっ、お気持ちだけで結構です」
「そっかー。この感じだと、明日にゃ学校行けそうだ。花梨のおかげだよ」
「えへへ、じゃあ、これは貸しにしておきます!」
「しまった。また花梨に借りを作ってしまったか」
「お返し、期待してますよ? せーんぱい!」
「おう。お手柔らかにな」
「ではではー! また明日!」
そう言って、花梨は帰って行った。
「ちょっと、あんた! 今の可愛い子誰だい!?」
「うおぉっ!? 母さん、居たのかよ!」
「居たよ! 花梨のおかげだよ、の辺から居たよ!」
「割と最初からいるじゃねぇか! じゃあ出て来いよ! 何してんだよ!!」
なんだかまた熱が出そうなので、母親の追求は無視して部屋へと
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