第54話 毬萌とデート その3

 ひとしきり駅前を堪能した俺たち。

 カラスが鳴いて空は茜に染まり、夕焼け小焼け、日暮れ時。

「あー、もしもし。俺です、公平です」

 現在電話中であるからして、お静かに。


「はい。いやいや、全然大丈夫っす。ちょっと今日は毬萌と晩飯食って帰ろうかって話になりまして」

 通話の相手は毬萌の母親である。

「迷惑とかないんで、大丈夫です。はい、はい、分かりました。本人に言って聞かせときます。それでは、失礼します」

 なんで俺が毬萌の家に電話しているのか。

 それは俺も今から知る事実だから、分からない。


「なんで俺が毬萌の家に電話しねぇといけねぇんだよ!」

 コピペではない。

 失敬な言いがかりはよしてもらおうか、ヘイ、ゴッド。


「だってぇー。お外でご飯食べるって言ったら、お母さん絶対うるさいんだもん」

「はあ? じゃあ、今まではどうしてたんだよ?」

「えっ? 夕飯をお外で済まして帰った事、ないよ?」

「……ないの?」

「うんっ」

「友達とかに誘われるだろ?」

「うんっ! けど、お母さんが頑張ってご飯作ってくれてるじゃん! だから、お友達にはごめんねって言って、いつも帰ってから食べてるよー?」



 なに、この清らかな心。眩しいんだけど。



 ついさっき、自分の母親に「ちょっと飯食ってから帰るわ」と殺風景なメールで連絡を済ませた俺の心がことさらに痛むのだが。

「いや、じゃあ、お前! 帰ろうぜ!?」

「ぬっふっふー。コウちゃん、わたしがどうして君に電話を頼んだと思うのだねっ?」

「面倒だったからだろ」

「ちーがーうっ! 今日は、ちゃんとお母さんに行ってきたのっ! お外でご飯食べて来るねって」

「いや、でもおばさん心配したろ?」

「そこでコウちゃんの出番だよっ! 相手がコウちゃんなら、お母さんも心配しないしっ! あと、色々説明する手間も省けるしっ! どうだー、にひひっ!」


 ブイサインと晴れやかな笑顔。

 なるほど。

 用意周到な根回しの最終工程が俺の電話だった訳か。

 って言うか、やっぱり面倒だったんじゃねぇか。


「まあ、そういうことなら。それで、どうしたいんだ?」

「ほえ?」

「記念すべき初の外飯だろ? 何が食いたい? 奢ってやるよ」

「ええー? いいよぉー! さっきクレープもご馳走になっちゃったし!」


 そうだね。

 自分で言った手前もはや後には引けないけれども、正直財布の中の実弾は残り少ない。

 ぶっちゃけ、ここで「焼き肉が良いーっ」とか言われたら、俺は無言で自宅まで帰って、貯めている五百円玉貯金を解放せざるを得ない。

 ただ、繰り返すが退けない局面である。

 毬萌の発案でデートに来たのは良いものの、ちゃんとエスコートできたかと言えば、評価は甘めに見積もっても

 しゅうはもはや無理でも、せめてゆう、いやりょうくらいには持って行きたい。


 それがこいつの『初めて』になるのなら、なおのこと。


「おいおい、こういう時は男を立てるのが良いオンナってヤツだぜ?」

 恰好を付けながら、内心では「安い店で、安い店で」と祈りをささげる。

 あと口に出してから、「今のセリフ、失敗した洋画の吹き替えみたいだったかしら」と思うにつけ、嫌な級友とフュージョンしそうになっている事実に気付く。


「遠慮しねぇで言えって。ただし、大盤振る舞いは今日だけだぞ」

 とりあえずセリフを変更。

 よしよし、俺っぽくなった。危ない、危ない。

「じゃあね、えっと——」

 控えめに申し出た毬萌の希望は、俺の想像とは違っていた。



「マジで良かったのか?」

「うんっ!」


 平日の飯時であるがゆえ、お客でごった返している店内。

 また、学生の客が多いのもこの手の店の特色の一つ。

 俺と毬萌が座る二人掛けのテーブルには、11番と書かれたプレート。

 カウンターからは、揚げ物の匂いと、ポテトが出来上がったときに鳴る特徴的なメロディ。

 そうとも、こちら、学生の味方、マクドナルドである。


「さすがにマックくらい食ったことあるだろ?」

「あるよぉー。失礼だなぁ、人を世間知らずみたいにー」

 お前が世間知らずじゃなかったら、世間知らずの定義に関わる重大なインシデントだよ。


「じゃあ、せめてちょっと高いファミレスとかでも良かったんだぞ? ——ああ、すみません」

 店員のお姉さんが注文したメニューを持って来てくれたので、俺と毬萌は頭を下げる。


「良かったのか? 大事な初めてがマックで」

 ポテトをひょいと摘まんで、俺は続ける。

「んーっ、ポテト美味しいねっ!」

 聞いちゃいねぇ。


「ほら、こっちがバニラシェイクだ。俺のコーラと間違えんなよ。まったく、ホントにお前、甘いものが好きだよな」

「むーっ。いいじゃん! 塩辛いポテトと一緒に食べるとおいしーんだよぉっ!」

「へいへい。俺ぁ断然コーラ派だけどな。ああ、待て待て。ダブルチーズバーガー食うんなら、ほれ、俺のでわりぃけどハンカチ、スカートの上に敷いとけ。ケチャップこぼすと絶対おばさんに怒られる」

「はーいっ! あーむっ。んーっ、おいひいね、ほうひゃん!!」

「ものを食いながら喋るんじゃないよ」

「……ぷはっ! にははっ、これは、わたしとした事が!」

「俺の真似をするんじゃねぇ」


「にへへっ。コウちゃんのはテリヤキ、だっけ? 美味しい?」

「おう。美味いぞ。ちょっと食うか?」

「食べるーっ!」

「ほら。あ! 気を付けろよ、これソースがこぼれやすいんだよ」

「あーむっ! おおーっ、美味しいねーっ!」

 聞いちゃいねぇ。


「そだそだ、コウちゃん」

「なんだ? トイレか?」

「違うよぉ! さっきの話!」

「……どれだ?」

 会話がとっ散らかっているので、さっきがどの時点を指すのかが分からない。


「初めての外食がここで良かったのかーってヤツ!」

「最初じゃねぇか! ……んで?」

「わたしねー、今まで好きな人と何をしたいーとか、考えたことがなくてさっ」

「ふむ」

 また内容が時空を越えようとしているので、俺は全力で喰らいつく。


「でねっ! 今は、その、コウちゃんがさっ、す、好きだからさっ! 気付いちゃったから……さっ」

「お、おう」


「そしたら、わたし思ったんだっ! コウちゃんと、普通の女子高生がする普通のデートをしてみたいなって! 花梨ちゃんを引き合いに出したのは、ただの口実だったのだっ!」

「そうかよ」

「だから、普通のお店が良かったのっ!」

 シェイクをズズスとすすって、毬萌は控えめに視線を動かす。


「ほら、あそこに居るカップル! わたしたちも、他の人から見たら、あんな風に見えるのかなっ!?」

「普通のカップルさんに! あっ、仲良しカップルさんの方がいいや! にははっ」



「見えるんじゃねぇの?」

「へっ?」



 クソ恥ずかしいので一度しか言わん。

 こんな事を口に出すのは、毬萌が赤裸々に心中をあらわにするものだから、それに対して真摯しんしに、そして紳士的に向き合うには、こんな事を口に出すしかないからである。


「多分。俺らも、カップルに……。見えるんじゃねぇのかって」

「そっかぁーっ!! そう見えるんだ! やたーっ!!」

「やめろ! はしゃぐな!」

「ねね、コウちゃん、もう一回言って! ねーねーっ!」

「言、う、か! とっとと食っちまえ! ポテトがしなしなになっちまう!!」


 どうやら毬萌は、また一つ増えた『初めて』を堪能したようであった。

 ニコニコ100%の毬萌を家に送り届けて、俺も帰路につく。

 振り返ると、毬萌が嬉しそうに手をブンブン振っている。

 柴犬かな?



 さて、どうだろうか。

 今日の評価は、可か良か。

 よもやの優もあり得るか? 万が一にも秀は……言い過ぎか。

 何とも甘い、初夏の夜。

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