第55話 花梨と豪邸 ところにより勉強会
「今日、あたしの家、両親がいないんですよ!」
さて、人間は理性を持った生き物である。
本能のままに生きる獣との違いは、いかに欲望を理性でもって押さえつけてスリーカウント取れるかどうか、それに尽きる。
冒頭のセリフは、紛れもなく花梨の口から出たものであり、その点、嘘
「だから、うちに来ませんか? きっと集中して色々できますよ!」
ある日、可愛い後輩にこんな事を言われたら、どうだろう。
その
いかに鉄壁を誇る俺の理性だが、相手が戦車だったら果たして無事でいられるだろうか?
「夜までたっぷり、じっくり! 寝かせませんからね!!」
戦車の乗組員がウサギさんチームだったらまだイケるかもしれないし、アヒルさんチームでもどうにか耐えられるかもしれないが、これはもはやアンコウチームである。
かの西住流の流れを汲み、更に進化させたチート部隊を相手に理性は立ち続けられるのか。
答えは簡単。
イエスである。
「よーしっ、じゃあ、放課後は花梨ちゃんの家で勉強会だよーっ!」
「どうぞどうぞー!」
「よろじぐおねがいじばず!!」
どうした、もしかして
ふっ、神が聞いて呆れるぜ、ヘイ、ゴッド。
合宿参加がかかった天王山の決戦である。
むしろ、その先に待っている煩悩のために戦うのだ。
待ってろ、煩悩、今すぐ行くよ。
「ほへーっ」
「毬萌。口が開いてんぞ」
「コウちゃんだって」
「いや、そりゃあ、なあ」
「あれ? どうしたんですか、みなさん。入って下さいよ!」
凄まじい豪邸がそこにはあった。
以前テレビで見た、IKKOの別荘と比較しても
「はあああっ!?」
「ど、どうかしましたか、公平先輩!?」
「に、庭にプールが!!」
「あー、あれですか? 小さい頃は喜んで遊んでましたけど、最近は全然使ってないんですよー。あはは」
笑い事じゃないよ。
そのセリフ使って良いのはビニールプールだよ。
黄色いポンプを必死に足でシュコシュコやって膨らませる、アレを指して言うのならいいよ。
普通のプールじゃん!
そりゃあ、25メートルはないさ。
けれども、10メートル以上はあるぞ。
こんなの見たことないよ!
いや、見たことあるな!
ビバリーヒルズ青春白書でパーティしてた豪邸にこんなプールがあったよ!
ディランの家にあったよ!
えっ、ディランが分からない? なだぎ武がモノマネしてるヤツだよ!!
「な、なあ、花梨。花梨さん? もしかして、君ってお嬢様なのかい?」
「もぉー、何言ってるんですかぁー! 全然普通ですよ!」
普通じゃないよ!
「でもでも、すっごく大きいお家だよねーっ! すごいよーっ」
「毬萌先輩まで! まあ、ちょっとくらい大きめかも、とは思いますけど」
ちょっとじゃないよ!
花梨、俺の家見たらどう思うんだろう。
「コウちゃんの家8軒分くらいはあるよーっ! ねっ、コウちゃん!」
「言うな! 今考えねぇようにしてたんだから!!」
そうだよ、俺んちは進撃の巨人の第一話で最初に踏んづけられてぶっ壊れた馬小屋みたいなもんだよ!
「冴木さん。申し訳ないんだけど、ちょっとお花を摘みに」
「あ、はい! えっと、ここからだと、そっちの廊下の突き当りのトイレが近いですよ!」
「あ、うん。ありがとう」
鬼瓦くんが言わなかったから俺が言うね。
普通の家にゃトイレは何個もねぇからな!!
2つまでなら許容範囲だけど、今の言い草じゃ、絶対まだまだあるだろ!?
あるだろうね、こんだけ広けりゃ。
むしろないと困るよ。
二階で尿意を催したら、俺、死を覚悟するもん。
「——つまりね、ここの公式を覚えておくと、この単元はだいたい応用で何とかなるから要チェックだねー。コウちゃん、聞いてる?」
「おう、すまん。花梨がいやに帰って来ねぇなと思ってな」
「そうですね。ピザのデリバリーを頼んで、受け取りに行くと言ってから5分は経ちました」
噂をすれば影が差すと言うが、案外バカに出来ないものであり、多分に漏れず花梨が帰ってきた。
「はあ、はあ、はあ、お待たせしました、はあ、はあ。ご注文の品です」
死にそうなピザーラのお兄さんを連れて。
「すみません、うち、ちょっと広くて」
お兄さんと目が合って、「ちょっとってどのくらい? ウォールローゼとウォールシーナくらい離れていたよ?」とテレパシーを送って来たので、俺は黙って頷いた。
「これ、料金です! お釣りが出ないようにしておきましたので!」
「は、はは、ご丁寧にすみません」
「それから、これ、ウェルカムドリンクです!」
お兄さんが再び、「えっ、ウェルカムドリンクって何なに?」とテレパシーを送って来たので、俺は黙って首を横に振った。
考えたら負けですよとも付け加えた。
「ねーっ! だからテリヤキチキンは絶対おいしーって言ったんだよぉー!」
この前のマックでテリヤキの味を覚えた毬萌が、美味そうにピザを頬張る。
「毬萌先輩、こっちのカニマヨ食べてみて下さい!」
「……んんーっ!! なにこれ、おいしーっ!!」
「毬萌を餌付けしてるなぁ、花梨。こいつ、ジャンクフードの類はからっきしだから、だいたい何食わせても喜ぶぞ」
「あはは、毬萌先輩カワイイです! 鬼瓦くんは、現国の記述式問題が終わったら食べて良いですよ!」
「ええ……。冴木さん、僕もお腹が空いたよ」
「仕方がないですね、じゃあ、この葉っぱあげます!」
今日はスパルタだな、花梨さん。
それだけ鬼瓦くんのペースがヤバいのか。
ちなみにその葉っぱ、バジルだぞ。それだけで食うとそんなに美味くないぞ。
「そう言えば、マルちゃん来ないねー?」
先ほど、俺が冴木家のトイレで遭難しかけていた時に、毬萌のスマホへ氷野さんが連絡して来たらしい。
テスト範囲の質問だったらしく、そこで毬萌は花梨の許可を取って氷野さんもこの勉強会に加える事にしたと言う。
「そうですね、早く来ないとピザが冷めちゃいますよー」
「さ、冴木さん! できたよ!!」
「あ、はい。ふんふん、こことここ、それにここが違います。はい、残念賞の葉っぱあげます」
「ゔぁあああぁぁ!」
ちなみに俺は冴木家の洗礼を真っ向から受けたことにより、雑念その他、勉強にとって邪魔なものが奇麗さっぱり抜け落ちたらしく、かつて秀才と
学年2位は取れるか分からんが、10位までなら大丈夫そうだ。
それも花梨が誘ってくれたおかげだなと思っていたところ、スマホが震える。
メッセージは氷野さんからで、「誰にも気付かれずに電話して!」と書かれていた。
俺は部屋を出て、長い廊下を少し歩いたらボタンをスッス。
「もしもし、氷野さん?」
「ちょっとぉぉっ! この家、どこが入り口なのよぉぉっ! ずっと壁ばっかり続いてて、中に入れないじゃない!!」
「何か目印になるものはある?」
「白くて奇麗な壁がずっと続いてるわよぉぉぉっ」
「……待っててね」
その後、冴木家の東側の壁に向かって泣きべそかいている氷野さんを回収。
鬼瓦くんも現国を克服し、後日行われた中間テストは、生徒会メンバー全員が学年10位以内に無事ランクインした。
氷野さんも6位だったと彼女の名誉のために
そして合宿へのチケットを手に入れた俺。
まだ先の事だが、そわそわするなと言うのが無理な話である。
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