第53話 毬萌とデート その2
夢ならばどれほど良かったでしょう。
自分から
そう、油断していた。
花梨と遊園地に行ったときは、「こいつはデートなんだ」と言う確固たる意志がそこにあったし、異性と出かけると言う行為自体にもある種の壁が存在しており、自制心は独り立ちし頼もしい姿になって俺と供にあった。
なに? 意外と醜態
ばっか、お前、あれを醜態にカウントしてたら俺ぁ醜態しか晒してねぇよ!
いい加減俺の事を理解しろよ、ヘイ、ゴッド。
とにかく、毬萌とはこれまで異性とか女子とか、そういう次元で接していなかったものを、突然デートなんて言い出すからおかしなことになる。
そうとも、油断である。
でなければ、この俺が、ボンバーマンの初手でスタート地点に爆弾置く自爆プレイのように恥ずかしい事をやってしまう理由がない。
よし、全部分かった。
もう油断はしない。
毬萌をこれより、『一人の女子』として扱う。
さっきのあれは若さゆえの過ちだ。
本当に認めたくないものだよ。
「ねーねーっ、コウちゃん、コウちゃん!」
「なんだよ」
「さっきの、クリーム食べたヤツも初めて? ねーねーっ、教えてーっ!!」
もうお願い、忘れさせて。
「にへへー、まさかコウちゃんにあんな少女漫画の彼氏みたいな事されるなんて思わなかったよーっ」
花梨もそんな事言ってたけど、なに、俺は少女漫画の世界に転生したら無双できるの?
それともあれかい、前世が少女漫画の彼氏だったのかい?
「ほら、駅前通りに来たぞ! どこか行きてぇのか!?」
駅前は五年ほど前に再開発事業が始まり、いつの間にかオシャレなショップやよく分からんモダンな建築物が増え、それ本当に必要なのかと聞きたくなるようなデカい時計が立っている。
消費税くらいしか払っていない学生の身分でこんな事を言うのはいささか憚られるが、税金をもっと他の使い道はなかったのかと市議会に問い合わせたくなる。
「あー、見て見て、コウちゃん! ヌートリアの象だよーっ!」
ヌートリアの実寸大の銅像が、広場の真ん中に
「今さらだが、なんでこんなネズミの親戚を
ヌートリアは、南アフリカ原産のネズミ目に属する生物で、外来種である。
見た目はカピバラの友達みたいな姿をしており、可愛らしく見えない事もない。
が、こいつは特定外来生物に指定されている、お尋ね者である。
農作物を食い荒らし、絶滅危惧種も食い荒らし、ついでに河原に穴を掘り散らかして堤防を
「ねーっ、不思議だよねーっ! よし、コウちゃん、写真を撮ろうっ!」
「なんでだよ! おい、引っ張るんじゃねぇよ!!」
そして特定外来生物の銅像を前に記念写真をパシャリ。
「にははっ! コウちゃん、変な顔してるーっ! ぷぷぷっ」
「……撮り直そうぜ」
「ダメだよーっ! これも思い出だもんっ!」
確か、遊園地でもネズミの奇怪なマスコットに撮られた写真で俺はひでぇ顔してなかったか?
「おい、まり……」
なんで毬萌すぐいなくなってしまうん?
「こらーっ! やめなさーいっ!!」
「おっ、いたよ。……Oh」
毬萌は居た。
居たには居たが、そこは騒動の
「この子は嫌がってるでしょっ」
よその子がナンパされている。
そこに割って入っているのが、うちの子である。
先ほどから感じているこの既視感。
花梨と遊園地に行った時も、ナンパ野郎に絡まれた記憶がある。
「なんだぁー、このガキはよぉ」
今回も絡まれるのか。
そういうルールでもあるのか。
いや、厳密に言うと、毬萌から絡みに行ったとも言えるが。
ナンパ野郎にうちの女子生徒が捕まっていたようであり、ならばこれは生徒会長として実に真っ当な行為であり、
だが、しかし。
一言でも良いから、俺に断ってから行ってくれ。
お前の身に何かあったらどうする。
体に怪我でもさせられた日にゃ、俺の
とにかく、目の届くところで良かったよ。
これならすぐに対処できる。
「お巡りさん、こっちです!」
俺は大げさな声を上げながら、毬萌とナンパ野郎の元へダッシュ。
ジョギングくらいのダッシュだが、俺にとっては全力疾走。
その必死さが、緊迫感と言う名の
「ちっ、マジかよ、うっぜぇ!」
ナンパ野郎は退散。
良い引き際である。
時代が時代ならば、名将になっていたかもしれない。
だが、時代が時代ではないのでただの間抜けである。
注釈しておくと、お巡りさんなど存在しない。
交番は1キロ離れた場所にあるが、そんな場所まで俺が助けを呼びに行っていたら全てが終わる。
丁度いいセグウェイでも落ちていたらそいつに飛び乗るのも手だが、セグウェイがあるならナンパ野郎をそいつで
俺の
「ま、おっま、ひとこ、と……言ってから、動け、よ!」
ちょっとのダッシュで呼吸困難。
こちらにもなかなかの間抜けな男が一人。
「コウちゃんっ! やっぱり助けてくれたーっ!」
こいつの事だから、放っておいても一人でどうにかする算段は付いていたのかもしれないが、悔しいかな、毬萌の思惑通り、俺がこいつを助けない理由がない。
「そら、お前、助けるに決まってんだろーが! いつだって助けるって言ったろ!」
「…………っ!! コウちゃん、好きーっ!」
はい、また自爆したよ、俺。
毬萌に抱きつかれながら気付く、助けた女子生徒の視線。
「いや、違う! 違うぞ、君!」
「にっへへー! 頼りになるなぁー、もぉーっ!」
「ばっ、毬萌! いや会長! 人の目が、ねえ、ちょっと、マジでお願い!」
腕にしがみつくコアラの
「助けて下さり、ありがとうございました!」
二年生の女子は、毬萌と俺に頭を下げた。
「にははっ、気にしないでー! お安い御用だよーっ! ねっ、コウちゃん?」
「お、おう。本当にお安い御用だから、あの、君、お願いが、ね?」
彼女は笑顔で頷く。
ああ、分かってくれたか。
「会長と副会長って、やっぱりそうなんですね! やっぱり!!」
分かってねぇじゃん!
「いやぁ、照れるなぁーっ!」
「否定しろ! 違う、違うからな、俺とこいつは幼馴染で! と言うか、やっぱりってなんだ! やっぱりってなに!? ねえ、ちょっと詳しく教えてそこんところ!!」
彼女は、「あいや、待たれい。みなまで言うな」と手で俺を制す。
「大丈夫です! この事、絶対内緒にしておきますから!」
違う、そうじゃない。
「そうしてくれると嬉しいなぁーっ!」
「はい! 任せて下さい!」
そして彼女は去って行く。
誤解と言う名の玉手箱をごっそり抱えて。
どうせそれ、すぐ開けるんだろう?
「じゃあ、会長! デート楽しんで下さいねー!!」
「うんっ! ありがとーっ! あなたも気を付けて帰ってねっ!」
生徒会長の対応としては花丸をやろう。
「いつまで俺の腕にくっついてるんだ?」
完璧に誤解されたよ。
「えーっ、いいじゃん! ……コウちゃんは、嫌なの?」
ほら、もう、ハメ技だよ。
弱キック連打だよ。抜け出せねぇよ。
「別に」
「ねー、まだ帰りたくないから、もうちょっとだけデートしようよっ!」
「あーあー、分かったよ」
「やたーっ! じゃあね、ご飯食べたいっ!!」
気付けば既視感はどこへやら。
デートはすっかり毬萌ルートに移行していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます