第52話 毬萌とデート その1
校内の設備点検で、本日は二時限目が終わると授業から解放される。
また、一斉に業者が学園内に入るため、部活動や委員会活動なども休止となっており、我々生徒会もまた例外ではない。
まだ昼にもならないうちから帰宅できる幸せ。
それが平日に訪れるのだから、もはやこれは
心はウキウキ、空も晴れやか。
さて、今日はネット配信でアニメ三昧だ。
帰りにメロンソーダとポテトチップスを買い忘れぬようにせねば。
そんな俺を下駄箱で待ち伏せしている女子が居た。
「コウちゃん! 待ってたよーっ」
毬萌であった。
「おう。じゃあ帰るか」
別に待ち合わせてはいなかったが、帰る方向も一緒なのだから、偶然出会ったらば彼女を拒絶する理由など、どこにもない。
「違うよーっ! 今日は帰らないのっ!」
「ああ、なんか用事でもあるのか?」
「そだよーっ!」
「そうか。んじゃ、気を付けて行けよ。……おゔぁっ」
なにゆえ俺のシャツの裾を引っ張るのか。
首が締まって尻の穴がキュッとなったよ。
もし俺が尿意を
「コウちゃんも一緒に行くんだよぉー!」
「……おう? なんでだ?」
「もぉっ! 察しが悪いよぉーっ! 女の子が学校帰りに男の子を誘う事をなんて呼ぶか知ってるでしょ?」
「一斉下校?」
「コウちゃんの鈍感っ!」
毬萌は釣られた後のフグみたいな顔をして言うのである。
「デートだよっ! 下校デートをするのっ!!」
「どうしてまた急にそんなこと言い出すんだ?」
「むぅーっ。コウちゃんこそ、女の子が恥ずかしいのを我慢してデートに誘っているのに、どうしてその理由を聞き出そうとするのかなっ!?」
「いや、だって」
いつも一緒にいるんだから、なあ。
「いつも一緒でも、デートは特別なんだよぉっ!」
こ、こいつ、頭の中を!?
「だってさっ、コウちゃんさっ、花梨ちゃんとはデートしたんでしょ?」
「うっ……。あれは、まあ、うん」
お前、その顔は反則だろう。
「わたしだってさっ、コウちゃんと特別な過ごし方とか、したいんだよっ?」
「わ、分かったよ。俺が悪かった。じゃあ、遊園地行くか?」
毬萌の頬が更に膨らむ。
このままでは破裂する。
「コウちゃんってば、ホントにデリカシーがないよぉ! どうして他の女の子と一緒に行った場所に誘うのさーっ!? 花梨ちゃんに初デートは取られちゃったけど、わたしだって、コウちゃんの初めてが欲しいのにぃ! ばかぁ!!」
傍から見たら俺が毬萌をいじめているように見えるかもしれない。
ファンの多い毬萌を相手に、それはいけない。
「よ、よし、じゃあ、毬萌の行きたいとこに行こう! なっ?」
「ホントに!?」
一瞬で表情が変わった。誰だって見逃さないね。
「じゃあね、商店街から、駅前通りまで一緒に歩きたいっ! 下校デートだよっ! これはまだ、コウちゃん経験ないでしょ!?」
「ええ……。そりゃ、ねぇけどよ。人がうじゃうじゃいるじゃねぅか、駅前」
「だったらいいもんっ! もう、コウちゃんにお勉強教えたげないからねっ!」
「さあ、行くぞ!!」
毬萌の気持ちも分かるし、俺の合宿へ参加できるかどうかの
人混みが何だ。
そんなもの、毬萌の個人レッスンのためなら屁でもねぇぜ。
「やたーっ! 行こ、行こっ!」
そういう訳でやって来た商店街である。
が、しかし、これは。
「
俺が小さい頃は賑わっていた商店街も、今ではすっかりシャッター街の様相で、開いている店の方が少なく、空いているスペースの方が多い。
「そうだねー。でも、わたしに任せてっ! 実はね、穴場のクレープ屋さんがあるのだよー! マルちゃんに教えてもらったんだーっ!」
「ほほう、そんな店が。……あー、あの、明らかにうちの制服着た女子が群がってるところか?」
「そうみたいだねっ! さあ、行こーっ!!」
そのクレープ屋は、氷野さんの情報通り、商店街の穴場として大層繁盛していた。
しかし、周囲には女子、女子、女子。
さらにショッキングピンクの目に優しくない店舗デザインは「男児お断り」と警告されているようで、二の足を踏むのが礼儀とすら思われた。
「いらっしゃいませー!」
店員のお姉さんの笑顔が眩しい。
思わず俺が先に出てしまったが、一体何を頼めば良いものか。
「えっと、イチゴホイップチョコのクリームマシマシひとつと、ブルーベリーホイップのクリームマシマシ、チョコチップ多めをひとつお願いしまーすっ!」
えっ、なに?
今のクレープ屋って、某ラーメン屋みたいなコールがあるの!?
「はーい、かしこまりましたー! 合わせて920円になりまーす!」
そしてお値段は意外と良心的。
なるほど、穴場スポットである。
「じゃあ、これでお願いします」
俺は財布から千円札を取り出してお姉さんに渡す。
「えーっ? コウちゃん、ごちそうしてくれるのっ!?」
「おう。まあな」
注文をキョドってミスった上に女に財布出させるとか、流石にそれはない。
「ありがとーっ! やたーっ! コウちゃんのおごりだーっ!!」
「あー、あとな、初めてだぞ」
「ほへ?」
なんでそこは察しが悪いんだよ!
恥ずかしいから言い淀んでんだよ、そこを
……仕方ない。
「俺が、その、デートで女子に奢ってやるのは、これが初めてだ。花梨と出かけた時は全部割り勘だったからな。……これで、欲しがってた初めてが一つできたろ?」
仕方なくなかった。言わなきゃ良かった。
むちゃくちゃ恥ずかしい事を今俺が口走った。それは分かる。
店員のお姉さんがものすごく微笑ましいものを見る目してるからね!
「クレープよりもあんたが甘いよ!」とかツッコミそうな顔してるからね!!
「にへへ、わたし、コウちゃんのそーゆうとこ、好きだなーっ」
その気持ちはとても嬉しいけど、それ、俺がクレープ受け取るタイミングで言わないとダメだったかな?
店員のお姉さんの視線がもう、俺のライフをゴリゴリ削っていくよ。
「さあ、コウちゃんが買ってくれたクレープを食べよっ! こっちこっち」
そう言って毬萌は、道を挟んで反対側にある電柱の元へ俺を
柴犬の習性かな?
「おいおい、椅子に座らねぇのか? 立ち食いになっちまうぞ」
「だって、コウちゃんが周りに女の子ばっかりだと居心地悪いでしょ?」
こいつ、そういうところは妙に鋭いんだよなぁ。
「あーむ! んーっ、ブルーベリーの酸味とクリームの甘みがちょうど良いねーっ! これは美味しいよー! コウちゃんのはどう? イチゴ好きだったよね?」
「おう、美味い」
お互いの趣味趣向を知り尽くしているがゆえ、注文の際にああだこうだと悩まないで済むのは良いなと思った。
花梨とデートした時は、昼飯を決めるまでに30分はかかったもんな。
「あ、おい、毬萌」
「んー? なにー?」
「いや、鼻にクリームがついてる。動くな。よっと」
指で拭ってやったクリームをペロリ。
ほほう、ブルーベリーソース、確かに合うな。
「こ、コウちゃん……」
「ん?」
「さ、さすがにお外でそーゆうのは、ちょっと恥ずかしいよぉー」
「んん? ゔぁぁあああぁ!!」
何をやっているんだ俺は。
違う、違うんだ、聞いてくれ。
これは、たまに毬萌の家で飯をご馳走になる時にやってるものだから、つい咄嗟に出たと言うかだな。
ん? 普段からやってるのかって!?
いや、違う! そうだけども! いや違う!!
ちくしょう! 黙れ、ヘイ、ゴッド!
あと、出来れば少し落ち着く時間もちょうだい!
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