第51話 公平と妹

 放課後。

 教室を出ようとしていたところ、高橋がトリプルアクセルしながら寄ってきた。

「ヒュー! 公平ちゃん、聞いたかい!? おっと、まだ何も言っちゃいないぜ? ヒュー!」


「どうした? あー。急に雨降りだしたから傘がないとかか?」

「ヒュー! そんなグランマが作ったオートミールみたいな話じゃねぇぜ?」

「傘なら生徒会室にあるヤツ貸してやるぞ?」

「ヒュー! マリア様に偶然会っちまったら、どうする? ノンノン、何かしたらシスターに怒られちまうぜ!」


 くそ、通訳の茂木がいないから話がまったく進まない。

 助けてー、茂木ー。

「ああ、下駄箱のとこにずいぶんと可愛い中学生がいるって話だろう?」

「うおっ、ビックリした! 茂木よ、どこから出てきたんだ!?」

 こいつら、少しずつ常識を失っているような気がするのは俺だけか。


「はは、気配を消して背後を取るのはカバディの基礎だぜ? それより、桐島。人だかりができて、中学生が困っていたぞ」

 カバディの基礎については見識が浅い俺だが、それ多分間違っていると思う。

 何にしても、来客が困っているのは副会長として捨て置けんな。


「分かった、教えてくれてサンキューな」

「ヒュー! オレたち、ケチャップとマスタードの仲だろう? 礼は言いっこなしだぜ、ヒュー!!」

 うん。主に茂木へのお礼だったんだけどな。

 しかし、高橋にもオリエンテーリングの時世話になったから、たまには合わせてやるか。


「今度クイーンの曲に合わせてダンスでもしようぜ、高橋!」

「え? 公平ちゃん、ちょっと何言ってるか分からないけど」


 なんで素で引いてんだよ!!

 お前、初めてまともに喋ったのが俺への否定って!!

 そこはノッてこいよ! お前ぇぇぇぇっ!!



 心にモニョっとしたしこりを残したまま下駄箱へ行くと、確かに人が輪を作っていた。

 人気コスプレイヤーを囲むカメラマンの様相である。


「おい、ちょっと通してくれ! 生徒会だ! よっ、と」

 俺の体はスマートに出来ているゆえ、人ごみをかき分けるのはお手の物。

 川を流れる木の葉のごとし。

 誰が貧弱だ、ヘイ、ゴッド。


「はわわわっ」

 騒動の中心では、情報通り女子中学生が困っていた。

 そして情報通り、大変可愛らしい容姿をしている。

 大きな瞳。

 奇麗な黒髪。

 そして何より幼い姿に似つかわしくない胸部。

 男どもがハイエナのように群がるのも頷ける。


「君、うちの学園に用があるんだよな?」

「はわわっ、はい! お姉さまに会いに来たのです!」

「あー、なるほど。分かった。ここじゃ君も落ち着かんだろうから、生徒会室に行くか。俺は桐島公平。生徒会の副会長だ。とりあえず、こっちおいで」

 女子中学生の手を引いて、俺は再び人ごみをさばく。


「えーい、どけ、どけ! 見世物じゃねぇぞ! とっとと帰れ、お前ら!」

「はわー、お兄さん、すごいですー」

 ああ、これは男が群がるわ。

 今の一言だけで、ちょっと俺の理性がグラついたからね。

 言っとくけど、ちょっとだけだから。

 ホント、先っぽだけ。マジで。



「どうしたんですかー! その子!!」

 生徒会室には花梨が居るだけだった。

「いや、どうも、うちの生徒にお姉さんがいるらしくてな。困ってたから、連れてきたんだ」

「へぇー! 可愛いですねー! ……あっ」

 花梨が何かに気付いて、俺の方を見る。


「どうした?」

「公平先輩、一応お聞きしますけど、この子に変な気持ち抱いてないですよね?」

「ばっ、おまっ、当たり前じゃねぇか!!」

「そうですかねー? だって、この子、あたしより大きいですし」

「なんて言いがかりだ! 俺は女子をそんな目で見てねぇよ!」

「でも、夏服になってから、先輩たまにあたしの胸見てますよね?」


 弁解させてくれ。

 人と喋る時は、目を見ろと言われているが、胸を見るのが正しいと言う説もあるのだ。

 俺は決していやらしい目で女子の胸部を見ていたわけではない。

 その一説に則って、たまに花梨の胸を見て話をしていただけなのだ。

 情報のソースを出せ?

 ちょっと何言ってるか分からないな。

 おたふくソースで良いか?


「お兄さんは優しかったですよー?」

「そら見ろ! 誤解もいいところだぞ、花梨!」

「はいはい、そういう事にしておきますよー。あなた、お名前は?」

心菜ここなと言うです!」

「心菜ちゃんですかー! お名前も可愛いですねー! あたしは花梨って言います!」

「心菜、知ってるですよ! 花梨お姉さんは、桐島お兄さんとラブラブなんですよね!」


「なっ!? いや、そんなこたぁねゔぁたぁぁぁっ」

 花梨さんに押しのけられて、アメリカの都市みたいな叫び声が出た俺。


「心菜ちゃんはとても頭が良いんですねー! すごい観察眼!! そうですかー、そう見えちゃいますかー? えへへへ」

「はい! お姉さまが言ってましたです!」

 ヒラリヒラリと舞い遊ぶようによろけた俺は、毛利小五郎が麻酔針打ち込まれた時よろしく、グルンと回転してソファに着席した。

 折よく閃きも降って来たので、このまま推理ショーと洒落しゃれこみますか。


「心菜ちゃんのお姉さん、もしかして俺たちの知り合い?」

「そうで……あっ、これは言っちゃダメだったのです! 違うです!」

 うん。可愛い。


「せんぱーい?」

「つ、つまり、俺たちの共通の知り合いで、かつ、女子生徒だろ!? こいつぁ、相当対象者が絞り込めたじゃねぇか!」

「まあ、そうですね。あたしは入学してまだ二ヶ月ですから、普通に考えると、委員会関連で面識がある人でしょうか?」

「あっ、でもお姉さまが言ったです。桐島公平は割と見どころがあるって!」

 うん。可愛い上に素直。


「お姉さまはなかなかの慧眼けいがんをお持ちのようだ。まあ、ミロでもお飲みなさいよ」

「桐島お兄さん、優しいです!」

「そうなんですよー。この人、女子には誰にでも優しくて……はあ」

「お姉さまも言ってたです! ええと、おんな、女たらし? って!」


 聞き捨てならん言動だ。

 ここは速やかにお菓子で口を塞ごう。

「心菜ちゃん、ベビースターラーメン食べるかい?」

「食べるですー!!」

 そうして、しばらく三人で談笑していたところ、その時は急にやって来た。



「コウちゃーん! いるーっ!?」

「おう、どうした毬萌。俺ならここにいるけども」

「いやね、中学生をコウちゃんが連れ去ったって話を聞いてさーっ」

「人聞きが悪い!! 保護したんだ!!」

「にははっ、ごめんごめん! 分かってるよぉー。それで、お姉さんを連れてきたからさっ、心菜ちゃんの!」


 なんだ、毬萌は心菜ちゃんと知り合いなのか。

 まあ、何にしても、噂のお姉さまと会えて良かったな。

「心菜! 探したわよ! ……桐島公平、あんた、うちの妹に変な事してないでしょうね!?」


「氷野さん!? うちの……妹……?」


「お姉さまー! あのあの、傘を忘れていたので、届けに来たのですー!」

「そうだったの! 偉いわね、心菜!」

「それから、桐島お兄さん、お姉さまが言ってた通り、優しい人だったです!」

「ゔぁぁっ!?」


 氷野さん、鬼瓦くんみたいな声が出ていますが。

 ツカツカと俺に詰め寄るお姉さま。

 いつも歩みに迷いがないけども、今日はひとしお。


「桐島公平!!」

「へ、へぇ!?」

 水戸黄門に出てくる村人みたいな答え方をしてしまうが、致し方ないよね。

「忘れなさい。心菜から聞いた話、全部。良いわね?」

「いや、俺ぁ」

「良、い、わ、ね!?」

「へぇ」



 ちなみにこの後「妹さんは可愛い名前なんだね」と口を滑らした愚かな男が、氷野さんによってボコボコに蹴られるのだが、その話はしたくない。

 尻の傷がね、疼くんだよ……。

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