第38話 花梨と確認

 様々な思いが頭の中を交錯するも、祭が始まってしまえばそれも終わり。

 忙殺という言葉があるが、まさに雑念はちぎっては投げられ、ちぎっては伏せられる。



 俺の仕事は何だ。

「はい! こちら本部です! ええと、そうですねー」

 俺と花梨の居る放送室が、このオリエンテーリングが終了するまでの大本営として使われる運びとなっている。

 テーブルには所狭しと六つの携帯電話が。

 この携帯電話で、広い学園内の中に作られている中継スポットとやり取りを行う。

 基本的には指示を飛ばして現場で対応してもらうことになるが、場合によっては俺たち生徒会や、風紀委員の上級生が急行する事もある。


「すみません! どなたか、教室棟の一階に行ってください!」

「何かあったか?」

「ちょっと生徒が密集し過ぎているみたいなので、何人か誘導する係を回して欲しいそうです!」

「なるほど。あー、そっちの二人、頼めるか!? ええと」

 待機している風紀委員に俺は助力を乞う。

「一年の松井です!」

 松井さんね。

 女子にしては身長が高い彼女なら、打ってつけである。


「ごめんね、松井ちゃん! ちょっと大変だと思うけど、頼めるかな?」

「なんだ、二人は知り合いか」

「はい! 同じクラスです! 松井ちゃん、奇麗な声だからきっとみんなも言う通りに動いてくれると思うんです!」

 花梨の太鼓判ならば、何の不安もないだろう。

 うちの大きな声担当は、今も運搬班にかかりっきりみたいだからな。

 風紀委員と仕事をするのは初めてではないが、ここまで密接にタッグを組むとあって、少し連携を心配していたものの、なんだなんだ。

 完璧じゃないか。


「じゃあ、そっちの二年の彼! すまんが、君も行ってくれるか?」

「青山でぇーす! 了解しやしたー!!」



 ごめん、ちょっと待って。なんか、今、すっげぇ不安になった。



 もう、完全に偏見と言うか、トラウマと言うか、嫌な思い出からの想起なので青山くんには非常に申し訳ないのだが、はなはだ不安だ。

 その居酒屋チェーン店のアルバイトみたいなノリも気になる。

 見たところ、風紀を乱しているようには見えないが、果たして大丈夫か。

 なによりその名字。

 重ねて申し訳ないんだけど、俺の人生の青山1号は酷いヤツでね。

 君が青山2号なんだ。

 ほら、人って失敗に学ぶ生物じゃないか。


「なあ、青山くん。ほぼ初対面なのに、不躾ぶしつけな質問するけどいいかな?」

「オッケーでぇーす」

「仮の話なんだけどね。そして現状とまったく関係ない質問で悪ぃんだけど」

「ガッテンでぇーす」

「友達のピカチュウが、進化する条件揃っててさ、無造作に机の上にゲーム機が放置されていたら、どうする?」

「ソッコー進化させますね! ライチュウでぇーす!」

 今からでも遅くはない。

 彼にはオリエンテーリングが終わるまで、大人しくしていてもらおう。

 俺の第六感が予言している、

 こいつはヤバい、と。


「では、青山先輩と松井ちゃんは、教室棟に向かって下さい!」

「分かったよ! 冴木さんも頑張ってね!」

「うん! ありがとう!」

 こっちはすごく良いんだよ。

 もう、お互いの信頼感がビシバシ感じられると言うかね。

 見ていて気持ちがいいもの。


「行ってきうぇーい!」

 お前、本当に大丈夫だな!?

 絶対だな!? 絶対問題起こさないよな!?

 心情的に止めたい気持ちがあふれ出して震えるものの、前述のように根拠は心情的なものしかなく、会ってその日に相手を信じろとは無理な話だが、会ってその日に相手を否定するのもまた暴論である。

 結局、俺は二人を見送る事しかできなかった。



 その後も慌ただしく時は過ぎる。

 定時連絡以外にもいくつかの問題が発生したが、花梨は手際よく解決策を練る。

 足りないところは俺がおぎなう。

 いつの間にか、脇にあるホワイトボードは、もはやホワイトボードを名乗るのは厚かましい程にメモ書きで黒くなっていた。

 俺は不意に携帯電話に目を落とす。

 各所、定時連絡によれば好況の模様。

 だが、心は晴れない。


 何故か。


 一番気になっている者からの連絡がないのである。

 問題がないのならそれで良い。

 便りがないのは良い便りとも言うではないか。

 それなのに、心がざわつく。

 忙殺された雑念のカムバック。

 いや、これは雑念ではない。

 

 なあ、毬萌。

 どこかで困っていやしねぇか?

 助けが必要じゃないのか?

 また泣いてやしねぇか?



「公平先輩、お昼どうします? あたし、運搬班から貰ってきましょうか?」

 俺は思考を放棄していたらしい。

 すぐに慌てて言葉を拾う。

「お、おう! そうだな!」

 何と言う上の空か。

 我がことながら呆れ果てる惨状。

「……先輩」

「いや、すまん!」

「どうして謝るんですか?」

「だって、花梨が声かけてくれたのに、ちゃんと聞いてなかったから」

「あはは、先輩は正直な人ですねー」

「昼飯だったよな! それだったら、俺がひとっ走り行ってくるぞ?」

 花梨は黙って首を振る。


 やはり気を悪くさせてしまったのだろうか。

 今の俺は、生徒会副会長だ。

 公平に対処すべき問題は、目下、オリエンテーリングに決まっている。

 後輩たちがこんなに頑張っているのに、雑念にとらわれるなどもってのほかだ。


「先輩、ちょっと確認したいんですけど、いいですか?」


 そら見ろ、花梨はしっかり前を向いている。

「おう、なんだ?」

 俺だってちゃんと前を向こうと姿勢を正せば、そこには花梨の瞳が二つ。

 まっすぐに俺の目を見つめていた。

「公平先輩は、あたしの事、好きですか?」

「おう……んん!?」

 ラブコメの主人公がいつも肝心なところで難聴を患うのを腹ふくるる思いで見ている俺だが、一つ分かった事がある。

 あまりにも想定外の質問をされると、聞き返さざるを得ない場合もあるのだと。

「あー、先輩、目が泳いでますよー?」

「いや、そりゃあ、まあ」

 心も絶賛バタフライで迷泳中である。

 どこに行こうと言うのか、俺の心よ。


「質問を変えましょう! 先輩、あたしの事、嫌いですか?」

「そんなワケあるか!!」

 なるほど、聡明な彼女らしい問答だな、と少し冷静になった。

 男女の仲、惚れた腫れたは分からずとも、その人の事を好きか嫌いか、特に嫌いであるかはすぐに判断がつく。

 これは俺に限った話じゃないだろう。

 何故ならば、嫌いな相手の事など深く考えたくもない。

 同時に、嫌いでなければすぐに答えが出る。


「えへへ、嬉しいです! すみません、イジワルな確認しちゃって。ただ——」

 一度言葉を区切ると、花梨はくるりと背を向ける。

「本当にイジワルなのはあたしなんです。だって、先輩が辛そうにしてるのを見ながら、声を掛けてあげなかったんですもん」

「それは別に花梨の意地が悪いって事にゃならんだろ?」

「いいえ、あたしはイジワルです。先輩を助けてあげる言葉を知っているのに、あたしだけの先輩じゃなくなっちゃうのが怖くて、その言葉を避けていました」

「……ん? よく分からんが、俺は花梨の事を大事に思っている! 大切な後輩として! それから、あー、ええと」


 今度は俺が花梨に背中を向ける。

 俺たちはオセロゲームの駒にでもなったのだろうか。

 とりあえず、頑張れよ俺。

 誠意を向けてくれる後輩にこれ以上恥を晒してくれるな。


「女子としても、その、特別に見ている! ……と思う、多分、おう」


 何と言う尻すぼみか。

 みっともない。

「えへへっ、その言葉が聞けただけで、今は満足です! じゃあ先輩、お聞きしますね?」


 花梨は言う。



「毬萌先輩の事は、好きですか?」



 くぐもっていた心中に、突風が吹く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る