第30話 花梨とお弁当 ところにより鬼瓦くん その1

 ごきげんよう。

 何を驚いている。

 え?

 死んだんじゃないのかって?

 誰が死ぬか。勝手に殺すな。

 ぶっ殺すぞ、ヘイゴッド。

 ただし、無事でもなかったのは事実である。

「うぅーっ、ごめんねー、コウちゃん」

「朝から何度目だ。もう百回くらい聞いたぞ」

「でもぉー」

「そして俺も百回くらい言ったが、ありゃ俺の不注意だ。てめぇで落としたボールペンをてめぇで踏んだ結果、足をひねったんだからな」



 毬萌を華麗に救助した俺は、ひどく体勢を崩してしまった。

 その際、モギョっと、縁起の悪い音が足から聞こえた。

 続いて体中から汗が噴き出て、その後を追っかけるようにして痛みが全力疾走してくる。

 廊下を走るなと習わなかったのか。

 毬萌の無事を確認した俺は、呼吸を整えるのに5分の時間を必要とした。

 その無言の時間が、毬萌を大層不安にしてしまったらしく、まったく悪い事をしたと反省している。


 そのあとは、スマホを取り出し鬼瓦くんへの救援要請である。

 足の感覚はハッキリとあったし、痛みはそこそこ酷いものの、骨に異常がないことも確信に近いものがあった。

 ただ、自力で立ち上がるのはまだ無理であると判断した結果のピッポッパ。

 人通りの少ない場所とは言え、不細工に踊り場で転がっていてはやはり目立つし、不安顔の毬萌もいることだし、大事にしたくなかったのだ。

 鬼瓦くんに事情を話すと、「すぐに行きます」と力強い返事がバックホーム。

 1分もかからずに、地鳴りのような音が聞こえてきた。

 良かった、これで目立たずに済む。


「せんばああああああいっ! ゔおぉぉぉぉおおっ!!」

 目立たずに。

「ごぶじでずがぁぁああぁぁぁぁっ!? ゔぁおぉああぁぅぅぅっ!!」

 済まなかった。


 この時の鬼瓦くんの声のボリュームは、飛行機の離陸時のそれと比較しても負けず劣らず、むしろやや勝ちの勢いであり、学園内を「副会長が死んだらしい!」と、今度は噂がクラウチングスタートからの全力疾走を決めた。

 何人も、お願いだから廊下を走らないで欲しい。

 それだけが俺の望みである。



「コウちゃん、のど乾いてない? ジュース飲む!?」

「コウちゃん、トイレ行きたくない? 男子トイレでもへーきだよ!?」

「コウちゃん、肩貸そうか? ううん、おんぶしようか!?」

 休み時間の度に、毬萌が俺の周りを飛び回る。

 子供を産んだばかりの親猫のように神経質になって、である。


 ここで声を大にして言っておきたいことがある。

 俺、別に骨折とかしてないからね?

 一応、あのあと病院には行ったけども。


 ねん挫。

 しかも、軽いねん挫。


 一応、「四、五日はこれ使ってね」と医者に松葉づえ渡されたけど、全然まったく、重傷ではないのである。

 全治はなんと一週間。

 「一週間経ったらサッカーして良いよ」と医者にも言われた。

 つまり、サッカー部と間違えられるくらいの軽傷だったのである。

 それでも毬萌は心配らしく、昼休みになっても俺の傍を離れようとしない。


「おい、俺ぁいいから、早く行けって! 教頭に呼ばれてんだろ! ついて行ってやれねぇで悪いが」

「でもでも、コウちゃんが困ることがあるかもだしっ」

「大丈夫だって。飯も生徒会室で食うから。花梨か鬼瓦くんがいるだろ。何かありゃあ、二人に頼むから」

「うぅーっ! 絶対だよっ!? 無理しちゃダメだからねっ!?」

 やっと行ってくれたか。

 まったく、あいつは最近スキを見せないと思ったら、それだけに飽き足らず俺の世話を焼くようになるなんて。

 やっぱりどっかおかしいんじゃないのか?

 そんな事を考えながら生徒会室までやって来た。


「あっ、公平先輩! お待ちしてました!! 足、平気ですか?」

「おう、もう全然平気。すげーのな、テーピングって。医学って偉大だ」

「そうですかー、良かったです! じゃあ、ちょっと中庭に行きませんか? そこでお昼にしましょう!」

「おう」

 今朝、花梨からメッセージが届いていた。

 内容は「今日のお昼ご飯、一緒に食べましょう!」とのこと。

 ちょうど毬萌に用事があるのも把握していたので、俺は購買に寄ってパンを買って来たのだ。



「実はですねー、ふふっ、中庭の隠れスポットを見つけてしまったんですよ、あたし! 人気がなくて、ちょうど二人分くらいのスペースで! か、カップルシートみたいだなって……えへへ」

 俺の前を行く花梨は実に楽しそうである。

「……なんであなたが、ここにいるんですか?」

 その表情が、一瞬にして曇る場面を目撃してしまった。

「ゔぁぁ!? ……失敬、冴木さんこそ、どうしてここに!?」

「聞いているのはあたしなんですけど?」

 花梨さん、圧。

 圧がすごいよ?


「まあまあ、花梨。そんな怒らんでも。三人で食えば良いじゃないか。なっ、鬼瓦くん」

「あっ、桐島先輩! どうぞ、どうぞ。狭いですが。いやあ、ここ、人気がないので、重宝しているんですよ。ほら、僕って人を怖がらせがちですから。あははっ」

「……もうっ。公平先輩は優しすぎです! ……そこもステキですけど」


 そして、三人並んで芝生に着席。


「…………狭くない?」


 狭いよね。

 だって、花梨がさっき言ってたもの。

 二人分くらいのスペースだって。

「すみません。僕の体が大きいばっかりに」

「そうですよ! どうにかして縮んで下さい!」

「……なあ、どうして二人は俺を挟んで座ってんの?」


 当然の疑問である。


「ええ……。冴木さんの隣はちょっと……」

「あたし、公平先輩以外の男の人とくっつきたくないです!!」

 二人の意見は分かった。

 分かった上で言いたいことがあるんだけど、良いかしら。

 俺、足首が曲げられないから、窮屈な座り方になってんだけど、その姿勢で二人に密着されるとね、なんて言うかね、言いづらいんだけどね。


 ——飯、食えないんだよね!


 ここで俺に建設的な意見があるんだけど、聞かない?

 俺がこのスペースから離脱するから。

 それで、俺は君たちと向かい合う。

 そうしたらば、快適な空間が生まれると思わないかい?


「ぢょっどぜんば……ゔぉおぉん! 失敬。何をしているんですか!?」

「そうですよ! 今、立ち上がろうとしませんでした!?」

 少し腰を浮かせただけで、大騒ぎである。

「ううん。全然していないよ? ははは、嫌だな、君たち。ははは」

 逃げられない事だけは分かった。

「桐島先輩は焼きそばパンですか。購買でよく買えましたね。人気商品なのに。僕、初めて見ましたよ」

「それがな、俺の足見た皆が、道を譲ってくれてさ。なんつーか、嬉しいもんだなぁ、ああいう気遣いって」


 先に告知しておくと、俺、これから選択肢をミスります。

 ご了承ください。


「おっ、鬼瓦くんの弁当カワイイなぁ、おい! それ、キャラ弁って言うんだろ!? ピカチュウじゃねぇか! 俺、ピカチュウって好きでなー。いや、昔、同級生の青山くんが勝手にライチュウに進化させやがったことがあってだな」

 ここまで喋って、背後に強烈な怒気を感じ取った。

 ギギギと油の切れたブリキ人形のようにゆっくりと振り返ると……。

「ふぅん? 鬼瓦くんって、お弁当も自分で作るんですか? へぇー」

「か、かりっ、花梨さん!? どうした!?」

 花梨はフッと笑うと俺を見る。

 いつもの笑顔と違って、なんだか禍々しいのは気のせいか。


「せーんぱい? 公平先輩は、料理が上手な女の子って、どう思いますー?」

 逃げよう。

 即断であった。

 そんな俺のか細い腕を、雄々しい両腕が引き留める。

「待って、先輩、いがないでぐだざい!!」



 えっ、嘘だろ、これ続くの?

 もう悪口言わないから、助けて、ヘイ、ゴッド!!

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